僕ら女の

第三章 結束( 7 / 8 )

拝啓、トビウオ氏
まあ、誤解がないように言っておきます
が、トビウオ氏、僕らは、そのころはふた
りとも女性そのものでしたが、レズビアン
ではありません。僕の性嗜好はあくまで筋
肉と体毛と突起物のついた身体です。道代
さんもそうでした。
僕らはひたすら語り合いました。そのこと
が無性に楽しかったので止めることが出来
なくなり、夫の不満をかい、僕は夫への興
味を突然失い、彼は僕にとって特別さの消
えたただの男になってしまいました。
僕は、離婚を申し立てました。道代さんと
一緒に暮らしたいと言ったのです。「世に
たくさんの男女がいるのに、どうして男と
暮らさねばならないのか分かりません。女
なら、二人で仕事も家事も分担して自由時
間を増やすことが出来、不平等はありませ
ん」と、僕が言ったとき家庭裁判所の調停
員はどう理解していいのか分からず僕をぼ
んやり見つめていたものです。心の中で僕
は、それぞれ意中の男がいてもいいわけで
すし、と付け加えていましたが。
パラドクス
こんなメールを読んで、僕はおおいに笑ったものだ。
いや、実は笑いごとでは済まなくなった。
社会は環さんを許さなかった。
子供の親権は夫に与えられた。
養育権すら得られなかった。

わずかに月二回の面接が許された代償のように、慰謝料二百万円が課せられた。
双方の両親の出資で頭金を払って買ったマンションは分与が難しい上、子どもたちが住み続けるの
で全てそのままになった。
結婚生活の生計の三分の一を環さんのパートで補っていたにもかかわらず婚姻生活への経済的寄与分は放棄することになった。



拝啓、トビウオ様
心を尽くして育てていた幼い息子たちを
失ったことで、僕の心はそれ以来いつも血
を流していました。今でもそうです。
道代氏とは経済的理由もありましたが、同
居しない理由がなかったのでから同居しま
した。
必要な取り決めを交わし、それ以外は全く
自由です。愛や思いやりを要求し合う仲で
はない、お互いを尊重し、心を開いて語り
合える仲です。僕らは決して別れないで
しょう。異性の愛人と結婚することもない
でしょう。
僕ら二人は、僕、君、と呼び合います。道
代氏は近いうちに子供を産もうとしていま
す。僕らが育てるのです。その子の父親は
自由に出入りして接触するでしょう。こう
して僕らの家族は、不定形で次第に大きく
なるのかもしれません。僕の子どもたちは
時々遊びに来ます。そのうちここに居つく
かもしれません。
僕がかって熱愛したその父親ともいつか許
し合う日が来るかもしれません。そのこと
と、この自由平等な暮らしを放棄する事と
は全く関係ありません。
トビウオ氏、いつか僕らが、こんな自由な
コミュニティを形成できたら、と夢のよう
に思うことがあります。僕は無口ですが、
無口なりにその仲間でありうるでしょう。
パラドクス

第三章 結束( 8 / 8 )

皆さん、傀儡トビウオです。
それぞれに対し活発に返信、そのまた返信
とツリーが形成されていますね。やっと顔
を合わせた僕ら七人です。
今日は、お待たせしましたが、こんな
シックなインデックスページができました
よ。
「ノウモア性別役割!」これがサイトのタ
イトルです。ちょっと泥臭い? 確かに。
しかしすぐに分かってもらえることを優先
させました。とりあえずはこれで出発、で
いかがでしょうか。
リンクページは英語圏のみならず非常にイ
ンターナショナルに関係サイトを集めまし
た。
掲示板の他に各人の発表の場も用意しまし
た。お好きなように使ってください。
さて、僕トビウオは言い出しっぺなのにも
かかわらず、今に至っても、夫の給料と夫
の年金とを使って生きてきたこれまでとは、
せいぜい薄紙一枚ほどの違いしか達成して
いません。夫は、自らの善意と愛情を信じ
ているです。今日のこの日も、僕には次の
一歩が未定です。
僕は今、美しく磨き上げ、趣味良くしつら
えられた、ほこりひとつ目立たない居間に
います。静かです。一人です。あちこちに
花が咲き僕の指はすべすべしています。食
器洗い機があるからです。
この生活を賄っているのは勿論夫の仕事で
す。もし、僕らが今離婚したらこの生活の
半分は僕のもののはずです。婚姻中に増え
た財産は夫婦の共有と見なされる、誰の名
義であろうと、ただし離婚の場合ですが。
法律的にはそうです、実際の結果は別とし
て。
僕の場合は折半するほどの自分の寄与は考
えられません。僕は夫が満足するような操
り人形でしかありませんでした。子供を育
て、家事をそつなくこなし、家をきれいに
してきました。僕はこの財産の半分を
貰っていいのですか。つまり僕は離婚を考
えているのです。ここは美しい牢獄です。
僕にもしたいことはある、一つ一つ自分で
決定したい。そうだ、僕は立派な男なのだ。
行動力のある。責任を取れる。財産は貰わ
ずに別れるべきだ。僕としては、心と身を
売った金をもらうような気がする。

ここまで書いて、僕傀儡トビウオははっと気づいた。
そうだ、ここに矛盾があるのか。

一方では家事育児を価値ある仕事と見なす社会があり、財産の半分の価値を計上しようと
する。他方では、家事育児は女性に押しつけられた不名誉な低い仕事であるという主張が
ある。

が、実際には社会は後者の判断に従って動く。
だからある女性は主婦であろうとし、別の女性は女を家事に縛りつけるな、と叫ぶ。

女性は自然に近いと言って、そこに価値があるとみなされる。
しかしそれゆえに貶められ
る。

二律背反。


皆さん、新人トビウオです。
ついに名前にふさわしく、飛び立ちます。
海と波から滑空していきます。
僕の場合、財産を貰っては自家撞着に陥り
ます。生活費も貰いません。そして僕は一
人の生活をします。あしたのことは全く未
定です。
傀儡、残り二十年、計算上。

東天
僕ら女の
0
  • 200円
  • 購入

29 / 30