危険なビキニ

 目を吊り上げたリノは、今にも噛みつきそうに大きく開けた口で叫び始めた。「何がひがみよ。ひも付きのビキニって、どう意味か分かってんの?イサクの目を見たら、わかんでしょ。どこ見てたと思うの。あのスケベなまなざし。あのビキニってのは、セックスOKって、言ってるのと同じってこと。わかる?全く、鈍感なんだから」セックスOKと軽い女のように言われたゆう子は、目を丸くして金魚のように口をパクパクさせていた。気を取り直したゆう子は、一呼吸おいて話し始めた。「セックスOKって、どういう意味よ。ビキニとセックスは関係ないじゃない。イサクも、かわいいって、言ってくれたんだから。変な言いがかりはよしてよ。もう、リノって、変態じゃないの。イサクはまじめな紳士よ。イスラエルで選抜されたエリート留学生よ。セックスのことなんか、考えないわよ」

 

 リノはあきれ返っていた。ゆう子が男子のことが全く分かっていないということは承知していたが、ここまでパ~プリンだとは思わなかった。少しバカにしたような口調でリノは話し始めた。「あのね~~、イサクは紳士なんかじゃないの。ゆう子にはわかんないかもしれないけど、あの目は、間違いなくプレイボーイ。マジスケベ。そんなんじゃ、次のデートで、きっとやられる。ゆう子が、あんなプレイボーイが好きだとはね。ヤマト撫子も地に落ちたもんだわ」イサクのことを紳士と思っていたゆう子は、真っ赤な顔で反論した。「何言ってんの。イサクは、秀才で紳士よ。英語も教えてくれるやさしい学生よ。プレイボーイじゃないわよ。言っとくけどね~~、あくまでもデートであって、セックスOKなんかじゃないわよ。まったく、失礼しちゃうわ」

 

 リノは、ここまでバカだと子供に諭すように話す以外ないと母親の気持ちで話すことにした。「あのね~~、ゆう子。男子ってものは、生まれながらにしてスケベなの。この世に紳士なんていないの。どんなにイケメンでやさしくて秀才でも、それは単なるカモフラージュに過ぎないの。心はセックスのことしか考えてないの。次のデートでは、きっとバリトンボイスの甘い言葉でホテルに誘われるから。ボ~~としてたら、ベッドの上。許してしまったら、あとは、適当に捨てられるだけ。捨てられた女は、男にしがみつく。運が悪いと、いいように利用されて、ヤクでも打たれて、悲劇の人生。わかった?」

 

 


 ゆう子は、イサクを極悪人のように言ったリノをにらみつけた。しばらく目を吊り上げていたが、なぜか、リノが言っていることも、もっとものように思えてきた。ゆう子は、今後も、イサクとのデートでモサドの情報を得ようと思っていた。だが、安易に近づくのは危険だと察し、リノのアドバイスに耳を傾けることにした。「そいじゃ、今後、いっさい、イサクとは、デートしないようにってこと?誘われたら、何と言って断ればいいのよ。初デートでセクシービキニまで見せたんだから。理由もなく、断ったら、イサク、きっと怒るわよ。女子からデートを断られたことなんてないと思う。ああ見えて、イサクって、かなりプライドが高いんだから。攻略するまで、絶対、後には引き下がらないわよ。どうすればいいのよ」

 

 腕組みをしたリノは、目を閉じてしばらく考え込んだ。一瞬笑顔を作りポンと両手を打ったリノは、甲高い声で話し始めた。「こうなったら、目には目を。イサクの攻撃をしのぐには、カウンターのストレートパンチ。彼氏を紹介するのよ。しかも、23年付き合ってるような」即座に、ゆう子は目を丸くして叫んだ。「え、彼氏?そんなこと言われても。彼氏いないし~」リノは、ニッコリ笑顔を作り、返事した。「いるじゃない。ほら、ゆう子の金魚の糞。わかるでしょ。あのブサイク!」ゆう子は、一瞬顔が引きつった。確かに鳥羽は、ファンだったが、彼氏にしたいという気持ちにはなれなかった。「え、鳥羽君。それは、ちょっと~、ムリ」ゆう子はガクンと頭を落とし、うつむいてしまった。

 

 リノは、ドヤ顔で返事した。「ゆう子、何、マジになってるの。あくまでもお芝居じゃない。ブサイクに、彼氏役をさせるのよ」ゆう子は、顔をゆがめた。いくら人がいいからといっても、彼氏役にさせるなどといえば、きっと怒ると思えた。「いくらなんでも、ちょっと、悪ふざけが過ぎるんじゃない」ハハハ~~とリノの笑い声が響いた。「大丈夫だって。きっとブサイクは喜ぶから。頭は天才でも、性格は忠犬ハチコ~みたいに、かわいいんだから。ね、安田。そう思うでしょ」突然振られた安田は目を丸くした。確かに、鳥羽はゆう子のファンで、ゆう子への愛を純愛といっているが、さすがに、彼氏の役をさせてやるなどといわれれば、バカにされたと思い、腹を立てるんじゃないかと思えた。でも、この場は、あいまいな返事でごまかすことにした。

 

 

 

 


 「そうだな~~、そういうことは、鳥羽に聞いてみないとな~~」リノは、ポンと手を打ち、安田に指示を出した。「早速、ブサイクを呼んで。ご馳走してあげるといえば、飛んでくるから。それと、ゆう子も一緒といえば、走れメロスのように全速力でやってくるんじゃない」鳥羽をだまし討ちに合わせるようで、安田は顔をゆがめた。「今からか?まあ、電話はしてみるけど」リノは、せかした。「善は急げ、今からよ。早く、電話して」安田は善ではないと思い、しぶしぶ電話すると即座に鳥羽が電話に出た。ゆう子も一緒なんだが、6時から会食しないか、と誘うと喜んで承諾した。「リノ、飛んでやってくるとさ。ゆう子が一緒だといったら、今から、すぐに、行きます、行きます、って興奮してた。30分もすれば、着くんじゃないか」

 

 リノは、鳥羽がやってきたら知らせるようにと安田に言って、厨房にかけていった。安田は、裏切者になったみたいで、鳥羽がやってくる前にここから逃げ出したい気分だった。安田は、良かれと思ってやったダブルデートを反省していた。リノのお節介から、鳥羽に彼氏役を無理やり押し付ける展開になってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。説教を食らった挙句、彼氏まで押し付けられたゆう子は、不安げな表情でオレンジジュースをすすりながら駐車場を眺めていた。しょんぼりしたゆう子に、安田は囁くような声で言葉をかけた。「悪かったな。こんなことになるとは。ダブルデートなんか、やらなきゃよかった。本当に、すまん」

 

 安田に振り向いたゆう子は小さくうなずいたが、リノに説教されてゆう子も反省していた。男子を知らない自分が情けなかった。「安田が悪いんじゃない。私がバカだった。全く、ダメね。リノが言う通り。自業自得。でも、鳥羽君に何と言ってお願いすればいいか。困ったな~~」安田も困り果てていた。呼び出したげくリノが彼氏の役をさせてやるなどといえば、人のいい鳥羽でもきっと怒るに違いない。安田も憂鬱になり窓の外をぼんやりと眺めた。4時に近づいたころ、アドレス125にまたがった鳥羽の姿が、駐車場に現れた。原チャリを止めた鳥羽は、大きく手を振りまっしぐらに玄関にかけてきた。安田は、リノに知らせるために厨房に向かった。

 

 


 ゆう子は、神妙な顔つきで鳥羽を迎えに玄関に向かった。鳥羽はゆう子の顔を見ると笑顔であいさつした。「ゆう子先輩、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。会食できるなんて、夢のようです」苦笑いしたゆう子は、ティールームに鳥羽を案内した。鳥羽がテーブルに着くとほどなくしてリノと安田がかけてやってきた。安田が声をかけた。「よ、突然呼び出してすまん。リノが、ご馳走したいっていうもんだから」腰掛けたリノは、笑顔で鳥羽に話しかけた。「鳥羽君が、いつも手伝ってくれるから、本当に助かってるの。今日は、そのお礼にご馳走するわ」鳥羽は、イセエビの生き造りや佐賀牛のステーキのご馳走を思い出した。「ありがとうございます。さすが太っ腹の若女将。いつでもお手伝いします。任せてください」

 

 ニコッと笑顔を作ったリノは、早速、本題に入ることにした。「今日は、ご馳走のほかに、プレゼントがるの。腰を抜かさないでよ」プレゼントと聞いた鳥羽は、目を輝かせて話し始めた。「うれしいな~~。プレゼントですか。僕は、男手一つで育てられたから、プレゼントなんてもらったことがないんです。ワクワクするな~~」リノはかしこまった表情を作り、鳥羽を見つめ話し始めた。「腰を抜かさないでね、プレゼントというのは、ついに、鳥羽君は、ゆう子の彼氏になれるんですぅ~~。おめでとう~~」リノは、パチパチパチと笑顔で拍手した。鳥羽は、リノの言っている彼氏の意味が、全く分からなかった。首をかしげた鳥羽は、問い返した。「彼氏って、どういう意味ですか?ゆう子先輩から、何も聞いていませんが。僕は、彼氏じゃなくて、ファンなんですけど」

 

 リノは、ゆう子に振り向き小さくうなずいた。「今日から、鳥羽君はゆう子の彼氏になるの。ゆう子、そうよね」ゆう子は、小さくうなずきうつむいた。鳥羽は、彼氏になれるといわれても、納得がいかなかった。「彼氏ですか?ファンの間違いですよね、ゆう子先輩」ゆう子は、何と言って返事していいかわからず、リノに振り向いた。「びっくりするのも当然よね。まあ、彼氏といっても、ちょっと普通の彼氏じゃないんだけどね。まあ、何と言っていいか~、お願いといっていいか~、ま~、ある事情があって、鳥羽君に彼氏の役をやってほしいの。ダメかな~~。いやだったら、いいのよ」

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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