赤松は見なかったことにしてくれるという。少年をしばらく小山に預けた。
そうなると、ますます生活資源がやはり問題だった。
赤松は彼らに里山手助けの仕事をせっせと回すことにした。晴耕雨読のような生活になった。敷地の前には自前の畑を作ろうと、誰彼が暇なときに耕したり水をやったりする。きゅうりやトマト、小松菜、ねぎ、韮、植えるものには事欠かない。
カイコさんと大山がセットになって、孤老介助と、それが無いときは空き缶新聞集めに回った。普通の暮らしをしている界隈でも、それらの廃棄物を影のように回収してくれるのを待つ人が多かった。
牛山さんの絵には似顔絵も加わったので、珍しがられた。カイコさんの仏の木彫りも並べた。
音楽家たちは本拠地を東天アパートとして活動した。CDも小規模ながら製作しているらしい。何よりも音楽が好きで、音楽を食べて生きていた。
みんなが忙しいときは、猫ちゃんが少年、カズちゃんの相手をしてくれた。実はカズちゃんのほうが世話していた。
小山がドリルを買ってきた。すると少年は喜んで勉強するのだった。
「君、すごいな。ハンサムでスマートじゃん。優しくて賢いって意味だよ」
小山は泣きそうになりながら褒めてやる。カズちゃんはその微妙な表情を見ている。しかし大口を開けて笑ってみせ、小山にすがりついた。アア、神様神様、心の中で叫びながら小山はしっかりと小さなやせた少年を抱きしめた。
東天アパートにソーシャルワーカー小園佑子が配置してきたのは、驚いたことに老人と老女だった。ふたりとも人生の半分を路上で過ごしてきたのだという。そして今や人生の最後のときを迎えるというのだ。
小山は、これはいわゆるホスピスの代わりだな、と了解した。しかし、どうすればいいのか。年若い連中は回復していくが、死んでいくひとに自分が寄り添ってあげられるのか、見当もつかない。
すると、母の大野みずさが手伝いを申し出た。自分は例によって夫に縛られているので使い物にならないのだが、友人で看護師の資格を持っている女性を引き込むことに成功したという。彼女自身は独身で通したため、年金はあり、時間もあり、人助けの精神的余裕もある。こうして彼女もやってきたので、一気に東天アパートは三部屋埋まった。
医療の知識のある人物がいることは実はどんな施設にも重要なことだった。小山はさしずめ心理カウンセラーという役どころだった。
赤松陽司と、右野さん、小山なずさ三人で町役場の支所の一室のひとつのデスクの周りでそろう機会が多くなった。
やや元気を取り戻した若い三人、小山、大山、右野の生活保護が打ち切られそうな気配になった。完全に社会復帰できるとは小山には思えなかったし、これまでのように暮らしたのでは元の木阿弥ではないか。
社会的弱者に空いた施設を提供する、という方法はかなり現在広まっている、と赤松は言う。財政的に厳しいのは、行政が税金を使いたがらないことにもよるが、日本では募金活動ないしは寄付という概念が一般的でないことにもよると付け加えた。
「そうやなぁ。お寺さんや神社にお賽銭を投げるのは自分のためやもんね。お寺の檀家もお寺を金持ちにするだけやしね。その点,キリスト教では自分の救いなんやけど、善人でありたい、そうすれば天国にいけるってんで必然的にひと助けっていう効果がでてくるんやね」
「はあ、そうなんや」
と、大山がこっくりをする。彼女はコンピニでアルバイトする覚悟を固めつつあった。それを相談するためにその日大山も支所に来ていた。
募金を募るのはひとつの実行できる考えだった。小山なずさは、赤松陽司を見つめて尋ねた。
「赤松さん、ここで私パソコン使わせてもらえへん?ネット接続してサイトを探したいと思うて」
「東天サイトをたちあげるんですか。僕も協力しますよ」
「たちあげる、というても、寄付を募るというのが目的やけど」
「わかりますよ。でもそのためには一度新聞とか取り上げてもらわないことには。つまり世間的に名を知らしめアドレスを知ってもらわないとですね」
「ふうん、やっぱりそうきますよね。そのためには何か、お金をせびるだけじゃないシステムでないとあきませんね。社会の負け組みへの施しではなくて、これがひとつの別の生き方であるような。そんな説得方法、というか、むしろ哲学かな」
と、さすがに小山も言いよどむ。