天空の笑顔

                               手がかり

 

 ゆり子は、早速トモミの母親に連絡を取ることにした。10月11日(火)大学からの帰宅途中で食事を済ませ、午後7時30分ごろにマンションに戻ったゆり子は、8時を少し過ぎたころにトモミの母親に電話した。電話は、運良くつながり母親が電話口に出た。「こんばんは、先日、お邪魔いたしましたゆり子です。今、お時間よろしいですか?」トモミの母親も食事を済ませ、リビングでテレビを見ながらリンゴを食べていたところだった。

 

 「はい、結構ですが、どんなご用件ですの?トモミのことは、あまり気になされないでください」ゆり子は、単刀直入に聞き出すことにした。「はい、ちょっとお聞きしたいことがあって。トモミの彼氏、清志郎さんのことなんです。お母様は、清志郎さんの連絡先をご存じではありませんか?」母親は、トモミのスマホのアドレスに彼氏の電話番号が記録されていると思った。「トモミのスマホを見ればわかると思います。しばらくお待ちください」

 

 母親は、寝室のサイドボードに保管していたトモミの遺品の中からスマホを取り出し、電話口に戻った。「お待たせしました。アドレスを見てみますね。清志郎、あったわ。お教えしますけど、くれぐれも、先方様に失礼がないように、お願いしますね」ゆり子は、彼氏の連絡先が分かり、ほっとしたゆり子は、母親にお礼を言って電話を切った。彼氏は、就活中だから、今電話をしても自宅にいるような気がして、早速電話することにした。先ほど教えてもらった清志郎の電話番号を恐る恐るタッチした。

 着歌、“君の名は”が耳に飛び込むと清志郎はキーボード右横に置いていたスマホを素早く取り上げた。初めて見る電話番号に不信感を抱いたが、一応出てみることにした。「はい、どなた?」ゆり子は、言葉に詰まったが、どうにか声を出した。「こんばんは。トモミの友達、ゆり子と言います。突然の電話で申し訳ありません。お聞きしたいことがあって、お電話いたしました。今、お時間よろしいでしょうか?」トモミの友達と聞いた清志郎は、いたずら電話でないことが分かり、ちょっと安心した。「は~~。どういうことですか?」

 

 ゆり子は、トモミが自殺した昨年12月の様子を聞き出したかった。自殺した25日の2週間前あたりから、毎日のように悲鳴のメールが送信されてきた。残業が毎日続き、2,3時間しか睡眠がとれない。体が鉛のように重くて、朝起きれない。疲労困憊し目を真っ赤にして出社したら、もっとシャキッとしたまえ、と怒鳴られた。今朝、ありったけの笑顔で挨拶したにもかかわらず、上司から、もっと女子力をつけたまえ、と心臓にグサッと突き刺さるイヤミを言われた。

 

君の残業は、なんの生産性もない。給料泥棒のような真似はやめたまえ。大学でいったい何をやってたんだ。君は文Ⅲだったな、やっぱ、文学部は使えんな~~、仕事の選択を間違えたんじゃないか?君は、テレビ局の方が向いていると思うんだがな~。わけのわかんないイヤミタラタラ。こんなハゲクソ上司のもとで、これからも、奴隷のような労働をずっとずっとやらされると思うと、死にたくなる。これ以上、頑張れない。死にたい。早く死にたい。

ゆり子は、このようなメールをもらっていたが、もっと他に、トモミを死に追いやる何かがあったんじゃないかと思えた。「トモミのことなんですが、清志郎さんに何か言い残していませんでしたか?どんなことでもいいんです。気にかかったことはありませんでしたか?」清志郎は、しばらく黙っていた。できれば、トモミのことは思い出したくなかった。というのは、自殺の原因の一つに、別れ話の痴話喧嘩があったと思ったからだ。

 

「まあ、トモミとは高校の時から、言いたいことを言い合ってきたから、男からすればどうでもいいような愚痴も聞いてあげてたさ。ハゲ上司のセクハラ、最低。残業ばっかで、死にそう。まあ、そんな愚痴をこぼしていたけど、でも、会社のことは、あまり話したくないようだった。それより、トモミにとっては、俺が会社をクビになったことの方が、ショックだったようだ。そのことで、“もうこの辺で、わかれようか”と俺が愚痴をこぼして、痴話喧嘩もしたし、トモミにはイヤな思いをさせた。もう少し、俺がしっかりしていれば、トモミは、自殺しなくてすんだんだ。自殺に追い込んだのは、俺さ」

 

意外な返事に、心臓をキリで突き刺されたような激痛が脳天まで突き上ってきた。どうにか痛みをこらえながら話を続けた。「自殺の動機が、過重労働、パワハラじゃなくて、別れ話の痴話喧嘩、っていうことですか?でも、トモミは、清志郎さんのことを大切に思っていました。トモミが、清志郎さんのことを本当に好きだったら、どんなにつらくても、自殺なんか、しません。わたしも女子だから、それは、はっきりと言えます。自殺の動機が、きっと、他にあるんです。なんでもいいんです。些細なことでもいいんです。思い出せませんか?」

清志郎は、もうこれ以上、トモミのことを思い出したくなかった。話を打ち切ろうと思った時、突然、脳裏に響いた言葉が気になった。「ああ、そういえば、“君のキャパが小さいから、こんなことになったんだ。もっと、効率よくやってたら、こんなことにはなってなかった。これは、君の責任だな、なんて言われちゃって。そんなこと言われても、どうすりゃいいのさ。いやになっちゃう。”そんなこと、ぼやいてたな~。その時、すっごく落ち込んだ顔してた。まあ、思い出せるのは、こんなことぐらいかな。もういいだろ、トモミのことは、ほっといてくれないか」

 

“責任”と聞いたゆり子は、自殺の動機は、これだと直感した。責任感の強いトモミは、何かの責任を取るために自殺したに違いない。もしそうだったとしても、どうして、私に相談してくれなかったの。会社に起きたことは、一人の責任じゃないはずよ。多くの人がかかわっているのよ。あたかも、トモミ一人の責任のような言い方をした上司が悪いのよ。許せない。ゆり子は、そう、心でつぶやくと、早速、清志郎から得た情報をひろ子に報告することにした。

 

AIの助言

 

10月15日(土)、ゆり子からトモミの件で報告を受けていたタクシードライバーひろ子は、F大学正門入口で、ゆり子と午後3時に合流する約束をした。ゆり子を拾ったAIタクシーは、サンセットロード沿いにある見晴らしのいい丘の上レストランに向かった。車に乗り込むとゆり子は、清志郎が言ったことをもう一度相談した。「ひろ子さん、清志郎さんが言ったこと、どう思われます?」

春日信彦
作家:春日信彦
天空の笑顔
0
  • 0円
  • ダウンロード

11 / 38

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント