ガンプラの日

 朝からずっと亜紀ちゃんにかまってもらえないのは、ピースもスパイダーも初めての経験で、これからずっと、亜紀ちゃんにかまってもらえなくなったらどうしようと不安になっていた。「アキちゃん、どこに行ったのかしら。こんなこと、初めてじゃない。こうなったら、黙って、散歩に行こうかしら。誰も、かまってくれないんだもの。しょうがないよね。スパイダー、ついておいで」

 

 ピースとスパイダーは、こっそりリビングのベランダから庭に出て行った。拓実を抱っこしてソファーに腰かけていたさやかは、そのことには気づかなかった。ピースとスパイダーが、通りに出ると公園の方角からカ~~カ~~とカラスの呼び声が響いてきた。風来坊の呼ぶ声だと気づいたピースとスパイダーは、公園に駆けて行った。スパイダーは、風来坊と話す気は毛頭なく、思いっきり元気よく公園を駆け回った。

 

後からちょこまかと駆けてきたピースは、ベンチにピョンと飛び乗り、顔を持ち上げ風来坊に声をかけた。「こんにちは、お元気でしたか?日が落ちるのが、早くなりましたね」ベンチ横の楠に止まっていた風来坊は、ベンチにフワッと飛び降りるとピースに返事した。「相変らず元気だよ。ところで、なんだね、今日は、祭日だというのに、アキちゃん見ないね。病気でもして、寝込んでいるのかい?」

ピースは、お座りしてゆっくり話し始めた。「それが、大変なの。アキちゃんが、神隠しにあって。朝から、消えちまったの。今だ、姿が見えないのよ。風来坊さんは、アキちゃん見なかった?」神隠しと聞いて、首を傾げた風来坊は、びっくりしてピョンとジャンプした。「神隠しかい。これは、大変なことじゃないか。一刻も早く、探し出さないと」ピースも大きくうなずき、答えた。「そうなんだけど、猫と犬じゃ、手も足も出ないのよ。カラスさんたちで、探してくれない。空からだったら、探し出せるんじゃないかしら」

 

 パタパタと羽を鳴らして、即座に答えた。「分かった。すぐに仲間に知らせよう、と言っても、アキちゃんの服装が分からなくっちゃ、探しようがないな~~。どんな服装してるんだい?」ピースは、困ってしまった。「そがね~~、朝からいないから、まったくわかんないのよ。とにかく、一人ぼっちで、寂しそうにしている女の子がいたら、教えてよ。もしかすると、その子かもしれないし」

 

 風来坊は、とりあえず、糸島市と福岡市の仲間に知らせることにした。「分かった。仲間に知らせよう。一人ぼっちで、寂しそうにしている女の子だな。任せてくれ」風来坊は、そういうと、パタパタと天高く飛び上がって行った。スパイダーは、駆け回って気分がすっきりしたのか、ハ~ハ~と息を切らせて、笑顔でベンチにやってきた。「やっと、スッキリした。やっぱ、運動第一だよ。そう、風来坊は、どこに行ったんだ?からかってやろうと思ったのに」

あきれた顔のピースは、スパイダーに皮肉を言った。「アキちゃんが、神隠しにあったのに、よくも、のんきでいられるわね。アキちゃんが、このまま、戻ってこなかったら、私たち、捨てられるかもよ」ちょっと気まず顔になったスパイダーは、急にマジな顔つきになって返事した。「何を言うんだ。僕だって、心配してるさ。僕も、このあたりを探してくるよ。アキちゃんの匂いは、1キロ離れていても、分かるんだから」スパイダーは、一目散に大通りにかけて行った。

 

羽田発福岡行ジャンボ機は、北九州市の上空を、静かに飛行していた。乗客たちは、眼下に輝くネオンに歓喜の声を上げていた。窓際に腰かけていた亜紀も光り輝く市街の夜景に満面の笑みを浮かべていた。「おにいちゃん、宝石が輝いているみたい。すっごく、きれい」鳥羽は、そうだね、と元気のない返事をした。亜紀は、急に元気をなくした鳥羽が気になった。「おにいちゃん、疲れたの、元気ないね。アキバ、楽しかったね」福岡空港に近づくにつれて、鳥羽はますます気が重くなってきた。「そうだね、また、機会があったら、アキバに行きたいね」

 

亜紀は、アキバUDX 、ラジオ会館、アニメセンター、ガンダムカフェでの楽しい一日を思い出していた。「キャラメル味のガンプラ焼き、おいしかったね。天神(てんじん)にも、ガンダムカフェ、できたらいいのに。AKB48Tシャツとタオル、ママ気にいってくれるかな~。ママを残して、アキバにいったりして、悪かったような気もするね。でも、お土産、買ってきたからいいよね。今度は、ママとタクミとさやかお姉ちゃんたちと、一緒に行こうね」 

ママという言葉を聞いて、一層、鳥羽はおちこんだ。「おにいちゃん、今日は、ちょっと、ドジっちゃった」亜紀は、ドジったの意味が分からなかった。「ドジったって?」気まずそうな顔つきになった鳥羽は、思い切って自白する決意を固めた。「それが、それが~~、言いにくいな~~、マジ、マジごめん。アキバ行、アンナさんにメールしなかったんだ。大変なことをしでかした。ごめん、アキちゃん」

 

 亜紀は、悪い冗談だと思った。「おにいちゃんたら、冗談でしょ。タクシーに乗る前に、“ママにメールした?”って聞いたら、“まだ、ちょっと早いから、空港についたらメールする”って、確かに、言ったよ。そうよね」鳥羽は、どう弁解していいか分からなくなった。しばらく黙っていたが、間抜けな自分を弁解した。「それがね、マジなんだ。空港で送信しようとアキバ行のメールは、書いていたんだ。でも、送信するの、忘れたんだ。バカだよな~~。アンナさん、ツノ出して、怒ってるよな。どうしようか」

 

 一瞬固まった亜紀は、マジに悩んでいる鳥羽の顔をじっと見つめた。「マジに、マジなの。ママは、アキバ行を、知らないってこと。うっそ~~。今から、メールしても、後の祭りじゃない。ママに、ぶん殴られちゃうよ。アキ、帰るの怖い。ア~~、どうしよ~~」鳥羽の手が、小刻みに震えていた。ひきつった顔の鳥羽は、返事した。「マジに、俺って、バカだよな~~。アンナさんに、ボコボコにされるだろうな。どうしよ~~困ったな~~」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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