天空の笑顔

二人は、突然の朗報に釣りはどうでもよくなってしまった。アジゴが数匹釣れたが、お祝いの魚にはならないと思い、釣りは、午後2時ちょっと前に切り上げ、ブルーのカワイ~ハスラーにクーラーボックスを乗せると海釣り公園を出立した。ひろ子さんの歓迎会のためにタイ、ヒラメ、エビ、を“おさかな天国”で買って帰ることにした。5時半ごろ帰宅した二人は、ドアを開くや否や、伊達は大声で叫んだ。「帰ったぞ~~。今日は、大漁だ、タイに、ヒラメだ、豪勢な鍋ができるぞ。おい、ナオ子、いるのか?」

 

あまりの大声に、ナオ子はあきれ返って返事した。「聞こえてますとも。なにが、大漁よ。7時には、ナオ子さんが来るのよ、二人とも、着替えをして、ちゃんと挨拶してちょうだい。特に、サワちゃんは、いいところを見せないと、ひろ子さんに逃げられちゃうわよ。今日は、お見合いと思って、気合を入れてちょうだい。今度、逃げられたら、二度とチャンスは来ないわよ。分かった、サワちゃん」二人は、いたずらをして叱られた子供のようにしょげてしまった。

 

6時半を過ぎると沢富は、落ち着きをなくし、クマのようにリビングをうろうろ歩き始めた。「おい、サワ、そう緊張するな。久しぶりの再会だ。ひろ子さんのお見合いの話でも聞いてあげようじゃないか」沢富は、お見合いと聞いて、悲鳴を上げた。「え~~、お見合い。ひろ子さんは、お見合いするために実家に帰っていたんですか?そんな話、寝耳に水ですよ。先輩、今まで黙っているなんて、水臭いじゃないですか」

テーブルに突進して行った沢富は、伊達の正面に腰かけ、とぼけた顔を鬼の形相で睨み付けた。伊達は、大声でワハハ~と笑い声をあげ、からかい続けた。「オ~~、そんなにひろ子さんのことが心配か?きっと、大金持ちのボンボンとの縁談が決まったんじゃないか?そいで、俺たちに報告に来るのかも?サワ、ショックで、気絶するんじゃないぞ。腹をくくっとけ。人生なんて、そう思うようにいかんものさ。俺なんか、ナオ子と結婚するのに、どれだけ苦労したことか」

 

沢富は、マジになって伊達の話に耳を傾けていた。顔面蒼白になった沢富は、開き直って反撃した。「そうですか。いいですよ。ふられたときは、その時です。僕も男です。ひろ子さんの幸せを恨んだりはしません。大いに祝福します。でも、ひろ子さんも意地が悪いな~。お見合いするんだったら、するとひとこと言ってほしかった。別に隠さなくっても、いいと思うんだがな~~。結局、僕なんか、眼中になかったということですかね」沢富は、今にも泣きだしそうなしょぼい顔をして、ガクッとうつむいた。

 

あまりにも落ち込んだ沢富がかわいそうになり、ちょっと反省した伊達は、今のお見合い話は、作り話であることを白状した。「おい。そう、落ち込むな。今の話は、冗談だ。ちょっと、からかっただけだ。でも、本当にお見合いしてるかも?まあ、その時は、あっさり諦めるんだな」沢富は、冗談だと言われても、本当にお見合いをしているような心持になっていた。一般的に、女性が姿をくらませる場合は、実家で密かにお見合いをしている場合が多いと聞いていたからだった。

6時50分ごろ、マンション東側にあるタイムズのパーキングに真っ赤なスイフトスポーツが入口を通過した。右手は満車だったが、ひろ子は、左手の出口から3番目の空きを確認すると出口近くまで前進した。シフトノブが1からRに素早くシフトされると17インチホイールが後回転し、車体は静かに後退した。後輪がストッパーで停止するとシフトノブはニュートラルに戻され、グイッとサイドブレーキが引き上げられた。

 

大きなため息をついたひろ子は、助手席に置いていたショルダーバックに手を伸ばし、中から取り出したコンパクトミラーを開くと、少し緊張した顔を見つめた。ニッコと笑顔を作ったひろ子は、アイラインを引き直し、目をパチクリさせるともう一度ニコッと笑顔を作った。自分の美貌にうなずいたひろ子は、シートを目いっぱい後ろにスライドさせ、ホワイトのスニーカーからワインレッドのショートブーツに履き替えた。

 

7時5分を過ぎた長針を確認したひろ子は、息を整え静かにドアを押し開け、両足を揃えて降りた。そして、15階建てのマンションの入口に向かった。入口の自動ドアが開き中に入ったひろ子は、ロビー右側にあるプッシュボタンを押して到着を知らせた。「ひろ子さん、いらっしゃい」とナオ子から返事が返ってくると内側の自動ドアが開いた。左手のエレベーターで5階まで上がり、ドアが開くと正面に向かって左方向に歩いた。505号のドアの前に立ち止まり、大きく深呼吸するとひろ子はゆっくりインターンホンを押した。

「ハ~~~イ」と中から明るいナオ子の声が響いてきた。ドタドタと駆け足の音が響くとゆっくりドアが開いた。ひろ子の目の前にナオ子の笑顔が現れた。顔を見合わせた二人は、一瞬言葉が出なかった。再開の喜びが込み上げてきたナオ子は、大きな口を目いっぱい開き、表通りまで聞こえるほどの大声を出した。「あなた~~、ひろ子さんよ。さあ、上がって」ひろ子は、なんとなく緊張して、ぎこちない足取りでキッチンに歩いて行った。

 

ひろ子がキッチンに現れると、門番のように直立不動で立っていた伊達と沢富が、ハーモニーを作り出すようにあいさつした。「ひろ子さん、いらっしゃ~~~い」満面の笑みを浮かべた伊達は、素早く前方に足を運び、ひろ子を手招きしながらテーブルまで案内した。「ひろ子さん。お待ちしていました。どうぞ、どうぞ。こちらの席に」ひろ子は、なんとなく気まずくなったが、苦笑いをしてテーブルの席までよそよそしく歩いて行った。「突然お邪魔して、申し訳ありません。これ、つまらないものですが、どうぞ」長崎で買きた松浦漬けとカステーラをナオ子に手渡した。

 

「あらまあ~、うれしいわ。長崎の実家に帰っていらしたのね。さあ、おかけになって」ひろ子は、腰かけると大きく深呼吸した。フレッジに駆けて行ったナオ子は、キンキンに冷えたビンビールを二本運んできた。4人のグラスにビールを注ぎ、ひろ子の左隣にストンと腰かけた。「あなた、乾杯して」マジな顔つきになった伊達は、グラスを持ち上げ乾杯の音頭を取った。「いや、まあ、ひろ子さんに再会できて、誠にめでたいことです。とにかく、カンパ~~~イ」

 

春日信彦
作家:春日信彦
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