ノマド

 十一、

 別れが近いのかもしれないとセンチメンタルに考え、すぐにそれを打ち消そうとする。また会える。また会える。彼女がワタリガラスの姿をとっていたとしても。
「ねえ、カラス、私はいつでもこのニット帽を被ることにしますよ」
「それはまた奇矯な事だ」
「そうすれば、屋上からいなくなっても、私を見つけられるでしょう。ねえ、カラス、私は、あなたと友人でいたいのです」
「会えなくても友人ではいられる」
「いえ、会いたいのです」
「困った娘だ」
 嗚呼、困らせてしまった。馬鹿な娘。

 十二、

「よろしい。私は君を見つけるよ。ニット帽を被っていなくともね。何しろフギンだかムニンなのだから」
「はい、カラス、ありがとう」
「そして、私はね、残念だが今から北へ行くのだ」
 何となく、そのような気はしていた。へちゃむくれのミソッカスでも、女には特殊な勘が備わっているのである。ワタリガラスはカムチャツカへ、その間に女子高生は女子大生になる。セーラー服を捨てて。

 十三、

「最後に、気恥ずかしいが、私の姿を見せておこう。そうすればきっと、君もいずれ私を見つけるだろうから」
「ええ、カラス。必ず、です」
 カラスは、そして、鳥の姿に変わった。光に包まれもせず、不定形になる事もなく、極めて無骨に変身を遂げた。セーラー服を脱いで飲み込み、白い肌を露出させ、腰まであるかという黒髪をさっと翻したら、もう一羽のワタリガラスになっていた。まさか服を飲み込むとは。消化不良を起こさないのだろうか。
 十四、

「さて」
「あら、口が聞けるのですね」
「失礼だな。何にでもコツというものがあるのだ」
「勿論です」
「練習したのだよ」
 私は、初めてカラスを笑った。唯一の友人といつか言ってくれた彼女が、そのだけのために、鳥の姿で人間の声を発しようとしている様子が思い起こされ、何やら可笑しくなったのだ。
「失礼な、失礼な」笑いが止まらない間、カラスの言葉もまたひたすら繰り返された。「失礼な、失礼な」
キリ子
ノマド
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