小説の未来(3)

人物描写で心がけていることはありますか?

 

 プロはさておき、これから書き始めようとされているアマの方は、すべてにおいて技術的に未熟なわけで、特に、人物の描写については難しく思われるでしょう。一般的に、主人公がいてその周りに引き立て役がいるわけですが、筋書きは単調でも登場人物の描き方次第で作家独自の味を出すことができると思います。プロの作品では、どちらかというと主人公の活躍に重きが置かれ、読者を楽しませているように思います。

 

 ほとんどのアマは、プロの作品を参考に書かれていると思われますが、プロの真似をされることはいい方法だと思います。たとえば、刑事、探偵、記者などを主人公にして、殺人事件を解決するという数多くの推理小説が市販されていますが、作者の個性を出せば、この手の作品でもオリジナルな味のある作品ができると思っています。アマの方にとって、最初は、推理小説を書く方が書きやすいかもしれません。ここで大切なことは、やはり人物をどのように描いていくかでしょう。

 

 小説は、娯楽の一つだと述べましたが、作者は読者が求める楽しみを提供しなければなりません。当然、読者は十人十色ですから、必ず多くの読者にウケルとは限りません。アマは、プロのような技術はないのですから、そのことに落ち込まず、くよくよせず、自分の力量でガンガン書けばいいのではないでしょうか。私も技術の未熟を気にせず、まずは、ドラマを前進させることに意識を集中させています。

 

技術はさておき、私は人物描写を最重要視しています。私の小説では人物を描くことが、真の狙いと言っても過言ではありません。登場人物にはいろんな人がいて、複雑な人間関係を作り出して行きます。だからこそ、小説家はいろんな奇想天外なドラマを生み出すことができるのです。読者は、読書を通して、架空の世界で現実には出会うことのないような人物と会話し、あり得ないような人間関係を疑似体験できます。この点が、小説のだいご味ではないでしょうか。

 

人物を描く技術を向上させる方法ですが、実体験を豊富にするのがいいとは思いますが、やはり限界があります。だから、アマは、プロの作品を通して疑似体験を豊富にし、プロの技を極力真似するほかはないかもしれません。後は、発想とチャレンジでしょう。人物描写には、外観、表情、動作、心理、思考、行動、などがあります。まずは、自分が描きたい人物を想定し、その人物を描きながらドラマを考えて行けば、どうにかドラマにかかわる人物も描けるのではないでしょうか。

 

まさに、その手法は私の手法です。たとえば、恋愛小説であれば、描きたい人物に恋愛をしてもらうわけです。探偵ものであれば、描きたい探偵に事件を解決してもらうのです。私の創作の中核をなすのは、人物なのです。自分の中にいる人物が、ドラマを作っていくと考えてもらえばいいと思います。どの程度まで人物を描けるかは、技術に左右されますが、とにかく、プロの真似をしながら“たくさん書く”ことが技術向上につながると思います。

頭がよくなくても小説家になれますか?

 

 勉強は嫌いだけど小説家になれば有名になって金持ちになれるのではないか、と思い小説家にあこがれている中学生、高校生の方がいるかもしれません。一方、小説家になるには、一流大学を出る必要があるのではないか、と不安に思っている方もいるでしょう。あくまでも個人的な意見ですが、小説家は学者ではないので学歴は関係ないと思っています。中卒でも、高卒でも、大卒でも、小説家にはなれるでしょう。でも、小説は、言葉の芸術ですから、作家になるための言語表現の勉強は必要と思います。

 

 毎日学校でやっている受験勉強も小説を書くうえで役に立ちますが、必要な勉強は、プロの作家の作品を読み、自分の考えと比較し、思考の幅を広げること。それと、「条件思考力」を高めることも必要と思います。いかなる分野の作品を書くにも、ドラマ作りのための知識は必要です。最も大切なことは、自分の知識をドラマ作りに応用することです。常識的な知識でも、作家の組み立て方によって、面白い作品となるのです。

どういう作家を参考にしたらいいですか?

 

 プロの作家は、いずれも技術的に優れているわけですから、できる限り多読して、自分好みの作家を探し、特に好きな作家を参考にすればいいと思います。時代によって使われている言葉は違い、時代背景も違うので、単に文章をまねるのではなく、作者がどんな思いを言わんとしているかを考えて、表現方法をまねるといいのではないでしょうか。私が好きな作家も含め、参考にしている作家を挙げてみます。

 

 松本清張。「砂の器」「点と線」「波の塔」「十万分の一の偶然」「黒革の手帳」「ゼロの焦点」「夜光の階段」などの作品があります。彼は心理面の描写が奥深くて、勉強になります。ぜひ、参考にしていただきたい作家です。お薦めは「波の塔」「十万分の一の偶然」です。

 

森村誠一。「人間の証明」「腐蝕の構造」「流氷の夜会」「死媒蝶」「夜行列車」「海の斜光」「初恋物語」などがあります。松本清張と似たところがあり、心理面の描写に優れ、ドラマの背景にある社会構造についても具体的に記述しています。お薦めは「腐蝕の構造」「初恋物語」です。

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(3)
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