危険なビキニ

 ゆう子は、イサクを極悪人のように言ったリノをにらみつけた。しばらく目を吊り上げていたが、なぜか、リノが言っていることも、もっとものように思えてきた。ゆう子は、今後も、イサクとのデートでモサドの情報を得ようと思っていた。だが、安易に近づくのは危険だと察し、リノのアドバイスに耳を傾けることにした。「そいじゃ、今後、いっさい、イサクとは、デートしないようにってこと?誘われたら、何と言って断ればいいのよ。初デートでセクシービキニまで見せたんだから。理由もなく、断ったら、イサク、きっと怒るわよ。女子からデートを断られたことなんてないと思う。ああ見えて、イサクって、かなりプライドが高いんだから。攻略するまで、絶対、後には引き下がらないわよ。どうすればいいのよ」

 

 腕組みをしたリノは、目を閉じてしばらく考え込んだ。一瞬笑顔を作りポンと両手を打ったリノは、甲高い声で話し始めた。「こうなったら、目には目を。イサクの攻撃をしのぐには、カウンターのストレートパンチ。彼氏を紹介するのよ。しかも、23年付き合ってるような」即座に、ゆう子は目を丸くして叫んだ。「え、彼氏?そんなこと言われても。彼氏いないし~」リノは、ニッコリ笑顔を作り、返事した。「いるじゃない。ほら、ゆう子の金魚の糞。わかるでしょ。あのブサイク!」ゆう子は、一瞬顔が引きつった。確かに鳥羽は、ファンだったが、彼氏にしたいという気持ちにはなれなかった。「え、鳥羽君。それは、ちょっと~、ムリ」ゆう子はガクンと頭を落とし、うつむいてしまった。

 

 リノは、ドヤ顔で返事した。「ゆう子、何、マジになってるの。あくまでもお芝居じゃない。ブサイクに、彼氏役をさせるのよ」ゆう子は、顔をゆがめた。いくら人がいいからといっても、彼氏役にさせるなどといえば、きっと怒ると思えた。「いくらなんでも、ちょっと、悪ふざけが過ぎるんじゃない」ハハハ~~とリノの笑い声が響いた。「大丈夫だって。きっとブサイクは喜ぶから。頭は天才でも、性格は忠犬ハチコ~みたいに、かわいいんだから。ね、安田。そう思うでしょ」突然振られた安田は目を丸くした。確かに、鳥羽はゆう子のファンで、ゆう子への愛を純愛といっているが、さすがに、彼氏の役をさせてやるなどといわれれば、バカにされたと思い、腹を立てるんじゃないかと思えた。でも、この場は、あいまいな返事でごまかすことにした。

 

 

 

 


 「そうだな~~、そういうことは、鳥羽に聞いてみないとな~~」リノは、ポンと手を打ち、安田に指示を出した。「早速、ブサイクを呼んで。ご馳走してあげるといえば、飛んでくるから。それと、ゆう子も一緒といえば、走れメロスのように全速力でやってくるんじゃない」鳥羽をだまし討ちに合わせるようで、安田は顔をゆがめた。「今からか?まあ、電話はしてみるけど」リノは、せかした。「善は急げ、今からよ。早く、電話して」安田は善ではないと思い、しぶしぶ電話すると即座に鳥羽が電話に出た。ゆう子も一緒なんだが、6時から会食しないか、と誘うと喜んで承諾した。「リノ、飛んでやってくるとさ。ゆう子が一緒だといったら、今から、すぐに、行きます、行きます、って興奮してた。30分もすれば、着くんじゃないか」

 

 リノは、鳥羽がやってきたら知らせるようにと安田に言って、厨房にかけていった。安田は、裏切者になったみたいで、鳥羽がやってくる前にここから逃げ出したい気分だった。安田は、良かれと思ってやったダブルデートを反省していた。リノのお節介から、鳥羽に彼氏役を無理やり押し付ける展開になってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。説教を食らった挙句、彼氏まで押し付けられたゆう子は、不安げな表情でオレンジジュースをすすりながら駐車場を眺めていた。しょんぼりしたゆう子に、安田は囁くような声で言葉をかけた。「悪かったな。こんなことになるとは。ダブルデートなんか、やらなきゃよかった。本当に、すまん」

 

 安田に振り向いたゆう子は小さくうなずいたが、リノに説教されてゆう子も反省していた。男子を知らない自分が情けなかった。「安田が悪いんじゃない。私がバカだった。全く、ダメね。リノが言う通り。自業自得。でも、鳥羽君に何と言ってお願いすればいいか。困ったな~~」安田も困り果てていた。呼び出したげくリノが彼氏の役をさせてやるなどといえば、人のいい鳥羽でもきっと怒るに違いない。安田も憂鬱になり窓の外をぼんやりと眺めた。4時に近づいたころ、アドレス125にまたがった鳥羽の姿が、駐車場に現れた。原チャリを止めた鳥羽は、大きく手を振りまっしぐらに玄関にかけてきた。安田は、リノに知らせるために厨房に向かった。

 

 


 ゆう子は、神妙な顔つきで鳥羽を迎えに玄関に向かった。鳥羽はゆう子の顔を見ると笑顔であいさつした。「ゆう子先輩、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。会食できるなんて、夢のようです」苦笑いしたゆう子は、ティールームに鳥羽を案内した。鳥羽がテーブルに着くとほどなくしてリノと安田がかけてやってきた。安田が声をかけた。「よ、突然呼び出してすまん。リノが、ご馳走したいっていうもんだから」腰掛けたリノは、笑顔で鳥羽に話しかけた。「鳥羽君が、いつも手伝ってくれるから、本当に助かってるの。今日は、そのお礼にご馳走するわ」鳥羽は、イセエビの生き造りや佐賀牛のステーキのご馳走を思い出した。「ありがとうございます。さすが太っ腹の若女将。いつでもお手伝いします。任せてください」

 

 ニコッと笑顔を作ったリノは、早速、本題に入ることにした。「今日は、ご馳走のほかに、プレゼントがるの。腰を抜かさないでよ」プレゼントと聞いた鳥羽は、目を輝かせて話し始めた。「うれしいな~~。プレゼントですか。僕は、男手一つで育てられたから、プレゼントなんてもらったことがないんです。ワクワクするな~~」リノはかしこまった表情を作り、鳥羽を見つめ話し始めた。「腰を抜かさないでね、プレゼントというのは、ついに、鳥羽君は、ゆう子の彼氏になれるんですぅ~~。おめでとう~~」リノは、パチパチパチと笑顔で拍手した。鳥羽は、リノの言っている彼氏の意味が、全く分からなかった。首をかしげた鳥羽は、問い返した。「彼氏って、どういう意味ですか?ゆう子先輩から、何も聞いていませんが。僕は、彼氏じゃなくて、ファンなんですけど」

 

 リノは、ゆう子に振り向き小さくうなずいた。「今日から、鳥羽君はゆう子の彼氏になるの。ゆう子、そうよね」ゆう子は、小さくうなずきうつむいた。鳥羽は、彼氏になれるといわれても、納得がいかなかった。「彼氏ですか?ファンの間違いですよね、ゆう子先輩」ゆう子は、何と言って返事していいかわからず、リノに振り向いた。「びっくりするのも当然よね。まあ、彼氏といっても、ちょっと普通の彼氏じゃないんだけどね。まあ、何と言っていいか~、お願いといっていいか~、ま~、ある事情があって、鳥羽君に彼氏の役をやってほしいの。ダメかな~~。いやだったら、いいのよ」

 

 

 


 神妙な顔つきになった鳥羽は、しばらく口を開かなかった。バカにされたと鳥羽は怒り狂うに違いない、と思ったゆう子と安田は、目をつぶってじっとうつむいていた。しきりに瞬きしていた鳥羽は、内心うれしかった。たとえ一時的な彼氏役でも、ゆう子姫の彼氏になれるのだったら、喜んで引き受ける気持ちになった。鳥羽は、びっくり箱から飛び出したピエロのような笑顔を作り、元気な声で返事した。「いや、いやだなんて。ゆう子先輩の彼氏役に抜擢(ばってき)されるとは、一生に一度の幸運です。誠心誠意、全力をもってやらせていただきます。よろしく、お願いいたします」ホッとしたゆう子は、緊張が一気に消えた。安田は、あきれた顔で鳥羽を見つめた。「そうか、やってくれるか。主役だぞ。よかったな~~」

 

 鳥羽は首をかしげて尋ねた。「いったい、どういうことなんです?彼氏役ということは、誰かに僕を紹介するということですよね」リノが即座に返事した。「さすが、天才鳥羽君。そうなのよ。ほら、鳥羽君もしっている、イケメンのイサク。イサクが、ゆう子に付きまとってくるのよ。ストーカーみたいに。だから、ゆう子には、ちゃんと、彼氏がいるって、見せつけたいのよ」鳥羽は、イサクと聞いて、怒りが込み上げてきた。顔を真っ赤にした鳥羽は、選手代表のように大声で宣誓した。「あのユダヤのイサクですか。全く、けしからんヤツだ。ヤマタイコクのゆう子姫を略奪しようなんて、もってのほか。僕が彼氏になった限り、指一本触れさせません。安心してください、ゆう子姫」

 

 ちょっと勘違いしているように思えたリノは、マジになった鳥羽にくぎを刺した。「鳥羽君。あくまでも、彼氏役だからね。彼氏じゃないのよ。そう、張り切らなくてもいいんだけど」鳥羽は、胸を張って応えた。「わかってますとも、若女将。彼氏でなく、彼氏役です。光栄なる役職を授かり、感謝いたしております。だからこそ、命を懸けてゆう子姫をお守りする所存です。イサクに一度会った時から、うさん臭いヤツだと思っていたんです。イサクといい、ヤコブといい、何を企んでいるのか。きっと、ヤツらの化けの皮をひん剥いてやる。今に見てろ」

 

 

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
危険なビキニ
0
  • 0円
  • ダウンロード

12 / 23

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント