小説の未来(21)

              記号マジック

 

 

  人間脳の特徴の一つに、記号(言語を含む)の生産があります。記号は、歴史的に、創造の主役を担ってきました。そこで、記号世界の独立性と記号による脳機能支配について考察したいと思います。

 

 

 

 人は母胎にいるときから、母親から様々な記号を受信し、生まれてからは、毎日のように意味不明の記号を聞かされます。それらの記号は、感情や思考を形成し、各方面の脳機能をコントロールしていくのですが、あまりにも日常的であるため、それら記号の作用に対して意識しません。

 

 

 

 成長するに従い、脳細胞によって大量の記号が生産され、それらの記号は、次第に脳機能を規制するようになります。つまり、記号を媒介として、考え、行動するということは、無意識に、記号にコントロールされているということなのです。

 

 そこで、記号がいかに、思考や感情をコントロールしているかを見てみましょう。脳細胞によって、多種多様な記号が作り出されています。また、それらの記号が各方面の脳細胞にいろんな指示を出し、多様な脳機能を作り出しています。

 

 

 

 そこで、具体例として、時間的認識について考察してみましょう。多くの人は、学校で歴史を学びます。進化論的な考えでは、数万年前の人間は、猿のように体毛の多い類人猿だった。次第に、脳は進化して、体毛は減少し、家族を作り、火を使い、物を作り出し、言葉が話せるようになって、現代人になった。

 

 

 

 このように昔のことを”記号化”すると、あたかも自分の目で見たかのように、猿人から現代人までの変遷がイメージできます。でも、当然のことですが、現実に、数万年前に戻って、ネアンデルタール人やクロマニョン人を見たわけではありません。

 

 不思議なことに、我々は、現実に体験していないことでも、記号化されてしまうと、未体験の過去の事実を、あたかも、体験したかのように思えるのです。まさに、そこに、”記号マジック”があるのです。

 

 

 

 つまり、人は、未体験の過去のものであっても、記号化されてしまうと、それを過去の事実だと”思い込む”のです。言い換えるならば、過去の事実であったとしても、それが記号化されなければ、過去の事実として認識されず、存在しなかったことになるのです。

 

 

 

 身近な過去についても同様に、1ヶ月前のことは、記憶に新しい経験ですから、ある程度は具体的に記号化できます。記号化されたものは、正確に言えば、事実そのものとは違うのですが、事実だと思い込み、納得します。一方、記号化されなかった事実は、その人にとっては、過去ではなくなってしまうのです。

 

 私たちは、記号やイメージを使って過去を認識します。だから、人にとっての過去とは、記号やイメージでしかないのです。当然、それらは、”脳機能の産物”でしかありません。

 

 

 

 未来においても同じようなことが言えます。自分にとっての未来は、記号化されたも、もしくは、イメージ化されたものでしょう。当然、過去と違い、未来は未経験なるものですから、記号もしくはイメージで表す以外ないのですが。

 

 

 

 つまり、私たちが認識している過去と未来は、”記号もしくはイメージでしかない”ということなのです。言い換えれば、”現実そのものではない”ということです。だから、記号やイメージで認識している”過去と未来”は、「虚構の世界」であるといっても過言ではないのです。言い方を変えれば、我々が思い描いてる”過去と未来”は実体のない「言語の世界」でしかないということなのです。

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(21)
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