赤い糸

 今にもかみつきそうな鳥羽に、びっくりして巨乳をブルンブルンと振るわせた。鳥羽が美緒の恋愛感情を不思議がるように美緒も鳥羽のゆう子に対する気持ちが不思議でならなかった。「そう、怒らないでよ。でも、いつも、ゆう子先輩のことを聞くじゃない。ようは、ゆう子先輩のことを好きなんでしょ。一度、コクってみたら。意外な展開が待ってるかも。鳥羽君こそ、勇気を出しなさいよ」ゆう子先輩のことについて美緒に聞きすぎたと後悔した。やはり、ゆう子先輩のことは安田先輩だけに話すべきだったとつくづく思った。ゆう子先輩について話し始めれば、美緒にやり込められるのは目に見えていた。とにかく、話を切り上げて逃げる準備に取り掛かった。「いや、ゆう子先輩のことは、いいんだ。ファンとして、応援することにしてるんだから。美緒の話は、もう終わりか?」

 

 逃げ腰になった鳥羽を見て、身を乗り出して即座に返事した。「まだよ。逃げなくてもいいじゃない。まだ、話したいことがあるんだから。聞いてよ、お願い。鳥羽ク~~ン」鳥羽は、また、いつものお願いかと嫌気がさしたが、しぶしぶ浮かした腰を元に戻した。「頼むから、手短に頼むよ。なんども言うように、俺には恋愛の話はムリ。そうだ、安田先輩に、相談してみては?安田先輩は、恋愛哲学については、相当なものだ。俺も、時々、ご指南いただいてるんだ。まあ、そういうことで」鳥羽は、立ち上がろうとしたが、美緒は間髪入れず返事した。「ちょっと、まだってば~~。逃げなくてもいいじゃない。もう少し、聞いてよ。お願い、鳥羽ク~~ン」

 

 もはやスッポンの化け物に思えてきた。観念した鳥羽は、もう少し付き合ってやることにした。「何だよ。さっき言ったじゃないか。別れたほうがいいって。これが、俺の結論だ。もういいだろ、この辺で」美緒は、意味の分からない笑顔を作って返事した。「そうね、新しい彼氏でしょ。頑張ってみようかな~~。鳥羽君って、いま彼女いないの?ゆう子先輩以外に。もしかして、医大生に、好きな人がいたりして」全く訳の分からないことを言うものだとあきれたが、きっぱりと返事した。「いないよ。さっきから言ってるじゃないか。彼女はいないって。俺は、ゆう子先輩のファンでいいんだ。彼女は、いらないんだ」目を丸くした美緒は、追い打ちをかけた。「え、彼女は、いらないの。一生、デートもしなければ、恋愛も、結婚もしないってこと。信じらんな~~い。マジ~~」

 

 


 

 やはり、一気に逃げ出せばよかったと後悔した。美緒は、いったん、追求し始めるととことん追い詰めるたちだった。これ以上話を続けていれば、変態扱いされそうに思えた。「そう、追い詰めなくてもいいじゃないか。今のところだよ。運が良ければ、将来、彼女ができるかもしんないけど。そんなところだ。もう行くけど」美緒は即座に立ち上がり、鳥羽の右肩を抑え込んだ。「何よ。別に逃げることはないでしょ。もうちょっと、付き合ってよ。そう、今は、いないけど、彼女が欲しいってことね。誰か、いい人いないかな~~。ところで、どんなタイプがいいの。顔は?スタイルは?」厄介なことになったと心でつぶやいたが、だんだんやけくそになってきた。「別に、顔とかスタイルとかは気にしない。気が合えば、それでいいよ。今まで、モテたためしがないから、彼女は、夢でいいよ」

 

 美緒は腕組み押して巨乳をグイッと持ち上げた。何か考えているような表情でじっと鳥羽を見つめた。「そうだ、同じクラスの子を紹介してあげようか。顔は、いまいちだけど、明るくて、面白い子がいるのよ。どう、一度会ってみない?千里の道も一歩から、っていうじゃない」何か馬鹿にされているようで、目を吊り上げて返事した。「今は、彼女を作る気にはなれないんだ。今、勉強も大変だし、教授のアシスタントもやっている。まあ、気が向いたら、その時は、頼む。とにかく、中年のセックスフレンドは、よくない。そういうこと、そいじゃ」顔をそむけた鳥羽に即座に返事した。「中年のセックスフレンドじゃなければ、いいってこと。そいじゃ、鳥羽君ならいいの?」

 

 さすがに今の言葉には、腰を抜かした。まさか、ここまで言うとなれば、淫乱メギツネに思えてきた。「何を言ってるんだ。俺が言ってるのは、セックスフレンドじゃなくて、同年代の男子と普通の恋愛をしたほうがいいって、言ってるんだ。まったく、俺を持ち出すなよ。意味わかんねぇ~」ニコッと笑顔を作った美緒は、ジロッと鳥羽を見つめた。「わかったわよ。そう、怒らないでよ。鳥羽君しか、友達いないんだから。そうね、もう少し、自分ひとりで、いい作戦を考えてみる。鳥羽君って、怒りんぼなんだから」鳥羽が、美緒の言葉を無視して立ち上がろうとすると間髪入れず美緒は問いかけてきた。「ゆう子先輩のこと、聞きたいんでしょ。聞きたいことがあったら、なんでも、聞いていいよ。ホクロがどこにあるか、聞きたくない?いろんなところにあるのよ」鳥羽は、ゆう子先輩と聞いて気持ちが揺らいだ。またもや、美緒のアリジゴクに落ちていくのかと思うとつくづく自分が情けなくなってしまった。

 


             最後のお願い

 

 107日(日)午前7時に起床した沢富は、南向きのベランダから雷山を眺望していた。秋晴れのそよ風は心を和ませたが、美緒とのデートを考えると気が重かった。2019年春完成予定の糸島高校前駅近くの新築マンションに今年の5月に引っ越した沢富は、美緒と午前11にマック前原店で落ち合う約束をしていた。午前1045分に地下パーキングに止めていたブルーのクロスビーに乗り込むと国道202沿いのマックに向かった。いつもは、夕方薄暗くなったころ、人目につかないように志摩総合病院の駐車場で落ち合い、美緒を拾うと沢富のマンションでひっそりとデートしていた。沢富は、人目がつくマックで会いたくなかったが、すでに、過ちを犯してしまった沢富は、指示に従わざるを得なくなっていた。

 

 約束時刻の5分前にマックのカウンターに立ち、窓際の席を見渡したが、美緒の姿はなかった。沢富は、ブラックコーヒーを購入するとかつてよく座っていた窓際の二人用テーブルに着いた。美緒と会うのは最後にしようと話す内容を昨日何時間も考えて、気合を入れてやってきたものの、いざ、これから話すと思うと、怖気づいてきた。左手のブラックをグイっと飲み干すと空になったコップを手にしてカウンターに向かった。空のコップをダッシュボックスに放置込みもう一杯ブラックを小顔の女子店員に注文した。二杯目のブラックを手にしてテーブルに戻った沢富が、窓から国道を走る車をぼんやりと眺めていると、伊都タクシーがゆっくり右折してパーキングに入ってきた。停車したタクシーのドアが開くとレザーミニスカートの美緒の姿が現れた。

 

 カウンター前に立った美緒は、お気に入りの窓際のテーブルに腰掛けている沢富を確認すると笑顔で手を振った。美緒は、オレンジジュースを購入すると自慢するかのようにHカップの巨乳をブルンブルンと揺らしながら笑顔でやってきた。正面に腰掛けた美緒のなんの悩みもないような能天気な表情を見ると沢富の心は解放されるのだったが、今日ばかりは、笑顔に屈しないようにと気を引き締めた。沢富は、自分の過ちを悔いていたが、いざとなれば、結婚という形で責任は取るつもりでいた。美緒は、結婚を拒んでいるが、だからといって、セックスフレンドで終わらせるわけにはいかなかった。全く理解しがたいことだったが、前回のデートの時、子供を産んでシングルマザーになると言い張った。もはや、一大事件に発展していた。

 

 

 


 美緒は、笑顔だけを見ていると能天気で優柔不断のように見えるが、そう簡単には気持ちを変えない頑固なところがあった。シングルマザーになることをどのように考えているのか憶測できなかったが、おそらく、子供の育成における苦難については考えていないのではないかと思えた。また、父親の存在意義についても考えてないように思えた。美緒は、物わかりのいい大人のように思えたが、社会人として考えてみると全く無知な子供のように思えた。沢富は、自分の過ちを棚に上げて道徳的説教をする気にはなれなかったが、それかといって、シングルマザーを容認する気にもなれなかった。どうやって美緒の気持ちを誘導しようかと考えあぐねていると美緒と目が合った。

 

 沢富は、ブラックをグイッと一口流し込み口火を切った。「秋晴れだ、ドライブ日和だな。そういえば、マックは、昨年以来だな~。ちょっと、懐かしく感じる」美緒は、窓の外に顔を向け、つぶやいた。これからも、ずっとずっと会えるといいね。でも、やっぱ、別れる時が来るのかな~~。さみしいな~~。サワちゃん、例の彼女と結婚するの?」セックスフレンドを続けていては、二人のためにならないと言われた時から、美緒は、沢富の結婚を直感していた。36歳になる沢富は、ひろ子との結婚を真剣に考えていた。だから、美緒との関係を続けるわけにはいかなかった。沢富は、まだ結婚の話はまとまっていなかったが、この際、来春結婚予定だと嘘を言って美緒を説得することにした。

 

 美緒は、悲観的なことを言っていた割には、表情は明るかった。勇気を振り絞った沢富は、目を吊り上げ話し始めた。「実は、そうなんだ。美緒に黙っていたのは悪かったが、来春、結婚したいと思っている。でも、美緒に対しては、責任を取りたい。だから、美緒が結婚したいというのならば、俺は、美緒を選ぶ。とにかく、シングルマザーは認めない。二人にとって、一番いいのは、二人の結婚じゃないだろうか。今でも、絶対結婚したくないというのなら、俺は、今付き合っている彼女と来春結婚する。美緒、わかってくれないか?」美緒は、聞いているのか聞いていないのか読み取れない表情で窓からぼんやりと青空を見つめていた。

 

 

 

  


春日信彦
作家:春日信彦
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