ヒフミ愛

目じりを下げたショボい表情になったヒフミンは、反省の色を見せたかに見えたが、椅子に腰かけるや否や話を亜紀にふった。「分かったよ。優しくすりゃいいんだろ。そういうアキちゃんは、誰と結婚したいんだ。ヒデキか?」秀樹と聞いて、亜紀は固まってしまった。女子は、結婚のことを時々、ガールズトークでするが、それは大人になっての結婚のことで、現実的なことではなかった。

 

「何、言いてるの。結婚っていうのは、大人の話でしょ。小学生が、言うことじゃないの。何度も言うけど、ヒフミンは、ピースと結婚できないのよ。ホームステイは、ピースの面倒をヒフミンが見るってこと。ただ、それだけ。分かった。バ~~~カ」亜紀は、目を吊り上げてヒフミンを睨み付けた。「ハハハ・・」ヒフミンは、大声で笑った。「分かってるって、アキちゃんは、頭はいいけど、がんこだな~~。人間と猫も結婚できるって。オリーブ園で、結婚式を挙げて、披露宴もするつもりなんだ。みんなで楽しく、やろうよ。結婚式、待ち遠しいな~~」

 

さすがに、アンナとさやかもあきれ返ってしまった。さやかも、ヒフミンは非常識だと思っていたが、ここまで能天気でおバカだとは思わなかった。「ヒフミン、気持ちはわかるけど、結婚というのは、お互いの気持ちが必要でしょ。あまり、先走らない方がいいと思うわよ。ピースの返事は、まだでしょ」ヒフミンは、ピースに嫌われたときのことを思い描いたのか、目じりを下げて、コクンと頭を落とした。

 

さやかは、ちょっと言い過ぎたと思い、話を替えることにした。「そう、志摩総合病院を中心に、“金持ち特区”ができるそうよ。アンナたちも、金持ち特区に入れるんじゃない」アンナは、初めて聞く、“金持ち特区”に関心を示した。「さやか、その、金持ち特区、って何よ。金持ちが集まるってこと。全国から?」

 

さやかは、この極秘情報を話すことにした。「まだニュースで報道されてないんだけど、関東が、原発事故による放射能で住めなくなったじゃない。だから、関東の金持ちが、続々と福岡にやって来てるのよ。そこで、全国的に人気のある風光明媚な糸島に目をつけた政府が、志摩に、特別に金持ちのための住宅街を作る計画を立てたのよ。でも、そこに住むには条件があって、年収2000万円以上の人、もしくは、総資産5000万円以上保有している世帯じゃないと入れないらしいの。アンナは、死亡保険金の貯金が1億円以上あるから、入れるんじゃない」アンナは、インテリばかりが集まるようなところに入る気は毛頭なく、素知らぬ顔をしていた。

 

ところが、突然、ヒフミンが目を丸くして叫んだ。「本当ですか?志摩にですか?ぼくんちなんか、貧乏でお母ちゃんの薬代もろくに払えないっていうのに。お姉ちゃんは、仕送りするために、出稼ぎに行ったっていうのに。それはないよ。そんなに金持ちがたくさんいるんだったら、貧乏人に、少しでもいいから、お金ばらまいてくれよ。うらやましいな~。アキちゃんちも、大金持ちなのか。いいよな~、金持ちの子供って。金持ちの家に、生まれたかったな~。そうだ、ヒデキんちも金持ちだし、きっと、ヒデキは、金持ち特区にやってくるに違いない。そして、アキちゃんと結婚するに決まってる。チクショー、ヒデキのやつ」

 

 さやかの話を真に受けたヒフミンは、マジに妄想の世界に入り、発狂してしまった。アンナは、アメリカにはそのような金持ちの街があると最近見たニュースで言っていたのを思い出した。だから、本当に金持ち特区ができるのではないかと思えた。「そんな金持ち特区に入る気はないけど、関東の金持ちが、続々と九州に移住していると噂で聞いたわ。それって、もう国会で決まったことなの?天皇、皇后だって、放射能で死にたくないだろうし、皇居も福岡に移るのかしら?」

 

 さやかは、さらに、マジな顔つきで話を続けた。「もはや、政府とは無関係の数人の超国際金融資本家が、日本の政治をコントロールしてるの。金持ちも、大企業の本社も、皇居も、福岡に移るらしいわよ。いずれ、首都が東京から福岡に移るのも、時間の問題らしいわ。さらに、彼らが、水面下で九州の土地を買収してるんだって。九州は、日本であっても、いずれ彼らの領土になるのよ。まさに、21世紀の怪奇ね」アンナ、亜紀、ヒフミンは、目を点にして、じっとさやかの話に耳を傾けていた。

 目をパチクリさせ我に返った亜紀は、オドロオドロしい怪談話をするように小さな声で話し始めた。「まさに、21世紀のホラードラマって感じね。AIイケメンティーチャーが、冗談のように言ってた。超国際金融資本家は、AIを使って、人間の知能では到底太刀打ちできないマネーゲームを仕掛けてるんだって。いずれAI戦争が起きて、地球は放射能で覆われ、人類は滅亡するって」さやかもアンナもヒフミンも亜紀も、お互いの目を見つめ合って、小刻みに震えだした。

 

 ヒフミンは、AIと聞いて、ライバルの秀樹を思い出した。「あのヤロー、きっと、AIを使って、人類を滅ぼすに違いない。アキちゃん、ヒデキなんかと、結婚しちゃだめだ。陰険で、人をバカにするようなあんなヤローとは、付き合っちゃだめだ」またまた、いい加減なことをいう小ブタヤローと思った亜紀は、立ち上がってヒフミンを睨み付けた。「ヒフミン、たいがいにしてよ。ヒデキとは何の関係もないんだから、付き合ってもいないし、結婚もしないし、もう、そんな話やめて」亜紀は、右手のこぶしで殴りかかろうとした。

 

 アンナは、夜叉(やしゃ)の形相(ぎょうそう)になって右腕を振り上げた亜紀を見て、とっさに、亜紀の右腕をつかんだ。「アキ、よしなさい。ヒフミンも女子の気持ちを考えなさい。まったく、おバカなんだから」ヒフミンは、殴られるかと思い、椅子から飛び跳ねていた。マジに怒った亜紀を見たのは初めてらしく、顔が引きつっていた。「ゴメン、二度と言わない。ゴメン」

 

さやかもヒフミンの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に怒りが爆発した。目を吊り上げたさやかは、即座に立ち上がり、ヒフミンの横に立つと左手でグイッと頭を押さえつけて頭を下げさせた。「心から、ちゃんと、謝りなさい、ヒフミン。もう、アキのことを、二度と言っちゃダメ、分かった」ふくれっ面のさやかの怒りは、おさまらず、グイグイっと押さえつけた後、右手の拳骨でゴツンと一発食らわせた。

                        スパイダーの怒り

 

 ヒフミンの家は、亜紀の家から500メートルほど南方向にある広い庭を構えた旧家で、母屋の東側に1ヘクタールほどのオリーブ畑がある。亜紀は、歩いてヒフミンの家まで遊びに行ったことが何度かあり、時々、ピースに会いに行くことはさほど大変なことではない。そのこともあって、少しは気が楽であった。家族で話し合った結果、ピースは、翌日の日曜日の午後に引っ越しすることになった。そのことは、スパイダーにも話しておくべきだったが、引っ越した後でも事情を話せばわかってくれると安易に考え、話していなかった。

 

アンナは、午後1時半ごろ、キャットフード、キャットハウス、トイレ、マット、などピースの家財をベンツでヒフミンの家まで運びこんだ。そして、ヒフミンと亜紀は、運び込まれた家財をピースのために用意された6畳の洋間に運びこんだ。その部屋は、納戸として使っていた部屋で、窓は小さく西向きだったので、ピースが気にいるか不安であったが、部屋の広さは一匹の猫にとっては十分な広さだった。とりあえず、しばらくはその部屋で暮らしてもらうことにした。

 

亜紀は、ピースを安心させるためにホームステイのことをじっくり話して自宅に帰ることにした。ピースは、昨日の会話からヒフミンの家に連れて来られることを知っていたが、亜紀の気持ちをもう一度はっきりと知りたかった。冠木門の入口側の階段に腰かけた亜紀は、ピースを膝の上に載せ、目を見つめて話し始めた。「ピース、よ~~く、聞いてね。今日から、しばらく、ヒフミンと一緒に暮らすの。決して、亜紀やアンナが、ピースを嫌いになったからじゃないの。

 

ヒフミンが、ピースのことが大好きで、ピースと一緒に暮らしたいっていうから、しばらく、一緒に住んであげてほしいの。もし、ヒフミンと暮らすのが嫌になったら、いつでも帰ってきていいのよ。亜紀の家とヒフミンの家は、500メートルぐらいだから、そんなに遠くないし、亜紀も、スパイダーも、時々、ピースに会いに来るし。ヒフミンは、少し、ガサツだけど、気持ちはとっても優しいから。分かるでしょ。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
ヒフミ愛
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