堕ちこぼれウィズと魔法の成績表

ぼくってカッコいい?( 1 / 10 )

はじめまして!

 「今日は今学年の成績表を返します。名前を呼ばれた生徒は私の所まで取りに来てください。」と、緑色の絹のローブをまとい、赤錆色の瞳を喜びに煌めかせた僕の担任の先生、パット・アズモック三級魔術師が仰った。 そう、今日はこのファイブスター初級魔術学校の終業式だ。パット先生も一仕事終えたと言う喜びとダンスでもしていらっしゃる様だ。僕の成績は、先生に国が買える程の賄賂を贈ったり、先生に男前の彼氏を紹介したり、はたまた誰かが変身術で僕に入れ替わったりしない限いり、ブービー(最下位)のはずだ。だから僕が一番最後に呼ばれる予定は数百年前から国語辞典にも載っているくらいだ。

 「トップはトランタン、前に来なさい。」好物の飴色トカゲの尻尾を食べている時より嬉しそうな先生の声が教室中を飛び回る。

 「はい。」と言って後ろの席から彼が前に向かって行く。

 先程も言ったように、慣例通りだと成績の良いものから呼ばれる事になっているんだ。やはり今回もマット・トランタンがトップの成績らしいな。奴とは幼馴染の間柄で、お互い魔術師と魔女のみの血族として脈々と受け継がれてきた名家の家柄なんだって。そんな関係で随分前は、交流があったんだけど、僕の素晴らしい素行と成績の賜物で、あの件以来まともな口も利いたことがないんだよね。口を利かないだけならまだ良いのだけど、奴は僕を怠け者の虫けらの様に馬鹿にし、イタチの糞よりも臭いエリート臭さを放ちながら皆の前で恥をかかせたり、陰口を叩いては僕のエムレスト山よりも気高い自尊心を傷つけるのだった。ちなみにエムレスト山とは、この大陸最高峰の山なんだけどね。本当にそんなに気高いなら成績がブービーのはずないって?

 僕は謙虚だからトップを譲ってやっているだけの事さ。なんて言えればいいんだけど、魔術というのは血で成績が決まると言っても過言じゃないんだ。この物語の中での話しだけどね。がっくり来る事にね。ほんとがっかりしているんだよ。

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なにすんだよ!

 そんな思いを弄んでいると、自慢げにマットが成績表をドラゴンの心臓を持ち帰った勇者の様に高々と両手で掲げて帰ってくるところだった。紫の絹のローブも憎らしい。僕は奴の自尊心共々その高く斜め三十五度上に伸びた鼻をへし折ってやるために、横を通り過ぎたときに足を引っ掻けてやる事にした。そしてあまり自慢じゃないんだけど、自慢の右足を出したその瞬間奴は僕の自慢の右足をヒラリとかわし、杖を一振り「ファイアボール!」と唱えて、ご丁寧に僕のその右足に真っ青な火を点けやがった!赤い火より青い火の方が温度が高いんだよね。ほんと冗談じゃないよね。

 僕は慌てふためいていると、パット先生が彼女の名前を呼んでいたらしく、一人の女生徒が、気が動転している僕に微笑み、杖を一振りして僕の自慢じゃない足の火を消して何事もなかったかの様に、仄かな甘い良い香りを漂わせて通り過ぎていった。そう彼女こそが僕の憧れの女性、ホーリー・カミカゼ(神風)だった。二番目に呼ばれたらしく僕の足は程よいトーストが出来上がるくらいに服が少し焦げただけで、火傷にはならなかった。ホーリーの微笑みをもらった僕に対して、マットは舌打ちして自分の席に帰って行った。

 僕は足に火をつけられた事なんかすっかり忘れて、ホーリーの後姿に視線が釘付けだった。ホーリーから微笑んでくれるなんて思ってもいないことだった。成績が悪くて家でこっぴどく叱られても、今日一日は幸せに過ごせそうだな。彼女の成績は申し分なくマットと同じ成績で、慣例による糞家柄の違いで順番が後にされていただけだった。しかしホーリーは不満を見せるでもなく、成績表を見せびらかしたりもせずに、楚々として優雅に水面に波紋を広げない水鳥の様に自分の席に舞い戻っていった。ホーリーのご両親は父親が異国の忍者で、母親がこの国の魔女だとファイブスター新聞に載っていた記憶が、くだらない悪戯のアイデアと一緒に僕ののっぺり緩んだ脳味噌に刻まれている。

 自分で自分の事を馬鹿にするのは問題ないけど、他人に馬鹿にされるのは腹が立つね。これって別に自分勝手な訳じゃないと思うんだけどね。

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やっぱ最後なのね?

 彼女の家柄は忍者と魔女の血を受け継いでいて名家ではないんだけど、成績は飛び切り良いんだよね。これはファイブスターの七不思議に例えられるくらい珍しいことなんだ。

 「最後は予想通りウインザード・ドラクル」とパット先生は仰った。

 僕はホーリーの微笑みを思い返すという素敵な夢想から現実に引き戻され、慌てて立ち上がったら教室中が僕を馬鹿にした目で見ている事に気がついた。唯一ホーリーだけはそうではなかったと思う。そうであって欲しいな。

 まあ、諦めとも妥協ともつかない思いを抱いて、僕は他の生徒の冷やかしの声を聞きながらパット先生の元へ成績表を受け取りに行くと、先生はにこやかに、しかし青筋を立てて僕を見、そして仰ったのだった。

 「ウィズ君、今回も見事な成績でした。ご両親もさぞやお喜びだと思います。努力の跡が全く見られませんでした。この学校は義務教育ですので次の五学年には進級できますが、魔術の階級試験ではそうは行きませんよ。」

 僕はその時、情けない顔をしていたと思う。成績が血で決まるというのは本当なんだけど、努力で変わることもあるんだ。それは魔法の使用回数なんだよね。

 人それぞれ一回の休息で蓄えられる魔法の回数が違っていて、それは努力次第で増やせるって事なんだ。魔法の威力は血で決まるんだけど、回数を増やす努力をしなかった事に先生は怒っていらっしゃるのだ。

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がっかりまっさかり!

 今までの所で矛盾が少しあるよね?そう、僕の家は名家で優れていると言われているんだ。マットの家柄と同じ位にね。名前からも察しがつく人もいるかな?僕のお父さんの血筋は吸血鬼と恐れられたドラクル伯爵を産み出した血筋で、魔法もかなり使えるはずなんだ。お母さんの血筋は歴史上最悪の疫病、花粉症(垂れ下がった鼻水が地面スレスレまで行って地面にこんにちはって言う病)の治療法を発見した神官スターライトを産み出した血筋なんだよね。どちらも僕よりはちょっと有名だよね?

 お父さんの血筋を受け継いだなら変身術や攻撃系の魔法が優れていたはずなんだよね。僕はお母さんの血を受け継いだのかな?攻撃系の魔法はほとんど使えないんだ。僕は勇者と共に悪を倒す正義の魔術師になりたかったんだけどね。ほんとカッコ悪いでしょ?でもこの気持ちはお母さんには内緒だよ。お母さんの悲しむ顔は、ホーリーの怒った顔より見たくないからね。

 だから僕は自分に諦めているんだ。今のところはね。

 「先生がっかりしないでくださいね。先生の教え方が悪い訳じゃないですから。」と僕が言うと、先生は怒ったドラゴンより怖い顔で、

 「がっかりしなきゃいけないのはあなたです、ウィズ!少しは反省しているのですか!」と口角泡を飛ばしながら仰るので、

 「はい、先程トランタンの足を引っ掛けそこなった事は反省しております。もう少し引き付けておくべきでした。」

 パット先生は呆れてものが言えないらしく、口をパクパクさせただけで、身振りで蚊を追い払うように、僕に席に帰れと合図なさった。

 この状況を見ていた生徒たちには喜ぶ者がいたり、馬鹿にする者がいたり、反応は様々だったが、あまり気にしてもしょうがないので、朝起きて顔を洗いに行くみたいに自分の席に戻った。

星兎心
作家:星兎心
堕ちこぼれウィズと魔法の成績表
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