それから5年後の1984年。彼女の祖父は、
病気で死んでしまった。胃ガンだった。
祖母はまだ生きているが、〝うつ病〟にかかっており、もうかなり進行していて、もう、他人とまともに話す事すら出来ない。
どちらの病気の事も、彼女は知っていた。
「病気だったのか」
「うん」
「でも、おじいちゃんは、最後まで頑張って生きた。それに、
窓河君の事、凄く気に入ってたわよ!!私に〝あんな良い友達が
いたのか!!〟って。おばあちゃんもだけど」
「そうなんだ」
「あと、前に、何度もウチでお茶会したけど、
窓河君は、いつも、お菓子作るの手伝ってくれて、どれも、
あまりにも美味しかったから、
〝いつか自分が死んだら、もし良ければ、窓河君にあの喫茶店を
営んでくれたら良いな〟って言ってた」
「え!?そんな!?俺に!?いやいや!!
出来ないよ!!そんなの!!」
「そうかな?私は、素質あると思うんだけどな~。でも、窓河君、今、会社の仕事もあるから、夜だけ開店するお店とか?それか、
休日だけ開けるとか?」
「いや、良いよ。遠慮しとく」
窓河は、それからさらに1年後の1985年。
窓河は、ある日、窓河を嫌う上司の策略に
ハメられ、「Wind’s Delivery」を辞めさせられる事に
なってしまった・・・窓河は、絶望した。ただただ、絶望した。
「そ、そんな・・・、やっと、この仕事に
ようやく慣れてきたっていうのに」
イヤミな上司は、ほくそ笑みながら
「悪いな。じゃあ、今までお疲れ様でした」と、
窓河に皮肉を言った。
その後、また、
彼女の家へ向かった。相談するために。
そして、ドアを開けようとすると・・・
〝ドンッ!!〟
彼女が突然出てきて、窓河は、ビックリする間もなく、
顔を思いっきり打って、同時に鼻血を出した。
〝バン〟
「痛って~!!!」
「あ~!!ごめん!!来てくれたの!?でも、ごめん!!私、
今から、おばあちゃんのいる病院へ行くの!!!」
「え!?」
突然過ぎて、窓河は焦った。
「どういう事だよ」
「話は後!!!」彼女は、道路でタクシーに向かって手を上げ、
「すいませ~ん!!!」と言う。
そのタクシーに乗って、
タクシーの中で話を聞いた。祖母の様子が
おかしいというらしい。病院に着いて、様子を見てみると、本棚に置いてあるお菓子のレシピの、写真が映っているページを破り、それを食べている。
「おばあちゃん!!」そう言って、
祖母のその異食を止めたが、祖母はまだ、
「ケーキ・・・ケーキ・・・」、あるいは、
「プリン・・・プリン・・・」、あるいは、
「クッキー・・・クッキー・・・」と言っている。コレらは、
全て、窓河があの喫茶店のお茶会で作ったモノだ。
窓河は、
「アレ?何かおかしいぞ!!コレは!?」と
言った。
「え!?」
「いや、コレ、全部、俺があの喫茶店で作ったヤツだろ!?」
「あ~!確かに、そう言われてみれば!?じゃあ、私、ちょっと、急いでコンビニで買って来るわね!!」
そう言って、彼女は、
ケーキやプリンやクッキーを買って、祖母に食べさせるが、
あまり美味しそうにしない。
次の日、窓河と彼女は、あの喫茶店で、
久しぶりに色んなお菓子を作った。もちろん、
ケーキもプリンもクッキーも。
それを、
病院へ持って行って食べさせると、
彼女の祖母は嬉しそうに笑い、少しだけ元気を取り戻した。
二人は揃って、「良かった~」と言った。
「あのさ」と窓河が言い、彼女が「ん?」と言った。
「俺、色々考えた。やっぱり、あの喫茶店、
もらっても良いかな?」
「え!?どうしたの!?前に話した時と言ってる事が真逆じゃない!?」
「いや、実は、昨日、言いそびれたんだけど、
俺、会社、クビになっちまったんだ」
「え!?何で!?」
「ハメられちまったんだ。俺の事を嫌ってるヤツが勝手にお客さんに届ける品を入れてる箱の中に一緒にクモを入れて、それを
〝コイツがやりました〟って言われてさ」
「大変じゃない!?窓河君だけじゃなくて、お客さんも凄く困ったでしょ!?ちゃんともう1回、話した方が良いんじゃない!?」
「いや、皆、誰も、俺の事を信じてくれないんだ。
いくら話したってムダだろ」
「そんな・・・・・・」
「でも、これで良い。俺、前から思ってたけど、あの会社で
働いてても、幸せにはなれなさそうだから。それに、
今だって、コンビニのお菓子で全く笑いさえしなかった
おばあちゃんがとても喜んでくれたろ!?今、それが
かなり嬉しかったんだよ!!!」
「そう?分かった。じゃあ、祖父の遺言通り、あのお店、
窓河君に譲るわ」
「うん!本当にありがとうね!!」
「いえいえ!じゃあ、名前はどうする?もう、これからは、
窓河君のお店だから、窓河君の好きな名前にして良いのよ」
「そっか。じゃあ・・・・・・〝窓際族〟!
〝喫茶窓際族〟で!!」
「え?ホントにそんな名前で良いの!?」
「あ~!良いさ~!!だって、君が〝窓際族〟って俺の蔑称を〝孤独のヒーローみたいでカッコ良い〟って言ってくれたんじゃねぇか!!それに、喫茶店って、窓から景色を見るのも楽しみの一つ
だから、そういう意味でも喫茶店には合う名前だろ?」
「そう・・・・・・?」
「じゃあ、この名前は、ありがたくもらうぜ!!これからバリバリ働くからよ!!そんで、稼いだ金の一部は、
君や君の家族に渡す!!
そしたら、家計も支えられて、一石二鳥だろ!?」
「そこまでしてくれるの!?なんて優しいの!?
ありがとう!!!」
「いやいや!!どうって事ないよ!!お礼なら、むしろ、
こっちが言いたいよ!!!」
「でも、言い忘れてたけど、
問題が一つだけあるけど、どうする?」
「ん?問題って?」
「誰かの建物を別の誰かに譲ろうと思ったら、
そこそこ税金がかかるでしょ?」
「あ、そっか~。でも、俺、実はギャンブルが好きで、
どのギャンブルでも、思いっきり当てた事はねぇけど、宝くじで
ちょっと、競馬でちょっと、株取引でちょっと儲けて、
これまでの仕事でのささやかな貯金もあるし、全部合わせれば、160万ぐらいはあると思うし、それで払うよ。
「そんな大事なお金を・・・ごめんね・・・ありがとうね・・・」
「良いよ良いよ!!」
「私も、たまに手伝うから!!」
こうして、窓河は、
彼女の祖父母が営んでいた喫茶店を譲り受け、店の名前を変えて、〝喫茶窓際族〟を開業した。
それから時間は流れ、彼女は、
とある洋菓子店で知り合ったという、日本語も堪能なフランス人と結婚し、フランスへ移り住んだのだ。
そして、彼女の祖母も、
今はもう、亡くなってしまっている。