危険なビキニ

 「そうだな~~、そういうことは、鳥羽に聞いてみないとな~~」リノは、ポンと手を打ち、安田に指示を出した。「早速、ブサイクを呼んで。ご馳走してあげるといえば、飛んでくるから。それと、ゆう子も一緒といえば、走れメロスのように全速力でやってくるんじゃない」鳥羽をだまし討ちに合わせるようで、安田は顔をゆがめた。「今からか?まあ、電話はしてみるけど」リノは、せかした。「善は急げ、今からよ。早く、電話して」安田は善ではないと思い、しぶしぶ電話すると即座に鳥羽が電話に出た。ゆう子も一緒なんだが、6時から会食しないか、と誘うと喜んで承諾した。「リノ、飛んでやってくるとさ。ゆう子が一緒だといったら、今から、すぐに、行きます、行きます、って興奮してた。30分もすれば、着くんじゃないか」

 

 リノは、鳥羽がやってきたら知らせるようにと安田に言って、厨房にかけていった。安田は、裏切者になったみたいで、鳥羽がやってくる前にここから逃げ出したい気分だった。安田は、良かれと思ってやったダブルデートを反省していた。リノのお節介から、鳥羽に彼氏役を無理やり押し付ける展開になってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。説教を食らった挙句、彼氏まで押し付けられたゆう子は、不安げな表情でオレンジジュースをすすりながら駐車場を眺めていた。しょんぼりしたゆう子に、安田は囁くような声で言葉をかけた。「悪かったな。こんなことになるとは。ダブルデートなんか、やらなきゃよかった。本当に、すまん」

 

 安田に振り向いたゆう子は小さくうなずいたが、リノに説教されてゆう子も反省していた。男子を知らない自分が情けなかった。「安田が悪いんじゃない。私がバカだった。全く、ダメね。リノが言う通り。自業自得。でも、鳥羽君に何と言ってお願いすればいいか。困ったな~~」安田も困り果てていた。呼び出したげくリノが彼氏の役をさせてやるなどといえば、人のいい鳥羽でもきっと怒るに違いない。安田も憂鬱になり窓の外をぼんやりと眺めた。4時に近づいたころ、アドレス125にまたがった鳥羽の姿が、駐車場に現れた。原チャリを止めた鳥羽は、大きく手を振りまっしぐらに玄関にかけてきた。安田は、リノに知らせるために厨房に向かった。

 

 


 ゆう子は、神妙な顔つきで鳥羽を迎えに玄関に向かった。鳥羽はゆう子の顔を見ると笑顔であいさつした。「ゆう子先輩、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。会食できるなんて、夢のようです」苦笑いしたゆう子は、ティールームに鳥羽を案内した。鳥羽がテーブルに着くとほどなくしてリノと安田がかけてやってきた。安田が声をかけた。「よ、突然呼び出してすまん。リノが、ご馳走したいっていうもんだから」腰掛けたリノは、笑顔で鳥羽に話しかけた。「鳥羽君が、いつも手伝ってくれるから、本当に助かってるの。今日は、そのお礼にご馳走するわ」鳥羽は、イセエビの生き造りや佐賀牛のステーキのご馳走を思い出した。「ありがとうございます。さすが太っ腹の若女将。いつでもお手伝いします。任せてください」

 

 ニコッと笑顔を作ったリノは、早速、本題に入ることにした。「今日は、ご馳走のほかに、プレゼントがるの。腰を抜かさないでよ」プレゼントと聞いた鳥羽は、目を輝かせて話し始めた。「うれしいな~~。プレゼントですか。僕は、男手一つで育てられたから、プレゼントなんてもらったことがないんです。ワクワクするな~~」リノはかしこまった表情を作り、鳥羽を見つめ話し始めた。「腰を抜かさないでね、プレゼントというのは、ついに、鳥羽君は、ゆう子の彼氏になれるんですぅ~~。おめでとう~~」リノは、パチパチパチと笑顔で拍手した。鳥羽は、リノの言っている彼氏の意味が、全く分からなかった。首をかしげた鳥羽は、問い返した。「彼氏って、どういう意味ですか?ゆう子先輩から、何も聞いていませんが。僕は、彼氏じゃなくて、ファンなんですけど」

 

 リノは、ゆう子に振り向き小さくうなずいた。「今日から、鳥羽君はゆう子の彼氏になるの。ゆう子、そうよね」ゆう子は、小さくうなずきうつむいた。鳥羽は、彼氏になれるといわれても、納得がいかなかった。「彼氏ですか?ファンの間違いですよね、ゆう子先輩」ゆう子は、何と言って返事していいかわからず、リノに振り向いた。「びっくりするのも当然よね。まあ、彼氏といっても、ちょっと普通の彼氏じゃないんだけどね。まあ、何と言っていいか~、お願いといっていいか~、ま~、ある事情があって、鳥羽君に彼氏の役をやってほしいの。ダメかな~~。いやだったら、いいのよ」

 

 

 


 神妙な顔つきになった鳥羽は、しばらく口を開かなかった。バカにされたと鳥羽は怒り狂うに違いない、と思ったゆう子と安田は、目をつぶってじっとうつむいていた。しきりに瞬きしていた鳥羽は、内心うれしかった。たとえ一時的な彼氏役でも、ゆう子姫の彼氏になれるのだったら、喜んで引き受ける気持ちになった。鳥羽は、びっくり箱から飛び出したピエロのような笑顔を作り、元気な声で返事した。「いや、いやだなんて。ゆう子先輩の彼氏役に抜擢(ばってき)されるとは、一生に一度の幸運です。誠心誠意、全力をもってやらせていただきます。よろしく、お願いいたします」ホッとしたゆう子は、緊張が一気に消えた。安田は、あきれた顔で鳥羽を見つめた。「そうか、やってくれるか。主役だぞ。よかったな~~」

 

 鳥羽は首をかしげて尋ねた。「いったい、どういうことなんです?彼氏役ということは、誰かに僕を紹介するということですよね」リノが即座に返事した。「さすが、天才鳥羽君。そうなのよ。ほら、鳥羽君もしっている、イケメンのイサク。イサクが、ゆう子に付きまとってくるのよ。ストーカーみたいに。だから、ゆう子には、ちゃんと、彼氏がいるって、見せつけたいのよ」鳥羽は、イサクと聞いて、怒りが込み上げてきた。顔を真っ赤にした鳥羽は、選手代表のように大声で宣誓した。「あのユダヤのイサクですか。全く、けしからんヤツだ。ヤマタイコクのゆう子姫を略奪しようなんて、もってのほか。僕が彼氏になった限り、指一本触れさせません。安心してください、ゆう子姫」

 

 ちょっと勘違いしているように思えたリノは、マジになった鳥羽にくぎを刺した。「鳥羽君。あくまでも、彼氏役だからね。彼氏じゃないのよ。そう、張り切らなくてもいいんだけど」鳥羽は、胸を張って応えた。「わかってますとも、若女将。彼氏でなく、彼氏役です。光栄なる役職を授かり、感謝いたしております。だからこそ、命を懸けてゆう子姫をお守りする所存です。イサクに一度会った時から、うさん臭いヤツだと思っていたんです。イサクといい、ヤコブといい、何を企んでいるのか。きっと、ヤツらの化けの皮をひん剥いてやる。今に見てろ」

 

 

 

 

 

 


  鳥羽の話を聞いて、安田もヤコブへの不信感が沸き起こった。安田はヤコブたちをモサドだと信じていたが、次第に不信感が募ってきた。モサドへの誘いはいったい何だったのか?と疑問に思い始めた。高額の報酬も不自然に思えてきた。バカな学生をモサドに誘うことに疑問を感じていた安田は、鳥羽の考えに興味がわいてきた。「おい、ヤツらは、モサドだといっていたが、本当だろいうか?確かに秀才だと思うんだが、俺も、何か裏があるように思えてならん。ヤツらは、詐欺師かも?」鳥羽は、大きくうなずき返事した。「ヤコブたちは、紳士で秀才です。だからといって、頭から信用しないほうがいいと思います。ヤコブの目つきは、只者ではありません」

 

 リノが不安げな顔で質問した。「イサクとか、ヤコブって、イスラエルの留学生じゃないの?」鳥羽は、自分の直感を話すことにした。「あくまでも、憶測ですが、彼らは、マフィアとつながりがあるんじゃないかと思うんです。今、日本には優秀なマフィアが全国各地に潜伏しているという噂があるんです。学生に成りすましたマフィアがいてもおかしくはないのです。先輩、ヤツらの言動には、十分警戒したほうがいいと思います。いずれ、きっと、甘い言葉を使って先輩にアクションをかけてくるはずです」マフィアという意外な言葉が耳に入ると安田の鼓動が激しくなった。ヤコブの話を思い返せば返すほど、不自然さを感じ始めた。

 

  


春日信彦
作家:春日信彦
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