僕ら女の

第一章 発見( 18 / 18 )

トビウオ殿
少年探偵団がでてくるとはいよいよもって同世代ですね。それで最近の疑問点を思い出しました。
テレビの漫画やおもちゃ、ゲームなど、いい大人がそれを作るのを仕事として、子供ないしはその親に提供しますが、ありゃぁ一体何なんでしょうかね。
子供はどうしていつの世もそんな大人のお仕着せを受け入れるのでしょうかね。
ナナシ

ムメイ改めナナシ殿
女性が作られた流行を受け入れるのとはまた別でしょう。もともと子供の脳がすべてを受け入れオーケーなのでは?
 作る側の大人だって、自分が楽しいもの、子供が楽しがりそうなもの、ひいては売れそうなもの、と考えますしね。
しかしこれに関してもっと詳しいことを脳神経研究者に解き明かしてほしいです。
トビウオ



こんな具合に僕らの意見交換はもっともなことに、素人談義ながらいわゆるジェンダー生成にまつわる社会の意識操作をテーマとするものとなった。

誰か個人の特定できる操作の犯人が居るわけではないだろうが、少数の権力者集団が意識して為しうることだったのか? 

たとえば鎌倉幕府が武士の直接的な殺傷力をもって男子の力を誇示し、その脅威と威力を社会に浸透させるために儒教の拡張を是としたとか?
 
ききかじり族二名の議論の最後は疑問符で終わる。調べておきましょう、とは言うにしても。

ナナシ氏には自由時間がないわけではあるし。

ところで、その後、この旧かつらないしはカツラにして新生ムメイ、ないしはナナシの生活は、こう報告されてきた。

彼は自分は実は、かつらエッセイに不吉な影のように登場するつれあいの方である。
自分の妻が、突然自分はこれから男性になると宣言した。
これまでも自分の妻は表立っては言わないが、かなりの女権論者であって、自分の方はじゃあ男は働き蜂かよ、晩酌くらいけちるな、という典型的暴君であった。
手も出した。
それでも会社があるうちは良かったのだが、リストラ後、ぶらぶらしているのに依然として妻の役割に甘えて、上げ膳下げ膳をさせていた。

それが一年たつ頃、異変が起こった。
妻の反乱である。
自分はすっかり度肝を抜かれ、パニックになってどなり散らした。
しかし妻は一歩も主張を緩めない。
恐ろしい迫力で人間としての権利を要求しだした。
家政婦や奴隷ではなく、人間として認められないなら、男性だと思ってくれ、という。仕事ですらない、家事のような程度の低い働きをあんたは自分ではしたくない、それで妻にさせるとは何ごとか、とまるで雷のように怒鳴り返してきた。

こぶしがぶるぶる震えて、今にも殴りかからんばかりだった。
それから、と妻はなお言い募った。今後、あることないこと、文句を言うな、することなすこと間違ってるとののしるな、何事につけ自分が正しいと大声を出すな、気分任せに不機嫌かと思えば急に笑いかけるな、あんたの操り人形でもなければ、鬱憤ばらしのオモチャでもない、対等な男性だと思え。
このままの人生が続くのなら、さっさと姿を消すか、あんたを殺して監獄に行くか、いやいっそ自分が死んだほうがましだ、とまで食いしばった歯の透き間からうめいた。

嵐の時間が何日続いたかも分からなくなった。

最後の切り札まで出された自分は、もうどっちかといえば降参である。

第二章 接触( 1 / 4 )

と、修羅場の様子が生々しく伝えられた。これを追体験、というより再体験するうちにナナシ氏の描いてみせる意識のねじれの狂気的すさまじさに僕の頭もクラクラしてきた。

要はしかし、ナナシ氏が男として語っていることだ。
とりあえずは「夫君」の男性役を借りているとは言え。
しかしナナシ氏もあまり注意力のある方ではないらしい。
夫君はたしか異国の人という触れ込みではなかったか。
その人物がウラのある書き手の文体を操るというのもつじつまが合わないのだが。

しかしこのまま追求はせず、しばらく男として語ってもらう。
それから当たり前のように、ナナシ氏が実は男のふりをしていた実は女で、しかも女の身で男になると宣言した存在であることを、端然と受け入れて動じない僕らだ。

その生身には僕らは関心を持たないだろう。

克服された過去についても、わかってるよ、とうなづくのみの僕らである。


拝復、新生ナナシ殿
大変なことになりましたか。
女性寄りの意見をお持ちだと思っていまし
たが、そんな暴君に仕えていたのですか。
いや、失礼、暴君として生活していらっ
しゃったのですか。
しかし、男性二人の友愛家族、ということ
になればいいですね。そうなったら何とも
うらやましいことでしょう、そんなトビウ
オです。


すでに超越しておられるようで、僕にはお
羨ましいトビウオ殿
渦中の僕ですが、少しは峠を越えた気配で
す。メンツさえ捨てれば、妻の要望は正し
いこと明らかですので、僕も妻も性的区別
を越えた人間になるべきであります。その
うえで向き不向きはあって当然だし、好き
嫌いはお互いに許せるものとなるはずでは
ありませんか。妻にこんこんと諭された具
合になってしまいました。いやあしかし、
彼女がというか、彼が、かくも力強く、確
信を抱き、表明することができたのには目
を見張らされました。
しかし僕もよくぞ理解を示すまでになった
ものです。自画自賛。
しっとりしたいい関係となり、専制的
だった僕にもかえって心地よさそうな日常
になるかもしれません。ひょうたんから駒、
の新生ナノラジ

拝復、新生ナノラジ殿
けっこう物分かりのよいつれあいであるこ
とが判明して、自分でも驚いていらっ
しゃるのかな、と思います。あと三ヶ月位
して首尾よく友愛家族が持続するようでし
たら、本当にじかにお目にかかるのも楽し
いかもしれませんね。
実は僕はまだまだの状態なのですヨ。
しばらく飛べない、飛ばないトビウオ


第二章 接触( 2 / 4 )

僕の周囲には、川原の月見草が咲いては消え、消えたかと思うといつのまにか群生するのにも似て、女性の影が絶えない。

最初の一歩を踏み出し、最初の一語を喋り、最初の外出をしたとき、一秒後に何がおこるか、どうなるのか、どうするのか、分からなかった。

未知の世界へ踏み出す宇宙飛行士さながらだ。

渺々とした荒野が目の前にあるのみだ。
自分は男だ、と宣言したとき、それが単に女性を拒否したことを意味しなかった。

同時に、男性のまねをすることを意味していなかった。

そんなものを意味していなかったからこそ、人は今や、ただ混とんとして輪郭のぼやけた事象のただ中に、困惑して立っている自分を、知らざるを得ない。

これが脱女性人の現実である。

最初の開放感と全能感はたちまち虚脱感に変わる。

街は差別にあふれている。一行の広告も愕然とせずに読むことは無い。

女性は美しくあれ、低能であれ、恋愛ぼけであれ、結婚願望を持て、今年はこの色を着よ、プリンスを夢見よ、社会の労働力再生産プログラムの臨機応変な受け皿であれ。

僕はただ願うのだ、差異のままにしておいてほしい。
どうか差別しないでくれ。
劣った部分と見なさないでくれ、支配しよう命令しようとのみ対しないでくれ、と。

僕たち女も人間なのだ。
家族という日常生活のなかでどうか僕たち女を二十四時間隷属物扱いしないでくれ、誰もしたくないような原始的な仕事は女性に任せておけなどと思わないでくれ。

あるいは、人類はここまでの歴史的流れを通じて、社会生活の効率をこのやり方で上げてきたとも言える。

言いたくはないが、男性たちの倦くことなき好奇心と粘り強さと協力とによって。

しかしこの結果は決して洗練されているとは言えない。
僕たち女をここまで貶めることによって達成したのであれば。

たとえばこの近代社会が正しいルートにしたがっている、自らの権力思考に自ら抗し、人間生活の快適化進化に寄与しつつあるとしよう。

他民俗支配や人種支配を克服すること未だ遠しと雖も、あからさまな支配を行うには大義に照らして余りに目立ちすぎ、ままならぬ時代になったとしよう。

ここまで人間社会が洗練されてきたとして、そのただ今、しかし僕たち女性は人の男性にとって最後の秘かな個人的な隷属物、所有物、奴隷である。
最後に死守すべき領域、ということだ。

ある午後、僕は、ただの上着、ただのズボンを身に付けて、緑色のスカーフを首に巻いて歩きやすい靴でかっぽしながら、たくさんの夫たちとその妻たちのまだ見ぬ顔を思い描いていた。

第二章 接触( 3 / 4 )

彼、つまり僕の家の所有者にして戸籍筆頭者である僕のご亭主は言ったものだ。

「俺たち男性こそ君たち女性の使用人なんだよ。力仕事するだろ、戦争に行くだろ、家を
建てるだろ、電気水道工事するだろ、機械を作る工場をみんなで建設するだろ、橋を造り、
道路を造り、きれいな色を塗り、ありとあらゆる役立つものを、役に立つのみならず芸術
的なセンスで飾りたてもするじゃない。

特別な才能をもつ男性はその能力をできうる限り開発する。

学問も科学も人間研究の仕事で、それは人間に備わっている真理探求への倦くことなき好奇心さ、その一方で絵をかく者、音楽を創り奏でる者あり、映画をつくり愉しませ、出来るだけ楽しい、いい暮らしを君たちにさせようとするじゃない。

女性たちはそんな男たちの努力の結果を座って待って、鷹揚に受けとってくれればいいのさ。

おまけに、若い夫たちは家事育児も手伝うだろ、それもこれも、ただひとえに君たち妻に楽をしてほ
しいからさ、俺たち男性が頑張ってあげるからさ。たやすい仕事だろ。
家事をして子供と遊び、導き、家庭を美しく磨いて、庭に花を植え、君たち自身も美しい気分になるじゃない。
そんな風に君たちが暮らして、いつまでもつやつやの肌でいてほしいんだよ。

そして俺たちが家にいるときは優しく撫でてくれて、おいしい物を食べさせてくれたら、また次の
日は元気に働いて、運がよければ社会的名声や地位を手に入れ俺も君もこの人生に満足し
て、最期は俺達の作った清潔な病院で死んでいける。

子どもたちは最高の教育を受けただろう。財産も少しはのこるだろうさ、戦争もなく、運が悪くなければ。
だから、愛する君たちよ、大事な君たちよ、

俺たちが働くのは誰のためでもない、君たちをのうのうと家で暮らさせるためだよ、その生活を楽しんでよ。
そんな人生を送れることを感謝してほしいくらいだよ」


僕の婚姻相手はこう説得して、僕を抱き締め
ようとすらしたものだ。

東天
僕ら女の
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