ガンプラの日

ママという言葉を聞いて、一層、鳥羽はおちこんだ。「おにいちゃん、今日は、ちょっと、ドジっちゃった」亜紀は、ドジったの意味が分からなかった。「ドジったって?」気まずそうな顔つきになった鳥羽は、思い切って自白する決意を固めた。「それが、それが~~、言いにくいな~~、マジ、マジごめん。アキバ行、アンナさんにメールしなかったんだ。大変なことをしでかした。ごめん、アキちゃん」

 

 亜紀は、悪い冗談だと思った。「おにいちゃんたら、冗談でしょ。タクシーに乗る前に、“ママにメールした?”って聞いたら、“まだ、ちょっと早いから、空港についたらメールする”って、確かに、言ったよ。そうよね」鳥羽は、どう弁解していいか分からなくなった。しばらく黙っていたが、間抜けな自分を弁解した。「それがね、マジなんだ。空港で送信しようとアキバ行のメールは、書いていたんだ。でも、送信するの、忘れたんだ。バカだよな~~。アンナさん、ツノ出して、怒ってるよな。どうしようか」

 

 一瞬固まった亜紀は、マジに悩んでいる鳥羽の顔をじっと見つめた。「マジに、マジなの。ママは、アキバ行を、知らないってこと。うっそ~~。今から、メールしても、後の祭りじゃない。ママに、ぶん殴られちゃうよ。アキ、帰るの怖い。ア~~、どうしよ~~」鳥羽の手が、小刻みに震えていた。ひきつった顔の鳥羽は、返事した。「マジに、俺って、バカだよな~~。アンナさんに、ボコボコにされるだろうな。どうしよ~~困ったな~~」

 怒りが込み上げてきた亜紀は、マジな顔で鳥羽を責めた。「おにいちゃんが悪いんだからね。アキは、全然悪くないから。アキは、昨日、“かならず、ママにメールしてね”って、言ったかからね。“分かった、メールしとく”って、確かに、おにいちゃん、言ったよね。帰ったら、おにいちゃんが、謝ってよ。殴られるのは、おにいちゃんだからね。アキは、悪くないんだから」鳥羽は、ちょっとしたイタズラのつもりだった。ところが、帰る頃になって、ことの重大さに気づいた。

 

 真っ青になった鳥羽は、頭を抱えてガクンと頭を落とした。「マジ、ヤバイ。やっぱ、バカだった。どうしよう」亜紀のムカつきは、ますます膨れ上がった。「亜紀は、悪くないから。ママは、若い時、暴走族の総長だったのよ。ケンカは、最強なのよ。きっと、ボコボコにやられるよ」鳥羽の体は、震えが止まらなかった。「マジかよ。マジ、ヤベ~~。半殺しにあうだろうな~」

 

 震える鳥羽を見て、ちょっと脅し過ぎたような気がした。鳥羽の右肩に手をやり、亜紀は慰めた。「とにかく、空港についたら、すぐに、メールした方がいいよ。手遅れだけど、ちょっとは、許してくれるかも」泣き出しそうな顔の鳥羽は、ヒョイと頭を持ち上げ、小さくうなずいた。「分かった。着陸したら、すぐに送信するよ。ア~~~、マジ、バカなことした」

あまりのアホらしさに亜紀は、唖然とした。秀才の鳥羽が、どうして、メールを忘れたのだろうかと不思議でならなかった。確かに、人には、うっかり、ということがあるが、アキバ行という重要な伝達を忘れるなんて、正真正銘のバカじゃないかと思った。隣の鳥羽の顔をじっと見つめて、秀才はウソで、本当は、バカなのかもしれない、と内心思ってしまった。

 

 福岡空港上空は北風で、飛行機は旋回し、南から北に向かって着陸態勢に入った。静かなランディングをした飛行機は、ゆっくりと滑走路を走行しはじめた。鳥羽は、CAからの携帯電話使用許可のアナウンスを聞くや否や、スマホを右胸ポケットから取り出し、未送信メールを開いた。そして、謝罪文を追加した。“今、福岡空港に到着しました。本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい”送信にタッチすると、また、頭をガクンと落とした。

 

 タクシー乗り場にやってきた二人は、運良くすぐに、AIタクシーに乗ることができた。死にそうな顔をした鳥羽としかめっ面の亜紀を見た運転手は、声をかけた。「あら、アキちゃんじゃない、どこまで、行ってきたの?」亜紀は、ひろ子さんだと気づき、元気良く返事した。「あ、おね~ちゃん、久しぶり。二人ね、アキバからの帰り。ガンプラエキスポに行ってきたの。すっごく、楽しかった。ね~、おにいちゃん」

 

鳥羽は、家に帰ってのことを思うと恐怖を感じ、固まっていた。どうにか、苦笑いを作って、返事した。「は~~、どうにか、無事、帰ってこれました」元気のない声で返事をした鳥羽に声をかけた。「あら、元気、ないじゃない。たまに、都会に行くと、疲れるでしょ。迷子にならなくて、よかったじゃない。まあ、田舎者は、こんなものよ。まあ、何度か行ってたら、なれるわよ」

 

 鳥羽は、もう、二度と行きたくなかった。自分の愚かさに、つくづく、嫌気をさしていた。亜紀は、鳥羽がどうして元気が無いか、話すことにした。「あのね、おにいちゃんがね、元気が無いのは、」と話し始めたとき、鳥羽が、「ちょっと、ダメ、シ~~」と唇に人差し指を当てた。その様子を見ていたドライバーのひろ子は、ますます聞きたくなった。「何よ、隠さなくてもいいじゃない。隠し事は、よくないわよ。話しなさいよ」

 

 亜紀は、鳥羽の顔色をうかがい、一度うなずくと話し始めた。鳥羽は、頭を抱え、ガクンと頭を落とした。「あのね、アキバに行ったこと、空港について、今ごろ、ママにメールしたの。おにいちゃんたら、今朝、メールするの、忘れてたんだって。まったく、ドジったら、ありゃしない」今ごろメールしたということは、朝からずっと、母親は、心配していたに違いないと思った。「ということは、アキちゃんは、ママに黙って、家を出てきたってこと?」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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