僕ら女の

第二章 接触( 4 / 4 )

「そして君にその他にエネルギーが余ってるというのなら、なんらかの能力が開発されたがっているというのなら、どうぞ、したらいいさ、そんなすごい能力を眠らせておくのは
損失だからね、していいよ、いいよ」

僕はこの言い方を聞いて、屈辱と悔しさの余り地面に座り込んだ。
自分は男だ、と言い聞かせなければ、罪悪感にさいなまれる。
最低だった。この仕組が憎かった。


「何故? 何故二人とも各自で仕事を選んで
遂行し、二人で家事も育児もしないの?」
と僕は以前こんな風に異議を申し立てた。語
尾が女言葉だった。



大阪府高槻市の城跡の駐車場横にたつクスノキの新芽がかぐわしく匂っている、ひとつの木陰に、女人の姿が立っている。

約束の青色のスカーフが薄青色のスーツの襟元に巻いてあるところを見ると、これが意識の変身を遂げたカツラ氏であろう。スカート姿である。

僕は懐かしい気持がして、思わず急ぎ足になり、右手を上げた。カツラ氏も歩きやすい靴を履いている。誰がパンプスなど履くものか。

「カツラさんですね。トビウオです」
「トビウオさん、ようやく出会えました」

僕たちはまじまじと見つめ合った。僕とは同じ年頃の、彫りの深い、写真の晶子を思わせるような雰囲気を持つカツラ氏だ。
カツラ氏は、告白以来自分が肉体的にも男であるという前提でこれまで僕に応対していたのを意に介さない様子だった。
それは一とゼロとで成立する不可視の電波の世界の架空の姿である。

僕は、驚きも示さない。歯牙にもかけず世にも当たり前のように肯く。

カツラ氏もすでに肉体の男女の区別を超越していた。

「トビウオさん、そのお姿には特別な印象深さがあります」
「そうですか。僕たちの髪型は偶然似ていますね、もっとも外見はどうでもいいって言うか、なるようになるだけで」
「気持が動くままに装っていますよ、今日はこの空の色に溶け込むようにと僕は思ったのです」
「もう少し暑くなったら、一度丸坊主にしようかな」と僕トビウオ。

「僕たちはただ、人間として普通に取り扱ってほしいだけです。経済的に自立すること、それに付随する苦労を回避するつもりは無い、弱い優しい存在として保護してもらわなくて言い、そのかわりに自由な自己決定権を命と同じくらい強く要求する。
自己責任は当然です。
ただ平等な選択条件がなければならない。

家事をするという前提では全くひどいです。
共産主義のソ連時代においても女性は同等に労働した上家庭ではやはり家事をすべてしていたと読みましたが、僕は実に悲しくなりました。
ただ唯一の問題は、妊娠出産授乳という行為を女性しかできないという点ですが、これについては考慮が必要です。
特別な自然条件として考慮を要求しなければならない唯一の点です」

僕は、カツラさんにはとっくに身にしみて分かっていることを、唐突に脈絡なく申し立てた。

まずこの点が明白にならなければ当の女性に力は湧かないのだ。
いつまでも罪の意識がブレーキをかけ、不満と不平で終わってしまう。彼女の一度しかない時間が。

「そうですね、最近はかなり確信を持つようになりました。彼が家事を手伝っても罪の意識を抱かなくなり、軽やかにご苦労様、と声をかけます。ただ二人とも家にいますから、ある意味、当たり前のことともいえますけれども、夫だけが毎日働きに出ている場合、役割分業がむしろ自然の成り行きとなるのは否めません。そして当然の結果として、家事は程度の低い活動であり、その担い手も愚かな、存在価値の低い生き方なのです。
こうして男の女への軽蔑の理由がすでに長年にわたり信じられ、実証されています」
と、カツラ氏が言う。

第三章 結束( 1 / 8 )

「ただ、よく世間で攻撃の対象となっている、例の『のうのうと専業主婦でいたがる女』、あるいはその変形である『専業主婦すらも満足にしない女』の存在をどう考えるか。

この言い方そのものが実にこの言葉の核心を突いていますが、そんな女が居ることも事実です
けれども、しかし、考えてみると男の数パーセントは全く働かないし、あるいは女を働かせて自分がのうのうとしている訳ですが、それでも男全体が無能力だとは決して言えないわけです。

これと同様に、数パーセントの女が、好んで自分で生活を支えない方を選ぶからと言って、こんなにも簡単に女と家事を結びつけ価値の低い者と貶める社会であっていい理由はありません。

この歴史は、連綿と続いてきた。女性たちは社会進出をある程度果たしたが、それはいっそうの困難を与えている。ジレンマのなかに閉じ込められている。

女性自身の性意識が自らを不自由にし、苦しめている。そうですよね。
僕はこの前まで、こんなことを思う自分はおかしいのだ、わたしがわがままなのだ、と自分を責めていて、しかも虐げらているという確信のためにパニックになって眠ることもできなかったのです。」

カツラ氏のこんな告白を、僕は視線を外すことなくじっと聞いた。
僕たちは、全くの意見の一致を見た。そして声をそろえて言うのだった。

「僕らは男だ。
これからの長い変革の道のりを歩むとき、女性としてそだった意識をねじ曲げるよりも、すっぱりと捨ててしまうことにしたのです。
自分は男だ、と考えることにしたのです」


僕たちはお互いのしわやシミのあるくすんだ顔を見つめ合った。
化粧っ気のないのは自分が女性ではないという印だった。
しかし淡い色のマニキュアをつけているのは、自分が権力意識を持った男性ではない、という印だっ
た。
快楽享受了解であれば、ないしはさらに受胎了解であればその印として、何かを特別に付け加えたであろう。
時代を反映せざるとえないとして、口紅やヒールやアルコールや美しい靴下とか?


「少し月並みですか?」

僕たちはどちらからともなく、こんなことを了解しあいながら歩き続けていった。
何か生まれてきそうな具合だった。

第三章 結束( 2 / 8 )

 僕はすでに精力的に同志を探していたのだが、
全国で、こんな生き方を選ぼうと確信した女
性が七人になったので特別なサイトを起ち上
げようということになった。

 ここまでは予想の範囲内である。
 どうしても反旗を、のろしを上げるつもりで
はいた僕だけれども、ここに至っても実はこ
れまでと同様次に打つ手がわかっていない。
 そこが僕らの僕らたる由縁である。そこが面
白くかつ困難な点である。次の一行をどう書
いていくか。
 僕は正直なところを書いて掲示板に配信した。
僕たちのサイトはまだ仮の姿で、掲示板のみ
からなっているようなものだった。


皆様、どんな日常ですか。
傀儡トビウオです。
先日は高らかにのろしを上げるべき宣言を
共に確認しあいましたが、次の一歩を踏み
出すには、まずどんな言葉を発するか、そ
の一言についての考えや如何。セッサタク
マ(失礼、変換できません)して道を
造っていく僕らです。
なお、お互いはじめてですので自己紹介も
かねた返事よろしく!

トビウオ氏、一番です。つまり君に最初に
施術された和子こと仮の名カズです。
僕の出発点は比較的明白な、最近世に悪名
をはせるDV、ドメスティックヴァイオレ
ンス被害者です。肉体的虐待でした。
君は男だ!とムチのような一言で僕は、部
屋の隅で頭を抱えてぐずぐず考えたり悲鳴
を上げたり、自分が悪いのだ、彼もそのう
ち変わるのではないか、逃げてもかえって
怖い、どこに逃げよう、とか、考えるのを
止めた。すっくと立った。きっと振り向い
た。まなこを見開いた。「お前こそ、くず
だぁ!」と怒号した、いすを振り回して夫
の脚を払い、倒れた顔にゴキジェットをふ
りかけた。死ぬ覚悟だった。
以上手荒な自己紹介でした。
ところでまずは、サイトの命名をどうしま
すか。ノーモア性別役割、とかあからさま
に核心を言葉にするか、比諭を使うか。僕
は言葉の分野をあまり得意でないので、サ
イト全体の色調や、文字色による印象を考
えてみましょうか。

第三章 結束( 3 / 8 )

拝啓、二番目です。通称森です。
僕の提案は、まさにこの「僕」という字の
ことなのですが、男性言葉のなかでへりく
だった自己判断を示していて、まだ女性
だったときはもっとも好きな言い方でした。
で、「僕」つまり下僕の僕ですが、これ以
外に何か考えられるでしょうか。女でない、
とか中性だとか、そんなものでは力になら
ない、だからこそ「男である」、という意
識を植えつけて女性役割からすっくりと足
を洗うためのキーワード、大事な自己名称
です。別案があるのではなく、ただ一考の
価値があると思ったので。

ところで、自己紹介のようなもの。

僕の場合も結構明白でした。夫婦とも中学
校教員、年齢も仕事の中身も給料も疲れも
差がなくて帰宅後も何かと仕事絡みです。

小学生の子供二人、家事の分担は必要不可
欠でした。二人で料理するのではなく、一
人ずつ時間が取れるように分担することで
す。いろいろ試しました。料理と茶わん洗
いに分ける、掃除と洗濯同時進行で家事時
間短縮、あるいは一日交代、一週間交代、
ときには出前、時には市の派遣お手伝いを
頼みます。
余談ですが、セックスも臨機応変に設定を
変えて可!! すんなり移行派です。

東天
僕ら女の
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