堕ちこぼれウィズと魔法の成績表

ゆ、夢が叶うよ!( 1 / 11 )

こ、これは罠か?

 僕たちは涎を垂らしているネズミでも出てきそうな薄暗い廊下を歩いていた。

 僕はどこへ向かっているのか疑問に思いながら、黄昏の魔術師アラスター・アビゲイル一級魔術師の右肩が少し上がった後姿を、パンツを無意識に右足からはくのと代わらない淡白さで見つめながらその後についてゆくと、先生はやけに陽気にお訊ねになった。

 「君の名前はウインザード・ドラクルだっけ?と言う事はドラクル伯爵家のご子息と言う事ですね。なのにこの成績だ。面白い!実に面白い!」と言って一度だけスキップを踏まれた。

 僕はこの時アリ地獄に落ちたアリの気分が解ったような気がしたんだけどね。そう、危険な嫌な予感がして、逃げ出してしまおうか?何てことも少し考えたりしたんだけど、見せびらかし専用の僕の成績表を返してもらってないしね。

 この成績表ってのが実は魔法の契約書でもあり、一人に一枚きりで、現在の魔法の使用回数を自動的に表示してくれるとってもキュートじゃなかった、とっても便利な紙なんだよね。

 表紙に契約の血印が記されていて、この学校に入ったときに作ったんだ。そして死ぬまでお前を愛している~じゃなく、死ぬまで魔法が使えるとってもセクシーでもなく、とってもすんごい紙でもあるんだ。

 ま、僕には大した魔法は使えないので、この契約書は大きいほうをしている時に必要なそれと同じ程度の大切さしかないんだけどね。今は。「こんなのいらない!」なんて言うと、僕の話は終わってしまうでしょ?今より少しだけで良いから常識ある人間だと思われたいからね。だから逃げ出さずについてゆく事にしたんだ。返してもらうためにね。それにアビゲイル先生にも少し興味があったしね。

ゆ、夢が叶うよ!( 2 / 11 )

しゃ、しゃちょぉ~!

 そんな不安とも好奇心とも戦いながらついていった先は、幽霊が出ると言う噂で全く使われなくなってしまった旧館の図書室だった。普段は旧館自体誰も利用しなくなっているんだよね。この夜中にトイレに行く時のように不気味な雰囲気の旧館には。

 先生は中年女性の厚化粧の様に何層にも積み重なった埃の乗った二脚の椅子を引っ張り出し、「ムーブエレメント」と杖を一振り、厚化粧を綺麗に払い落とされた。スッピンの椅子だね。

 「取りあえず椅子に座りたまえ。うむ、よろしい。さてウインザード君、私も皆と同じように君の事をウィズと呼ばせてもらうよ。私の事は、う~ん、そうだな~よし!社長とお呼び。確か異国では自分より年上を敬ってそう呼ぶそうだ。君と私だけの時は、社長と呼ぶがいい。いいね?」と言い終わるか終わらないうちに、

 「はい、社長。」と僕は言い、親しみを込めた始まりに何が起こるのかの好奇心の方が先程までの不安を飲み込んでしまっていた。ちょっと楽しくなってきたんだよね。そしてちょっと調子に乗ってみた。

 「はい、社長!何か楽しそうですね。ねえ、社長!」

 アビゲイル先生は「社長」と呼ばれる度に嬉しいらしく、顔がにやけて崩れていった。そこで更に調子に乗ってみた。

 「社長!ところで用件は何です?ねえ、社長ってば!」

 先生はなんだか心ここにあらずと言った様子で、嬉しさでしばらく放心状態だったが、思い出せそうな記憶が思い出せた時の様に我に返り、ちょっとバツが悪かったのか「えへん!」と咳払いを一つして本題に入っていかれた。

ゆ、夢が叶うよ!( 3 / 11 )

おとなの話だよ!

 「先程の君とトランタンとのやり取りは見ていました。君はさぞかし悔しい思いをしていることと思います。そこで見返してやりたいと言う気持ちはありますか?あの時彼を罰することも出来ましたが、それでは根本的な解決にはなりませんからね。私が君の能力を引き出すお手伝いをしますから少し努力してみませんか?」と優しげな光を湛えた眼で僕に問いかけてこられた。

 「しかし、努力して見返してやる事が出来るのですか?社長。血で魔法の能力が決まると言うのが、砂糖が甘いのと同じくらい当たり前で、赤ちゃんでも知っている常識ですよね?」と素直に疑問をぶつけてみた。

 「うむ、その常識は何人も裏切ったりはせんよ、ウィズ君。しかしだね、君と同じクラスのホーリー・カミカゼ君の成績に疑問を持った事はないかね?」と仰った。

 「はい、彼女は僕の憧れの人で、今日なんか僕に微笑んでくれたんですよ、えへっ」なんて思い出し笑いをしていると、

 「そうそう、彼女はとてもキュートだね。君の美的センスは常識という事かな、ってそんな事を聞いているんじゃない!彼女の成績を疑問に思うかどうかと聞いているんだ。」とはみだし気味の感情で、ちょっと真面目な顔に戻って仰った。

 僕も少し真面目になって、

 「はい、彼女の成績は血の常識から外れたすごい成績だと思います。それにとっても綺麗だし・・・じゃなかった、それに何か理由があるんですか?」と素直に聞いてみた。

 「うむ、それには確かに理由があるのだよ。ところで彼女の父親の血筋を知っておるかな?」

 「はい、確か異国の忍者だと言う事だけは知っています。」と、僕は記憶の引き出しをズバリ引き出して見せた。

ゆ、夢が叶うよ!( 4 / 11 )

ひ・み・つにしてよ!

 「そう、彼女の父親の血筋は東洋の忍者の出だ。魔術師としては二流と言われておる。では、その異国の文化に化け学と言うものがあるのをしっておるかな?」

 「化け学」という言葉は僕も聞いたことがあった。魔法を使えない人たちだけの文化で、魔法より劣っているとされて、この国では軽んじられ、使われていない事ぐらいは、いくら生ウニみたいな脳味噌の僕でも知っている常識だった。美味しそうだからって食べないでね。

 「はい、魔法より劣っている異国の文化ですよね?先生」とお茶も濁さずに応えると、

 「社長とお呼び!、いいね。よろしい。そうそう、そこがポイントなのだよ。ウィズ君!ここからが大切な秘密の部分なのだが、秘密に出来るかな?」と仰るので、好奇心から早速秘密という言葉の虜になった僕は身を乗り出し、声のトーンを少し落として「はい、秘密は守ります。」と誠意が伝わるように眼を見て言った。間近に迫るモテそうにない顔に頬も赤らめずにね。

 「うむ、よろしい。実は化け学が魔法より劣っていると言うのは一般的に言われておる間違った常識というものでね。真実を語ると一概に劣っていると言えないのだよ。」と少し得意げに瞳を煌めかせて仰った。問題の核心に迫る高揚感に満たされながら、僕はもしかするとホーリーみたいになれるのかな、と期待し始めていた。

 「君はこの成績表によると、攻撃系の魔法がからっきしダメみたいだが、この化け学と魔法をミックスする事で、攻撃魔法も使えるようになる。どうだ?少しはやる気が出てきたかな?」

 僕の胸は産まれてこの方感じたことのない程の期待感と希望で、ドッキンコと脈打っていた。眼からはキラキラ星が飛び出していたんじゃないかな?

 そして言葉が出ないほどの興奮だったので、大きく何度も頷いてやる気を見せた。頷き過ぎてしばらく頭がクラクラした。

星兎心
作家:星兎心
堕ちこぼれウィズと魔法の成績表
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