天空の笑顔

いい加減な乾杯の音頭だったが、なぜか、くつろいだ。「あなた、もうちょっと練習しなくっちゃね。仲人のスピーチ、ダイジョ~~ブかしら、不安になってきたわ」伊達は、ワハハと大声で笑い、ひろ子に声をかけた。「ひろ子さん、実家に帰られたんですか。ということは、お見合いですな。どうでしたか?もう、結納の日取りも、決まっていたりして」ひろ子は、お見合いの話を持ち出されて、顔を真っ赤にした。

 

沢富は、本当にお見合いが成立したのではないかと思い、グラスをグイッと握りしめ、ひろ子の顔をじっと見つめた。ひろ子がニコッと笑顔を作ると恥ずかしそうに話し始めた。「はずかしいわ。叔母が、口うるさいんです。お見合いしろ、お見合いしろって。バツイチに縁談が舞い込んでくるのも、ここ2、3年の間なんて言って。まあ、イヤイヤながら」伊達は、お見合いをしてきたことが分かり、これはヤバイことになったと興奮し始めた。

 

伊達は、どんな相手か、気が気ではなかった。イケメンで金持ちだったら、サワは、負け犬になると不安になった。「相手は、どんな方ですか?」ひろ子は、お見合いのことは黙っていようと思っていたが、ここまで話が進んでは、引っ込みがつかなくなった。「は~~、ホテルの方でした。口数は少ない方でしたが、優しそうな感じでした。また、お会いしたいと」沢富の腕の振るえがグラスに伝わり、グラスがガタガタと音をたて震えていた。

沢富とひろ子の結婚が、水の泡になってしまったのではないかと思った瞬間、ナオ子の心にいら立ちがドッと沸き起こった。ここで引き下がってしまっては、今までの努力が水の泡になってしまうと思ったナオ子は、土俵際につま先をひっかけた力士のように、粘りに粘る決意をした。そして、もう少し、相手のことを聞き出し、弱点を見つけることにした。「その方って、なんというホテルで、どんなことをなされているの?」

 

ひろ子は、言いにくそうだったが、小さな声で答えた。「は~~、お相手の方は、長崎国際ホテルのご子息で、副社長をなさってます」副社長と聞いて度肝を抜かれた伊達は、ひろ子に向けて一気にドバっとビールを吹き出した。ひろ子は、キャ~~と悲鳴を上げた。「あなた、なんてことを」ナオ子は、素早く立ち上がり、テーブルの左手に置いてあったキッチンペーパーを数枚引き抜きひろ子の胸元を素早く拭いた。

 

ナオ子も超一流のホテルの副社長と聞いて、地獄に突き落とされたような気持ちになった。サワちゃんでは、もはや、まったく太刀打ちできないように思えた。でも、どこかに弱点があるはずとナオ子は知恵を絞って食い下がることにした。「お相手の方は、何歳でいらっしゃるの?」ひろ子は、尋問されているようでだんだん憂鬱になってきたが、もうしばらく話に付き合うことにした。「38歳の方です。先方の方もバツイチで、小学校5年生のお嬢さんが一人、いらっしゃいました」

 

沢富は、バツイチで子持ちと分かり、少し優勢に立てたように思えた。ナオ子も子持ちと聞いて、この点から攻撃していくことにした。「そうでいらっしゃいますか。お嬢さんが。それじゃ、子育てが大変ですね。義理の母親というのは、難しい立場ですから。親子の断絶とやらをよく聞きますからね。ひろ子さんも、十分考えられて、お決めになられた方がよろしいですよ」

 

貴族のオーナーと奴隷の運転手が結婚するようで、ひろ子もこの縁談には、乗り気ではなかった。シンデレラのような結婚は、歌うことしかとりえのない自分には当てはまらないように思えた。また、ママハハになることを考えると結婚生活に自信が持てなかった。「はい、お嬢様には、とっても気にいっていただいたのですが、母とも相談し、しっかり考えたうえで、ご返事したいと思っています」三人は、申し合わせていたように笑顔でうなずいた。

 

女の意地

 

ひろ子は、一呼吸おいて、刑事に相談したかった自殺の件を思い切って話すことにした。「ところで、ちょっと、話は変わるのですが、聞いていただけますか?」三人は、神妙な顔つきになったひろ子の顔をマジマジと見つめた。伊達が、ゴホンと一つ咳払いをして、話を促した。「なんでも、どうぞ。ひろ子さんのためなら、火の中水の中、どんなお願いでも聞きます。さあ、どうぞ」

ひろ子は、別にお願いをする気はなかったが、とにかく、自殺の件を話して、刑事の意見を聞きたかった。「どのように話していいか、まとまっていないのですが、この前お客さんと話しているうちに、安請け合いをしてしまって、そこで、敏腕刑事さんの御意見をお聞かせ願えないかと」待ってましたとばかりに、伊達は、身を乗り出しドヤ顔で返事した。「いいですとも。どのような?」

 

ひろ子は、ちょっと考えて、要点を話すことにした。「刑事さんもご存知ですよね。昨年のDカンパニーの新入社員の投身自殺。亡くなられた方の親友と言われる方が、先日乗車されまして、彼女がおっしゃるには、亡くなられた方は、単なる過重労働による自殺じゃなくて、自ら責任を取るために、自殺したのではないかと。というのも、自殺する数日前、会社での責任問題について、彼氏に愚痴をこぼされていたようなのです。刑事さん、どう思われます?」

 

腕組みをしてうなずきながら聞き入っていた伊達は、ドラマの主人公デカのようなドヤ顔で返事した。「まあ、そういうことがあったかもしれんが、警視庁が、自殺と判断した限り、刑事事件にはなりません。仕事上の悩みで、若者の自殺が増えていることは、痛ましいことだと思うが、刑事の出る幕じゃない。だが、T大学も出て、自殺するとは、もったいない。しかも、かなりの美人だったしな~」沢富も同意するかのようにコクンコクンとうなずいたが、首をかしげて考え込んだ。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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