ガンプラの日

あきれた顔のピースは、スパイダーに皮肉を言った。「アキちゃんが、神隠しにあったのに、よくも、のんきでいられるわね。アキちゃんが、このまま、戻ってこなかったら、私たち、捨てられるかもよ」ちょっと気まず顔になったスパイダーは、急にマジな顔つきになって返事した。「何を言うんだ。僕だって、心配してるさ。僕も、このあたりを探してくるよ。アキちゃんの匂いは、1キロ離れていても、分かるんだから」スパイダーは、一目散に大通りにかけて行った。

 

羽田発福岡行ジャンボ機は、北九州市の上空を、静かに飛行していた。乗客たちは、眼下に輝くネオンに歓喜の声を上げていた。窓際に腰かけていた亜紀も光り輝く市街の夜景に満面の笑みを浮かべていた。「おにいちゃん、宝石が輝いているみたい。すっごく、きれい」鳥羽は、そうだね、と元気のない返事をした。亜紀は、急に元気をなくした鳥羽が気になった。「おにいちゃん、疲れたの、元気ないね。アキバ、楽しかったね」福岡空港に近づくにつれて、鳥羽はますます気が重くなってきた。「そうだね、また、機会があったら、アキバに行きたいね」

 

亜紀は、アキバUDX 、ラジオ会館、アニメセンター、ガンダムカフェでの楽しい一日を思い出していた。「キャラメル味のガンプラ焼き、おいしかったね。天神(てんじん)にも、ガンダムカフェ、できたらいいのに。AKB48Tシャツとタオル、ママ気にいってくれるかな~。ママを残して、アキバにいったりして、悪かったような気もするね。でも、お土産、買ってきたからいいよね。今度は、ママとタクミとさやかお姉ちゃんたちと、一緒に行こうね」 

ママという言葉を聞いて、一層、鳥羽はおちこんだ。「おにいちゃん、今日は、ちょっと、ドジっちゃった」亜紀は、ドジったの意味が分からなかった。「ドジったって?」気まずそうな顔つきになった鳥羽は、思い切って自白する決意を固めた。「それが、それが~~、言いにくいな~~、マジ、マジごめん。アキバ行、アンナさんにメールしなかったんだ。大変なことをしでかした。ごめん、アキちゃん」

 

 亜紀は、悪い冗談だと思った。「おにいちゃんたら、冗談でしょ。タクシーに乗る前に、“ママにメールした?”って聞いたら、“まだ、ちょっと早いから、空港についたらメールする”って、確かに、言ったよ。そうよね」鳥羽は、どう弁解していいか分からなくなった。しばらく黙っていたが、間抜けな自分を弁解した。「それがね、マジなんだ。空港で送信しようとアキバ行のメールは、書いていたんだ。でも、送信するの、忘れたんだ。バカだよな~~。アンナさん、ツノ出して、怒ってるよな。どうしようか」

 

 一瞬固まった亜紀は、マジに悩んでいる鳥羽の顔をじっと見つめた。「マジに、マジなの。ママは、アキバ行を、知らないってこと。うっそ~~。今から、メールしても、後の祭りじゃない。ママに、ぶん殴られちゃうよ。アキ、帰るの怖い。ア~~、どうしよ~~」鳥羽の手が、小刻みに震えていた。ひきつった顔の鳥羽は、返事した。「マジに、俺って、バカだよな~~。アンナさんに、ボコボコにされるだろうな。どうしよ~~困ったな~~」

 怒りが込み上げてきた亜紀は、マジな顔で鳥羽を責めた。「おにいちゃんが悪いんだからね。アキは、全然悪くないから。アキは、昨日、“かならず、ママにメールしてね”って、言ったかからね。“分かった、メールしとく”って、確かに、おにいちゃん、言ったよね。帰ったら、おにいちゃんが、謝ってよ。殴られるのは、おにいちゃんだからね。アキは、悪くないんだから」鳥羽は、ちょっとしたイタズラのつもりだった。ところが、帰る頃になって、ことの重大さに気づいた。

 

 真っ青になった鳥羽は、頭を抱えてガクンと頭を落とした。「マジ、ヤバイ。やっぱ、バカだった。どうしよう」亜紀のムカつきは、ますます膨れ上がった。「亜紀は、悪くないから。ママは、若い時、暴走族の総長だったのよ。ケンカは、最強なのよ。きっと、ボコボコにやられるよ」鳥羽の体は、震えが止まらなかった。「マジかよ。マジ、ヤベ~~。半殺しにあうだろうな~」

 

 震える鳥羽を見て、ちょっと脅し過ぎたような気がした。鳥羽の右肩に手をやり、亜紀は慰めた。「とにかく、空港についたら、すぐに、メールした方がいいよ。手遅れだけど、ちょっとは、許してくれるかも」泣き出しそうな顔の鳥羽は、ヒョイと頭を持ち上げ、小さくうなずいた。「分かった。着陸したら、すぐに送信するよ。ア~~~、マジ、バカなことした」

あまりのアホらしさに亜紀は、唖然とした。秀才の鳥羽が、どうして、メールを忘れたのだろうかと不思議でならなかった。確かに、人には、うっかり、ということがあるが、アキバ行という重要な伝達を忘れるなんて、正真正銘のバカじゃないかと思った。隣の鳥羽の顔をじっと見つめて、秀才はウソで、本当は、バカなのかもしれない、と内心思ってしまった。

 

 福岡空港上空は北風で、飛行機は旋回し、南から北に向かって着陸態勢に入った。静かなランディングをした飛行機は、ゆっくりと滑走路を走行しはじめた。鳥羽は、CAからの携帯電話使用許可のアナウンスを聞くや否や、スマホを右胸ポケットから取り出し、未送信メールを開いた。そして、謝罪文を追加した。“今、福岡空港に到着しました。本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい”送信にタッチすると、また、頭をガクンと落とした。

 

 タクシー乗り場にやってきた二人は、運良くすぐに、AIタクシーに乗ることができた。死にそうな顔をした鳥羽としかめっ面の亜紀を見た運転手は、声をかけた。「あら、アキちゃんじゃない、どこまで、行ってきたの?」亜紀は、ひろ子さんだと気づき、元気良く返事した。「あ、おね~ちゃん、久しぶり。二人ね、アキバからの帰り。ガンプラエキスポに行ってきたの。すっごく、楽しかった。ね~、おにいちゃん」

 

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
0
  • 0円
  • ダウンロード

33 / 43

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント