天空の笑顔

お客は、親友の投身自殺を思い浮かべ、悲しそうな表情でうなずいた。「そうよね、たとえ、一流大学を出たとしても、どんなに知能をフル回転させても、AIには、かなわないのよ。もはや、知的仕事はAIが独占し、人権を叫ぶ人間は、単純作業をするだけ。だから、大学を出た優秀な若者でも、使い捨てにされてしまい、貧困難民になってしまうんだわ。ましてや、一流大学卒の知的女子なんって、パワハラ、セクハラの格好のマト。やはり、女子は、アイドルのようなおバカが一番ね」

 

上から目線で、アイドルをおバカと言ったお客に、さらにカチンときたが、落ち着いて、落ち着いて、とおまじないをかけると、ひろ子はすました顔で返事した。「先生のような優秀な女性がいるからこそ、女性の人権が守られているんだと思います。確かにAIが社会を変革しているとは思いますが、若者の夢を奪っているのは、資本家にシッポをフリフリする愚かな政治家だと思います。政治が変われば、きっと、労働形態も変わると思います。平和主義憲法を叩き潰すようなオジン政治家なんて、国民の敵です。先生、気を落とさずに、若者を幸せにする政治家になってください」

 

ゆり子は、与党の衆議院議員の父親を含め、平和主義日本国憲法を順守しない与党の政治家は大嫌いであった。軍国主義を推進するような政権が続くようであれば、自ら与党政治家になり、戦争大好き、お金大好き、権力大好き、女大好き、のオジン政治家の股間に蹴りを入れ、現与党をぶっ潰し、新与党を作りたいとも思った。このまま多国籍企業の言いなりになっていたら、貧困労働者は増大し、福祉国家は崩壊するように思えた。

「やっぱ、現政権が悪いのよね。いつの間に、こんな下品な政治家だらけになったのかしら。世界に誇る美しい日本文化も、世界平和を願う日本国憲法も、もう、おしまいね。そうよ、私のような平和主義憲法学者は失業よ。失業したら、どうしよ~~。あ~~、イヤになっちゃう。ところで、運転手さん、急に話は替わるんだけど、トモミの自殺のことなんだけどね、トモミは、殺されたってことはないかしら?トモミには、高校時代からの彼氏がいたし、その彼氏と結婚の約束までしてたのよ。そんなトモミが、自殺するかしら?どうも、腑に落ちないのよ。どう思われます?」

 

突然、疑問をぶつけられたドライバーは、キョトンとした顔で首をかしげた。「そういわれれば、腑に落ちませんね。女子って、結婚のためなら、どんな苦しみも乗り越えられるんじゃないかしら。でも、警察は、自殺と判断したわけだし、他殺と思わせるような状況証拠もないんでしょ。チャットちゃんに聞いてみる?」チャットちゃんに相談してみてはと問いかけられたゆり子は、プライドを傷つけられた感じだったが、人間以上に賢いAIの意見に興味がわいた。

 

「チャットちゃんって、どんなことでも答えてくれるの?確かに記憶力はいいと思うんだけど、推論力もいいのかしら?」ドライバーは、ドヤ顔で返事した。「チャットちゃんは、バリ賢いんだから。あらゆる科学データーの記憶だけでなく、作詞、作曲、戯曲、推理小説までも書けるの。驚くなかれ、人間でも難しい推論もできちゃうんだから。でも、AIは、与えられた具体的な情報をもとに推論するから、チャットちゃんに他殺かどうかの推論をさせるには、トモミさんに関する具体的な情報を入力しないとダメだけどね」

ゆり子は、早速相談しようと声をかけようとしたが、まず、どんな具体的な情報を入力すればいいか悩んだ。「チャットちゃんに、相談したいんだけど、まず、どんなことを話せばいいの?」ドライバーは、即座に笑顔で答えた。「二人の会話は、すでに記憶されているから、あとどんな具体的な情報が必要かは、チャットちゃんが指示してくれるんじゃないかしら。早速、チャットちゃんに聞いてみましょう」

 

過重労働とパワハラに耐えかねて投身自殺を図ったこと、トモミには高校時代から付き合っていた彼氏がいたこと、また、その彼氏との結婚の約束をしていたこと、などは、すでに話したが、他殺ではないかと疑わせる具体的な情報は、何一つ話していなかった。今、チャットちゃんに他殺を疑わせる情報を入力せよと指示されても、困ってしまうと思った。ゆり子は、とにかくチャットちゃんの言葉をじっと待つことにした。

 

ドライバーは、チャットちゃんに話しかけた。「チャットちゃん、二人の会話を聞いていたと思うけど、トモミさんに他殺の可能性があるのかしら?」チャットちゃんは、会話から入手した情報には、他殺に関する情報が含まれていないことを検知し、即座に返答した。「他殺の可能性を判断するための具体的な情報が入力されていません。トモミさんにかかわるその他情報を追加入力してください」ゆり子は、やっぱりそうかとうなずいた。「そうよね、他殺の可能性はあるかもしれないけれど、これはあくまでも私の憶測だものね。そうだわ、トモミの彼氏に会ってみようかしら。そうすれば、何かつかめるかも」

 ドライバーもそれは名案と思い、ポンと両手を合わせた。「そうよ、きっと何か、彼氏は知ってるはず。トモミさんの彼氏って、東京で、何やってる方?」ゆり子は、トモミとの会話を思い出しながら答えた。「そう、去年の話だけど、彼氏は就活中、って言ってた。W大学を卒業して、大手の証券会社に入社したらしいいの、でも、1年もしないうちにウツになって、結局、自主退職したみたい。今も、就活中じゃないかしら。トモミは、母親と清志郎の二人の面倒を見ないといけないから、給料が高い今の会社をやめられないって、言ってた」

 

 ゆり子は、とにかく、どんなに些細なことでもいいから、Dカンパニーに入社してからの情報を彼氏から入手することにした。「チャットちゃん、了解しました。まず、トモミの彼氏から、なんらかの手掛かりをつかんできます」ドライバーも同感だったが、彼氏の居所を探せるのだろうかと不安に思った。「お客さん、彼氏の電話番号は、ご存じなんですか?」ゆり子は、首をかしげた。「電話番号ね~~?電話番号も住所も、知らないわ。そうだ、トモミのお母さんが知ってるかも。お母さんの電話番号はわかるから、まず、お母さんに電話してみるわ」

 

 ドライバーは、一瞬、イヤな予感がした。「でも、単独追跡は危険だと思います。万が一、他殺だとすれば、そのことを嗅ぎまわっているお客さんも危険な目に合うかもしれません。わたしの知り合いに刑事がいますから、もし、他殺を疑わせるような情報が入手出来たら、まず、私に連絡いただけますか。くれぐれも、無茶はいけません」ゆり子は、大きくうなずいた。「分かりました。何かわかれば、連絡いたします。運転手さん、それじゃ、お名前と連絡先を教えていただけますか?」

春日信彦
作家:春日信彦
天空の笑顔
0
  • 0円
  • ダウンロード

7 / 38

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント