赤い糸

 美緒は、言葉で説明できなかったが、一生結婚をしたくなかった。シングルマザーになれば、苦労するのはわかっていた。でも、結婚生活をやっていく自信が全く起きなかった。できれば、後、一年でいいから沢富とセックスフレンドでいたかった。今は、安らぎを与えてくれる中年男性とセックスを続けたかった。心も体もそう願っているのを感じ取っていた。「そう、来春、結婚するの。美緒は、邪魔ってことか。美緒がいて、サワちゃん、困ってるってわけ。そうよね。美緒と関係を持てば、不倫だもんね。そんなの良くない。でもね~~、サワちゃん、あと一年、ダメ。でも、彼女にばれたら、大変なことになるか。サワちゃんの人生をダメにしたくないし」

 

 美緒の気持ちに変化が出てきたと内心ほっとした。うまくいけば、きっぱりと別れられるのではないかと小さな期待を抱きやさしく話し始めた。「二人の将来のためだ。このままセックスフレンドを続けていても幸せはやってこない。美緒は、20歳じゃないか。もっと若いイケメンの男子と恋愛して、幸せをつかんでほしい」美緒は沢富に振り向くと小さくうなずいた。オレンジジュースを一口すすり納得したかのように返事した。「そうね、美緒はまだ20歳だもんね。サワちゃんとは違いすぎるのか。サワちゃんには重荷になるってことね。若い男子の彼氏ね~~。それができれば、一番いいんだろうけど。よし、美緒も勇気を出してアタックするか」

 

 うまく説得できたと思った沢富は、決意を確認することにした。ブラックをグイッと飲み干し美緒を見つめた。「それじゃ、今日できっぱり、別れよう。それでいいんだな」美緒は、即座に返事しなかった。残りのオレンジジュースををチュチュと飲み干し、自分を納得させるかのように一回大きくうなずき返事した。「わかれることに決めた。若い彼氏を作る。でも、今月までは、今のままでいたい。ダメ?サワちゃん」沢富は、返事に迷った。今日できっぱり別れたい気持ちでいっぱいだったが、今日で別れよう、と言えば美緒を怒らせてしまうようないやな予感がした。そうなれば、今までの努力が台無しになってしまう。最後のお願いを聞いてやることにして、承諾してやることにした。

 

 

 

 


 

 沢富は、すっと立ち上がりカウンターに向かった。ブラックを注文し、大きく深呼吸した。ついにここまでたどり着いた、やっとここまで、今度こそ、決着がつく、と心の底でつぶやいた。沢富の心は安らぎを感じていた。笑顔のかわいい女子店員からブラックを受け取るとニコッと笑顔を返してテーブルに戻った。男は黙ってブラックとちょっと気取ってググッと半分ほど飲んだ。もう一度深呼吸すると美緒を見つめ返事した。「わかった。今月までだな。それで、きっぱりと別れるんだな。約束だぞ」

 

 美緒も最後の返事を迫られ、顔が引きつった。いつになくマジな顔つきできっぱりと返事した。「約束する。今月で終わりにする」沢富は、やっと牢獄から解放されたようなすがすがしい気分に浸った。大きくうなずいた沢富は、明るい声でこれからの予定を話し始めた。「よし、決まりだ。ドライブにでも、行くとしよう。まずは、昼飯だ。肉でも食うか。な、美緒」美緒はニコッと笑顔で返事した。「上場亭(うわばてい)ね。ほんと、佐賀牛、最高。しっかり精をつけで、今夜、頑張ってね」今夜もかと一瞬気落ちしたが、今月までの辛抱だと自分を慰め苦笑いして立ち上がった。主人を待っていたかわいいクロスビーは、主人と美緒を乗せると国道202を唐津方面へ走っていった。

 

 


             パワハラお見合い

 

 108日(月)体育の日、沢富は伊達家の会食に呼ばれた。いやな予感がしていた沢富だったが、結婚の話ではありませんようにと心の底で願いながらテーブルに着いた。ナオ子はいつものようにビールを注ぐと沢富に話しかけた。「ちょっと、肌寒くなってきたわね。ビールより、熱燗が良かったみたいだけど、まずは、ビールで乾杯しましょう」沢富は、いったい何の乾杯なのかと不安げにナオ子の天に向かって大きく開いた鼻の穴をちらっと覗きグラスを持ち上げた。ナオ子のカンパ~~イという甲高い声が響き渡ると三人はグググ~~と喉を鳴らした。上唇に泡を乗せた伊達は、笑顔で話し始めた。「おい、もうそろそろ結婚したらどうだ。ひろ子さんもプロポーズ待ってるんじゃないか?な~~。ナオ子」

 

 ナオ子は、ここぞとばかり、ピクピクと鼻の穴を振るわせ賛同の声をあげた。「そうよ、もう、いい加減に結婚しなさいよ。ひろ子さんは待ってるんだから。サワちゃんのプロポーズ」やはり結婚の話のために会食に呼んだとわかり、一気に気持ちが冷めてしまった。美緒の件が片付いたのもひろ子のおかげだと思ったが、いざ、結婚を迫られると返事に困った。というのも、確かに、36歳になったこともあり結婚したいという気持ちはあったが、実は、母親からお見合いを迫られていたからだ。お見合いはきっぱり断りたかったが、むげに断ることができない相手だった。話を持ってきたのが、法務大臣の夫人だったからだ。内心、母親も断りたかったみたいだったが、やむなく写真と履歴書を受け取っってしまった。

 

 青ざめた顔でビールを飲みほした沢富は、あいまいな返事をした。「いや~~、結婚は~~。まだ、早いような。ひろ子さんの気持ちもはっきりしていないことだし。ちょっとぉ~~」煮え切らない沢富に伊達は、ビールをグイッと飲み干すとハッパをかけた。「おい、女々しいやつだな~~。男だったら、勇気を出して、アタックしろ。断られたときは、その時だ、潔くあきらめればいい。ひろ子さん、意外と、ウンと言うかもしれんぞ?そう悲観するな」ナオ子も身を乗り出して追い打ちをかけた。「そうよ。プロポーズしてみなきゃ、相手の気持ちはわからないじゃない。いつまでも、黙っていたら、ひろ子さん、突然、結婚するかもよ。長崎で、お見合いしたって言ってたじゃない」

 

 

 

 


  あまりの攻撃にどう反撃していいかわからず、沢富はお見合いの件を話すことにした。「実を言いますと、お見合いを迫られているんです。しかも、断れないようなお見合いなんです。母親も困っているんですが、一度はお見合いしないとまずいんです。とにかく、このお見合いをうまく断ることができれば、ひろ子さんへのプロポーズを考えます。それまで、ちょっと、待ってもらえますか。とにかく、僕は、このお見合いのことで頭が痛いんです」思ってもいなかった事情に伊達夫妻は、目を丸くして口をポカ~~ンと開けて見つめあった。ナオ子は、万が一、このお見合いが成功しては一大事とお見合いについて聞きだした。「いったい、どんな方。良家のお嬢様?年齢は?」

 

 あまりお見合い相手のことは話したくなかったが、黙っていてはますます伊達夫妻に興味を持たせてしまうようで、わかってる範囲を話すことにした。「年齢は、35歳。T大卒の才女です。このお見合いは、法務大臣の奥さんが持ってきた話で、むげに断るわけにはいかないんです。まあ、そういうことで、勘弁してください」突然、目を吊り上げたナオ子は、何としても妨害しなければ、今までの努力が水の泡になってしまうようで気持ちが高ぶってしまった。顔を真っ赤にしたナオ子は、ヒステリックな声で話し始めた。「え、T大卒の35才。ダメよ、絶対、結婚を押し付けられるに決まってるわ。35歳よ。誰にも相手にされないから、サワちゃんのところに回ってきたのよ。一度、お見合いしたら、もうおしまい。地獄行き。あなたも、そう思うでしょ」

 

 ちょっと言い過ぎみたいだったが、35歳を考えると、ナオ子が言っていることが正解のように思えた。伊達は、年齢より容姿に興味があった。「おい、顔はどうだ。美人か?」沢富は、これ以上具体的な話はしたくなかったが、できれば、二人からお見合いをしなくてもことを丸く収められる名案が聞けるのではないかと期待し、話すことにした。「それが、ちょっと、今一つなんです。僕好みではありません。T大の講師をなされているそうですが、なんと、資格が10以上、趣味は20以上もあるんです。僕も、本当は、お見合いなんてやりたくないんです。でも、断れば、きっと、まずいことになるような気がして。本当に、困っているんです」伊達は、沢富の気持ちが手に取るように分かった。ナオ子も最強の敵が現れたと気持ちがブルーになってしまった。

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
赤い糸
0
  • 0円
  • ダウンロード

10 / 31

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント