小説の未来(3)

技術はさておき、私は人物描写を最重要視しています。私の小説では人物を描くことが、真の狙いと言っても過言ではありません。登場人物にはいろんな人がいて、複雑な人間関係を作り出して行きます。だからこそ、小説家はいろんな奇想天外なドラマを生み出すことができるのです。読者は、読書を通して、架空の世界で現実には出会うことのないような人物と会話し、あり得ないような人間関係を疑似体験できます。この点が、小説のだいご味ではないでしょうか。

 

人物を描く技術を向上させる方法ですが、実体験を豊富にするのがいいとは思いますが、やはり限界があります。だから、アマは、プロの作品を通して疑似体験を豊富にし、プロの技を極力真似するほかはないかもしれません。後は、発想とチャレンジでしょう。人物描写には、外観、表情、動作、心理、思考、行動、などがあります。まずは、自分が描きたい人物を想定し、その人物を描きながらドラマを考えて行けば、どうにかドラマにかかわる人物も描けるのではないでしょうか。

 

まさに、その手法は私の手法です。たとえば、恋愛小説であれば、描きたい人物に恋愛をしてもらうわけです。探偵ものであれば、描きたい探偵に事件を解決してもらうのです。私の創作の中核をなすのは、人物なのです。自分の中にいる人物が、ドラマを作っていくと考えてもらえばいいと思います。どの程度まで人物を描けるかは、技術に左右されますが、とにかく、プロの真似をしながら“たくさん書く”ことが技術向上につながると思います。

頭がよくなくても小説家になれますか?

 

 勉強は嫌いだけど小説家になれば有名になって金持ちになれるのではないか、と思い小説家にあこがれている中学生、高校生の方がいるかもしれません。一方、小説家になるには、一流大学を出る必要があるのではないか、と不安に思っている方もいるでしょう。あくまでも個人的な意見ですが、小説家は学者ではないので学歴は関係ないと思っています。中卒でも、高卒でも、大卒でも、小説家にはなれるでしょう。でも、小説は、言葉の芸術ですから、作家になるための言語表現の勉強は必要と思います。

 

 毎日学校でやっている受験勉強も小説を書くうえで役に立ちますが、必要な勉強は、プロの作家の作品を読み、自分の考えと比較し、思考の幅を広げること。それと、「条件思考力」を高めることも必要と思います。いかなる分野の作品を書くにも、ドラマ作りのための知識は必要です。最も大切なことは、自分の知識をドラマ作りに応用することです。常識的な知識でも、作家の組み立て方によって、面白い作品となるのです。

どういう作家を参考にしたらいいですか?

 

 プロの作家は、いずれも技術的に優れているわけですから、できる限り多読して、自分好みの作家を探し、特に好きな作家を参考にすればいいと思います。時代によって使われている言葉は違い、時代背景も違うので、単に文章をまねるのではなく、作者がどんな思いを言わんとしているかを考えて、表現方法をまねるといいのではないでしょうか。私が好きな作家も含め、参考にしている作家を挙げてみます。

 

 松本清張。「砂の器」「点と線」「波の塔」「十万分の一の偶然」「黒革の手帳」「ゼロの焦点」「夜光の階段」などの作品があります。彼は心理面の描写が奥深くて、勉強になります。ぜひ、参考にしていただきたい作家です。お薦めは「波の塔」「十万分の一の偶然」です。

 

森村誠一。「人間の証明」「腐蝕の構造」「流氷の夜会」「死媒蝶」「夜行列車」「海の斜光」「初恋物語」などがあります。松本清張と似たところがあり、心理面の描写に優れ、ドラマの背景にある社会構造についても具体的に記述しています。お薦めは「腐蝕の構造」「初恋物語」です。

東野圭吾。「放課後」「卒業」「天空の蜂」「浪花少年探偵団」「魔球」「十字屋敷のピエロ」などの作品があります。彼の作品は分かりやすく、科学的知識を使ったトリックが面白いです。お薦めは「天空の蜂」「浪花少年探偵団」です。

 

夏目漱石。「坊っちゃん」「吾輩は猫である」「三四郎」「こころ」「草枕」などがあります。人生を真摯に見つめる心とユーモアにあふれた感性が素晴らしい。お薦めは「坊っちゃん」「草枕」です。

 

 三島由紀夫。「仮面の告白」「潮騒」「金閣寺」「宴のあと」「音楽」などがあります。少し分かりづらいところがありますが、時代背景を考えながらゆっくりと読まれるといいでしょう。お薦めは「音楽」「宴のあと」です。

 

 安部公房。「R62号の発明」「砂の女」「他人の顔」「燃えつきた地図」「内なる辺境」「夢の逃亡」「無関係な死」「愛の眼鏡は色ガラス」「砂漠の思想」などがあります。かなり抽象的な内容で分かりづらいですが、彼の考え方は勉強になりました。私は、彼の考え方にかなり影響を受けたように思います。ぜひとも読んでいただきたい作家のひとりです。お薦めは「砂の女」「砂漠の思想」です。

 

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(3)
0
  • 0円
  • ダウンロード

3 / 6

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント