梨太郎

穂瀬刑事の名推理( 1 / 1 )

 助六を乗せた車は濡島警察へ向かっていた。助六は自分の犯行であることは変わりないし、仕方ないのかもと思う半面で納得のいかない気持ちで穂瀬の横顔を見ていた。どこからどう見ても穂瀬は外国人だった。その割りには日本語が日本人以上に上手いのではないか。助六は感心していた。穂瀬は移動中ずっと窓の外の移り行く風景を眺めていた。何を考えているのだろう。やっぱりホームシックなんだ。助六は穂瀬の胸中を察して悲しい気持ちになった。

 濡島警察に着くと穂瀬は一目散に重要参考人である助六を取り調べ室に連れて行った。テレビでよく見る部屋だ。と助六は思った。

「腹は減ってないですか?」

穂瀬が丁寧な口調で聞いてきた。本当にこんなことを聞いてくるもんなのかと助六は思った。何かテレビに出ているような感覚に陥った。しかしそんな気持ちとは裏腹に腹は全くといっていいほど減ってはいなかった。

「大丈夫です。」

そう答えると穂瀬は出前のメニューを引き出しの中にしまい、机の上に置かれたライトをつけ助六の方に向けてきた。

 「助六さん、あなたがやったんでしょ?松平さんをやっちゃったんでしょ?」

言い方は優しいもののテレビでみる取調べと一緒だった。しかし助六も自分の置かれている状況を考えるとテレビで見たとか言ってられなかった。それはわかっていた。

「違うんです刑事さん。聞いてもらえますか?」

「ええ、聞きましょう。あなたの犯行の手口をね。」

「だから違うって言ってるでしょうが!まず聞いてください。わたしにも真実を語る権利はあるはずです。」

穂瀬はぐっとこらえ助六の話に耳を傾けた。

 「実はあの山登りの当日、わたしは妻のすずえと松平さんと一緒に行動していたんです。妻がふくらはぎかどこかに違和感を覚えたと言って他のメンバーのペースに付いていくことができなかったんです。それでわたしは夫ですし、そばにいるのは当然です。すずえに気を配りながら登ってました。松平さんもすずえの足の違和感に気づいていたわっている様子でした。それははっきり覚えています。」

「なるほど、松平さんとすずえさんは不倫関係にあったのですから当然といえば当然だ。しかし松平さんも大胆だ。ご主人であるあなたの目の前でねぇ~。さぞお怒りだんたんでしょ?」

自分の描いたシナリオに狂いがないことを敏腕刑事穂瀬は確信してやまない様子だった。

「確かにいい気分ではありませんでした。しかしそれは松平さんが妻と不倫をしているというのが原因ではありません。だってわたしはその時知らなかったんですから。二人ができちゃってることを。」

穂瀬の表情が変わった。

 「何だって!?あなたは知っていたのじゃないんですか?知っていたからこそ怒り憎しみ、今回の殺人を・・・違うのですか?」

「前から関係は少し怪しいとは思ってました。しかし仲がいいだけだろう。その程度にしか思っていませんでした。あの登山の日、わたしたち3人は列の最後尾で登山を続けていました。そしたらすずえがこう言ったんです。“こっちに行けば梨がたくさんあるぞ”と。そして我々はそちらに行ったんです。そこは確かにたくさん梨が実っていて楽園でした。そう、まさに楽園でした!!」

助六は梨の楽園を思い出し、思い出し興奮をしてしまった。我に返った助六は恥ずかしそうに再びしゃべり始めた。

「そしてわたしと松平さんはお互い干渉せずに梨を見ていました。楽しんでいました。そしたらすずえが我々を呼んだのです。わたしたち2人を。梨を楽しんでいたのに。何かと思っていってみると急にわたしは松平さんとできている、できちゃっているとカミングアウトしてきたのです。」

穂瀬はその話に興味津々だった。何せ自分も予想していない展開だったのだから。

「で!?で!?」

穂瀬が急かすので助六は続けた。

 「わたしはそれを聞いてさすがにカッとなりました。なぜすずえがカミングアウトしたのかはわかりませんが、カッとしたんです。そして松平さんともみ合いになりました。わたしは学生時代柔道をしようと思ったことがありましたから喧嘩には自信がありました。そして松平さんを負かしてもうすずえには近づくなと言おうと思ってました。しかし少し力が入りすぎたのです。松平さんが少し足をぐらつかせた時に今だと思って突き飛ばしてしまった。そしたら松平さんは思った以上に吹っ飛んでしまって落ちていた梨に頭をぶつけたのです。まさかと思って近づいてみると完全に死んでしまっていた。わたしは気が動転していて取りあえず埋めよ!と思いました。わたしも年です。必死に穴を掘って埋めようと思いましたが穴が浅すぎて松平さんの足とか手とかが出まくっていました。けどなぜか満足感に包まれてその場を後にしました。殺してしまったことは事実ですがわたしに殺意はなかったんです。」

助六は当日のことを一通り話した。包み隠さず真実のみを。穂瀬は話を聞いて腕組みをした。そして幾度も首をかしげた。

 「う~ん。何かしっくりこない。あなたが嘘をおっしゃってるとも思いません。目を見ればわかりますから。すずえさんにも話を聞くべきなのでしょうがわたしは聞かなくてもわかります。助六さん、あなたはすずえさんの乙女心とか考えたことがありますか?あの時、あの場所でカミングアウトしたのは彼女の乙女心です。おそらくすずえさんは松平さんが他の女性と楽しそうにしている現場を見てしまったのでしょう。遊ばれていた、そう思ったのです。夫は相手にしてくれない。乙女心は傷ついた。」

こいつ恋愛経験豊富だと助六は思った。そして敏腕といわれるだけのことはあると思った。事件を論理的に見る一方で感情論も織り交ぜる。こいつはすごいと穂瀬の推理に舌を巻いた。

「そんなこと考えもしませんでした。確かにそうだったかもしれません。わたしはすっかりペアリングをしているだけでラブラブだと思い込んでしまっていました。」

助六は素直に認めた。すずえも妻である前に一人の女性なのだ。

「ご理解いただけて幸いです。しかし事件は解決していない。松平さんを殺したのは確かに助六さんあなたです。普通の刑事ならすぐ逮捕するでしょう。しかしわたしは敏腕です。この事件には何か裏がある気がして仕方ないんです。」

穂瀬がそう言い放った時、部下が部屋に入ってきた。

 「穂瀬刑事、とんでもないものが見つかりました!」

真相( 1 / 1 )

「一体何が見つかったんだ!?」

穂瀬は必要以上に流暢な日本語で部下に訊ねた。部下も相当興奮しておりかなり息を荒げていたが、そっと穂瀬に告げた。

「実は先日転落死した梨太郎の遺留品からとんでもない物が見つかったんです。」

「だから何が見つかったんだ!?もったいぶるのはよしなさい。」

「はい、実は松平殺害に関する計画書が見つかったんです。」

「何だって!?」

穂瀬は当然のことながら、盗み聞きしていた助六も驚きを隠せなかった。梨太郎が松平殺害を企てていた。そんな馬鹿な!殺したのは助六であることは揺るぎのない事実。そして梨に頭をぶつけて死んだのも明らかに偶然だ。一体どうやって。

 「おい、部下!その計画書にはどんな事が書いてあったんだ?」

穂瀬が聞いた。

 「はい。その計画書には松平殺害に関する詳しい犯行の手順等が事細かに書かれていました。かなり綿密に計画を練っていたようですね。一部そのコピーをお持ちしました。これです。」

部下は穂瀬に計画書のコピーを手渡した。穂瀬は一通りそれに目を通した。

「そういう事だったのか。やっと謎が解けた。」

自分の中で解決した穂瀬は助六が座る机の対面に腰掛け話し始めた。

「助六さん。今回の事件はかなり複雑で手の込んだものだったようです。全てをお話しましょう。思い出してください。助六さんあなたは最初、すずえさんにそそのかされる形で登山愛好会に参加しました。そして登山の途中、すずえさんに松平さんとの関係を明かされました。それでカッとなったあなたは勢いあまって殺意はないにしろ松平さんを殺した。そうでしたね?」

「はい。間違い無いです。」

「わたしもそこに嘘はないと思いましたし、実際嘘はありませんでした。登山愛好会に入るようにすすめたり、松平さんとの関係をカミングアウトしたのはすずえさんの傷ついた乙女心ゆえのいたずらだったのです。ですが・・・」

穂瀬はまだ今回の事件を信じられないといった様子だった。

 「ですが、助六さん。これらは全て梨太郎の計画の内だったのです。」

「な、なんですって?そんなことがありえるんですか!?」

「そうなんです。それが実際にありえてしまった。梨太郎は今回の殺人計画をかなり前から企てていたようです。それを裏付けるように莫大な量のデータも見つかっています。驚きました。助六さんと松平さんが無類の梨好きであることは当然のことながら、助六さんとすずえさんの結婚記念日やペアリングのメーカーと値段。さらに岸辺四郎主演のドラマを見ていたことや朝ご飯は白飯に梅干を二つのせること。そしてすずえさんが寝起きに熱い日本茶を飲むことまでも。」

「ありえない。そんな馬鹿な!」

「そして登山愛好会に参加しないかという話を山根さんから持ちかけられた事も知っていたみたいです。助六さんとすずえさんがお二人で登山に行かれた日のこともメモとして残っていました。」

穂瀬は次々と驚きの事実を助六に伝えた。さすがの助六もこれには開いた口がふさがらない様子だった。 「なんで我家のことばかり。」

「そこなんです。梨太郎は助六さんとすずえさんについての情報を異常に集めたようです。どうやら今回の殺人の犯人を助六さんに仕立てるつもりだったようです。」

「しかしなぜ松平を?」

「そこなんです。なぜ梨太郎は松平を狙ったのか。わたしは考えました。助六さんとすずえさんと松平さんと梨太郎を結びつけるもの。それは」

穂瀬の推理も架橋に差し掛かっていた。事件の全貌が徐々に明らかになっていく。

 「それはすずえさん本人です。助六さんはすずえさんのご主人、そして松平さんは不倫相手でした。おそらく梨太郎はすずえさんに密かに想いを寄せていたんでしょう。梨太郎としては二人に消えてもらいたかった。しかし自分が手を下すにはリスクが高すぎる。そう考えた彼は取りあえず情報を集めたのです。すると助六さんと松平さんの仲が悪い事やすずえさんが松平さんに遊ばれていたことなど次々に梨太郎にとって有利な情報が舞いこんできたのです。それは人から聞いたものもあれば、実際にその目で確かめたものもあったようです。」

「そうだったんですか。まさに目からうろこ、寝耳に水です。」

「そして梨太郎は松平さんがある病気にかかっていることを知ります。そう、松平さんは骨粗しょう症だったのです。さぞかししめたと思ったでしょうな。骨がもろく、少しの喧嘩でもすぐに大怪我をすると思ったのです。で、それを知り今回の計画を思いついた。まさか死ぬとまでは考えていなかったのかもしれませんがね。さらに梨太郎はかなり乙女心を理解しているといえます。でないとすずえさんの行動をここまで読むことは不可能です。しかしさすがに読みだけで犯行は行えません。なので彼は助六さんと松平さんが不仲であることやすずえさんと松平さんが不倫関係にあることをメンバーに摺りこんだのです。周りを固める賢さも兼ね備えていた。なんたる知能犯なんでしょう。」

助六にもようやく今回の事件の真相がつかめた。要は自分は利用されたのだと。利用というよりか、犯人に仕立て上げられたのだと。

「しかし梨太郎にもひとつだけ誤算があった。それは、自ら足を滑らして転落死してしまったことでしょうな~。」

そう言い終わると穂瀬は立ちあがり悲しそうに窓の外を眺めた。やっぱりホームシックなんだと助六は思った。

 今回の事件。それは梨太郎の異常な愛が巻き起こした悲劇だった。すずえのことを一番愛した人間の哀しい末路。本当の幸せ、本当の愛とは何なのだろうか。東京と千葉の県境の割と発展したところには、冬の訪れを感じさせる冷たい風が静かに吹きぬけた。

 

西尾麦茶
作家:西尾麦茶
梨太郎
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