天空の笑顔

 ドライバーもそれは名案と思い、ポンと両手を合わせた。「そうよ、きっと何か、彼氏は知ってるはず。トモミさんの彼氏って、東京で、何やってる方?」ゆり子は、トモミとの会話を思い出しながら答えた。「そう、去年の話だけど、彼氏は就活中、って言ってた。W大学を卒業して、大手の証券会社に入社したらしいいの、でも、1年もしないうちにウツになって、結局、自主退職したみたい。今も、就活中じゃないかしら。トモミは、母親と清志郎の二人の面倒を見ないといけないから、給料が高い今の会社をやめられないって、言ってた」

 

 ゆり子は、とにかく、どんなに些細なことでもいいから、Dカンパニーに入社してからの情報を彼氏から入手することにした。「チャットちゃん、了解しました。まず、トモミの彼氏から、なんらかの手掛かりをつかんできます」ドライバーも同感だったが、彼氏の居所を探せるのだろうかと不安に思った。「お客さん、彼氏の電話番号は、ご存じなんですか?」ゆり子は、首をかしげた。「電話番号ね~~?電話番号も住所も、知らないわ。そうだ、トモミのお母さんが知ってるかも。お母さんの電話番号はわかるから、まず、お母さんに電話してみるわ」

 

 ドライバーは、一瞬、イヤな予感がした。「でも、単独追跡は危険だと思います。万が一、他殺だとすれば、そのことを嗅ぎまわっているお客さんも危険な目に合うかもしれません。わたしの知り合いに刑事がいますから、もし、他殺を疑わせるような情報が入手出来たら、まず、私に連絡いただけますか。くれぐれも、無茶はいけません」ゆり子は、大きくうなずいた。「分かりました。何かわかれば、連絡いたします。運転手さん、それじゃ、お名前と連絡先を教えていただけますか?」

                               手がかり

 

 ゆり子は、早速トモミの母親に連絡を取ることにした。10月11日(火)大学からの帰宅途中で食事を済ませ、午後7時30分ごろにマンションに戻ったゆり子は、8時を少し過ぎたころにトモミの母親に電話した。電話は、運良くつながり母親が電話口に出た。「こんばんは、先日、お邪魔いたしましたゆり子です。今、お時間よろしいですか?」トモミの母親も食事を済ませ、リビングでテレビを見ながらリンゴを食べていたところだった。

 

 「はい、結構ですが、どんなご用件ですの?トモミのことは、あまり気になされないでください」ゆり子は、単刀直入に聞き出すことにした。「はい、ちょっとお聞きしたいことがあって。トモミの彼氏、清志郎さんのことなんです。お母様は、清志郎さんの連絡先をご存じではありませんか?」母親は、トモミのスマホのアドレスに彼氏の電話番号が記録されていると思った。「トモミのスマホを見ればわかると思います。しばらくお待ちください」

 

 母親は、寝室のサイドボードに保管していたトモミの遺品の中からスマホを取り出し、電話口に戻った。「お待たせしました。アドレスを見てみますね。清志郎、あったわ。お教えしますけど、くれぐれも、先方様に失礼がないように、お願いしますね」ゆり子は、彼氏の連絡先が分かり、ほっとしたゆり子は、母親にお礼を言って電話を切った。彼氏は、就活中だから、今電話をしても自宅にいるような気がして、早速電話することにした。先ほど教えてもらった清志郎の電話番号を恐る恐るタッチした。

 着歌、“君の名は”が耳に飛び込むと清志郎はキーボード右横に置いていたスマホを素早く取り上げた。初めて見る電話番号に不信感を抱いたが、一応出てみることにした。「はい、どなた?」ゆり子は、言葉に詰まったが、どうにか声を出した。「こんばんは。トモミの友達、ゆり子と言います。突然の電話で申し訳ありません。お聞きしたいことがあって、お電話いたしました。今、お時間よろしいでしょうか?」トモミの友達と聞いた清志郎は、いたずら電話でないことが分かり、ちょっと安心した。「は~~。どういうことですか?」

 

 ゆり子は、トモミが自殺した昨年12月の様子を聞き出したかった。自殺した25日の2週間前あたりから、毎日のように悲鳴のメールが送信されてきた。残業が毎日続き、2,3時間しか睡眠がとれない。体が鉛のように重くて、朝起きれない。疲労困憊し目を真っ赤にして出社したら、もっとシャキッとしたまえ、と怒鳴られた。今朝、ありったけの笑顔で挨拶したにもかかわらず、上司から、もっと女子力をつけたまえ、と心臓にグサッと突き刺さるイヤミを言われた。

 

君の残業は、なんの生産性もない。給料泥棒のような真似はやめたまえ。大学でいったい何をやってたんだ。君は文Ⅲだったな、やっぱ、文学部は使えんな~~、仕事の選択を間違えたんじゃないか?君は、テレビ局の方が向いていると思うんだがな~。わけのわかんないイヤミタラタラ。こんなハゲクソ上司のもとで、これからも、奴隷のような労働をずっとずっとやらされると思うと、死にたくなる。これ以上、頑張れない。死にたい。早く死にたい。

ゆり子は、このようなメールをもらっていたが、もっと他に、トモミを死に追いやる何かがあったんじゃないかと思えた。「トモミのことなんですが、清志郎さんに何か言い残していませんでしたか?どんなことでもいいんです。気にかかったことはありませんでしたか?」清志郎は、しばらく黙っていた。できれば、トモミのことは思い出したくなかった。というのは、自殺の原因の一つに、別れ話の痴話喧嘩があったと思ったからだ。

 

「まあ、トモミとは高校の時から、言いたいことを言い合ってきたから、男からすればどうでもいいような愚痴も聞いてあげてたさ。ハゲ上司のセクハラ、最低。残業ばっかで、死にそう。まあ、そんな愚痴をこぼしていたけど、でも、会社のことは、あまり話したくないようだった。それより、トモミにとっては、俺が会社をクビになったことの方が、ショックだったようだ。そのことで、“もうこの辺で、わかれようか”と俺が愚痴をこぼして、痴話喧嘩もしたし、トモミにはイヤな思いをさせた。もう少し、俺がしっかりしていれば、トモミは、自殺しなくてすんだんだ。自殺に追い込んだのは、俺さ」

 

意外な返事に、心臓をキリで突き刺されたような激痛が脳天まで突き上ってきた。どうにか痛みをこらえながら話を続けた。「自殺の動機が、過重労働、パワハラじゃなくて、別れ話の痴話喧嘩、っていうことですか?でも、トモミは、清志郎さんのことを大切に思っていました。トモミが、清志郎さんのことを本当に好きだったら、どんなにつらくても、自殺なんか、しません。わたしも女子だから、それは、はっきりと言えます。自殺の動機が、きっと、他にあるんです。なんでもいいんです。些細なことでもいいんです。思い出せませんか?」

春日信彦
作家:春日信彦
天空の笑顔
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