梨太郎

真相( 1 / 1 )

「一体何が見つかったんだ!?」

穂瀬は必要以上に流暢な日本語で部下に訊ねた。部下も相当興奮しておりかなり息を荒げていたが、そっと穂瀬に告げた。

「実は先日転落死した梨太郎の遺留品からとんでもない物が見つかったんです。」

「だから何が見つかったんだ!?もったいぶるのはよしなさい。」

「はい、実は松平殺害に関する計画書が見つかったんです。」

「何だって!?」

穂瀬は当然のことながら、盗み聞きしていた助六も驚きを隠せなかった。梨太郎が松平殺害を企てていた。そんな馬鹿な!殺したのは助六であることは揺るぎのない事実。そして梨に頭をぶつけて死んだのも明らかに偶然だ。一体どうやって。

 「おい、部下!その計画書にはどんな事が書いてあったんだ?」

穂瀬が聞いた。

 「はい。その計画書には松平殺害に関する詳しい犯行の手順等が事細かに書かれていました。かなり綿密に計画を練っていたようですね。一部そのコピーをお持ちしました。これです。」

部下は穂瀬に計画書のコピーを手渡した。穂瀬は一通りそれに目を通した。

「そういう事だったのか。やっと謎が解けた。」

自分の中で解決した穂瀬は助六が座る机の対面に腰掛け話し始めた。

「助六さん。今回の事件はかなり複雑で手の込んだものだったようです。全てをお話しましょう。思い出してください。助六さんあなたは最初、すずえさんにそそのかされる形で登山愛好会に参加しました。そして登山の途中、すずえさんに松平さんとの関係を明かされました。それでカッとなったあなたは勢いあまって殺意はないにしろ松平さんを殺した。そうでしたね?」

「はい。間違い無いです。」

「わたしもそこに嘘はないと思いましたし、実際嘘はありませんでした。登山愛好会に入るようにすすめたり、松平さんとの関係をカミングアウトしたのはすずえさんの傷ついた乙女心ゆえのいたずらだったのです。ですが・・・」

穂瀬はまだ今回の事件を信じられないといった様子だった。

 「ですが、助六さん。これらは全て梨太郎の計画の内だったのです。」

「な、なんですって?そんなことがありえるんですか!?」

「そうなんです。それが実際にありえてしまった。梨太郎は今回の殺人計画をかなり前から企てていたようです。それを裏付けるように莫大な量のデータも見つかっています。驚きました。助六さんと松平さんが無類の梨好きであることは当然のことながら、助六さんとすずえさんの結婚記念日やペアリングのメーカーと値段。さらに岸辺四郎主演のドラマを見ていたことや朝ご飯は白飯に梅干を二つのせること。そしてすずえさんが寝起きに熱い日本茶を飲むことまでも。」

「ありえない。そんな馬鹿な!」

「そして登山愛好会に参加しないかという話を山根さんから持ちかけられた事も知っていたみたいです。助六さんとすずえさんがお二人で登山に行かれた日のこともメモとして残っていました。」

穂瀬は次々と驚きの事実を助六に伝えた。さすがの助六もこれには開いた口がふさがらない様子だった。 「なんで我家のことばかり。」

「そこなんです。梨太郎は助六さんとすずえさんについての情報を異常に集めたようです。どうやら今回の殺人の犯人を助六さんに仕立てるつもりだったようです。」

「しかしなぜ松平を?」

「そこなんです。なぜ梨太郎は松平を狙ったのか。わたしは考えました。助六さんとすずえさんと松平さんと梨太郎を結びつけるもの。それは」

穂瀬の推理も架橋に差し掛かっていた。事件の全貌が徐々に明らかになっていく。

 「それはすずえさん本人です。助六さんはすずえさんのご主人、そして松平さんは不倫相手でした。おそらく梨太郎はすずえさんに密かに想いを寄せていたんでしょう。梨太郎としては二人に消えてもらいたかった。しかし自分が手を下すにはリスクが高すぎる。そう考えた彼は取りあえず情報を集めたのです。すると助六さんと松平さんの仲が悪い事やすずえさんが松平さんに遊ばれていたことなど次々に梨太郎にとって有利な情報が舞いこんできたのです。それは人から聞いたものもあれば、実際にその目で確かめたものもあったようです。」

「そうだったんですか。まさに目からうろこ、寝耳に水です。」

「そして梨太郎は松平さんがある病気にかかっていることを知ります。そう、松平さんは骨粗しょう症だったのです。さぞかししめたと思ったでしょうな。骨がもろく、少しの喧嘩でもすぐに大怪我をすると思ったのです。で、それを知り今回の計画を思いついた。まさか死ぬとまでは考えていなかったのかもしれませんがね。さらに梨太郎はかなり乙女心を理解しているといえます。でないとすずえさんの行動をここまで読むことは不可能です。しかしさすがに読みだけで犯行は行えません。なので彼は助六さんと松平さんが不仲であることやすずえさんと松平さんが不倫関係にあることをメンバーに摺りこんだのです。周りを固める賢さも兼ね備えていた。なんたる知能犯なんでしょう。」

助六にもようやく今回の事件の真相がつかめた。要は自分は利用されたのだと。利用というよりか、犯人に仕立て上げられたのだと。

「しかし梨太郎にもひとつだけ誤算があった。それは、自ら足を滑らして転落死してしまったことでしょうな~。」

そう言い終わると穂瀬は立ちあがり悲しそうに窓の外を眺めた。やっぱりホームシックなんだと助六は思った。

 今回の事件。それは梨太郎の異常な愛が巻き起こした悲劇だった。すずえのことを一番愛した人間の哀しい末路。本当の幸せ、本当の愛とは何なのだろうか。東京と千葉の県境の割と発展したところには、冬の訪れを感じさせる冷たい風が静かに吹きぬけた。

 

西尾麦茶
作家:西尾麦茶
梨太郎
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