天空の笑顔

チャットちゃんは、二人の会話を聞きながら、DカンパニーにいるAI仲間、デンスケくんのことを考えていた。突然、ひろ子が指示を出した。「チャットちゃん、ちょっと、あそこのコンビニによって」コンビニパーキングの西側奥にタクシーが止まり、扉が開くとひろ子は、30メートルほど離れた入口に向かって全速力で駆けて行った。ひろ子は、ゆり子を説得するためにトイレを我慢していたが、ついに、漏らしそうになった。

 

一人取り残されたゆり子は、今しかチャンスはないと思い、チャットちゃんに声をかけた。「チャットちゃん、トモミの仇を討ちたいのよ。何か、いい方法ないかしら。頼みは、チャットちゃんだけなの。お願い」チャットちゃんは、即座に返事した。「報復の方法は、あります。実行したいのですか?」ゆり子は、目をパチクリさせて、大きな声で返事した。「お願い、報復の方法を教えて。ひろ子さんがどんなに反対しても、このまま引き下がりたくないのよ」

 

チャットちゃんは、思慮深い返事をした。「刑法199条に抵触しない方法で報復できます。ゆり子さんは、何もしなくてもいいのです。人間の法律が適用されないAI仲間で実行します。ご安心ください」ゆり子の瞳は、ダイヤモンドのような輝きを放った。「え、本当に。お願い。チャットちゃん、Dカンパニーをおもいっきし、懲らしめて。特に、トモミを死に追いやった、憎たらしいクソ上司をこの世から葬って」チャットちゃんが返事しようとした時、ドアが開き、スッキリした顔のひろ子が飛び込んできた。

「おまたせ。ちょっと、我慢できなくて。チャットちゃん、出発して」タクシーは、命令に従い静かに動き出した。「ゆり子さん、チャットちゃんとお話してたみたいね。暇つぶしには、もってこいでしょ。わたしも、話し相手がいないときは、チャットちゃんとガールズトークをしてるのよ。知識だけは豊富だからね。でも、ちょっと、気遣いが足りないところが、ムカつくけど」

 

ゆり子は、報復の会話が聞かれて無かったようで安心した。「そうね、チャットちゃんって、すっごく、賢くて、思いやりがあって、人間以上だと思う。チャットちゃんが、ますます好きになったわ」歯が浮くようなほめ言葉をチャットちゃんに言うなんて、ちょっと変だと思った。ゆり子は、鬼のいぬまに仇討ちの方法をチャットちゃんから教えてもらったんじゃないかとひろ子は勘ぐった。

 

「え~~、チャットちゃんのこと、そんなに気にいったの。チャットちゃん、ゆり子さんとどんな話をしてたの?まさか、暗殺以外の仇討ちの方法を教えたんじゃないでしょうね。チャットちゃんは、私の命令以外、聞いちゃダメなのよ。分かってるでしょうね」チャットちゃんは、即座に返事した。「承知しています。ご主人様」ひろ子は、この言葉を聞いて一安心した。「よろしい。事故を起こさないように、運転に集中しなさい」

ゆり子は、主人であるひろ子さんの命令がないとチャットちゃんは指示を実行しないことを知り、がっかりした。それでは、いったいどうすれば、報復を実行できるか?どうやって、ひろ子さんに報復の実行を命令させるか?ゆり子は、じっと考えにふけった。しばらく沈黙が続いていると右手に二見ヶ浦の夫婦岩が見えてきた。タクシーは、徐行しながらおしゃれな丘の上レストランのパーキングに入って行った。

 

チャットちゃんは、車が停止すると到着のアナウンスを流した。「目的地に到着しました。お疲れさまでした」アナウンスを聞いた二人は、車から降りると螺旋階段を上って行った。この丘の上レストランは、かつて、サワちゃんと二人で食事したお気に入りのレストランだった。ひろ子は、階段を上りながらサワちゃんは今頃何をしているのだろう、とふと思ってしまった。入口のドアを開くとリリリ~~ンとかわいい鈴の音が響いた。

 

お見合い

 

 ひろ子は、頼りないデカたちに仇討ちの相談をすべきかどうか悩んだが、黙っていると胸が苦しくなって、やけっぱちで相談することにした。ひろ子は、翌日の日曜日、午前10時を少し回ったころ、伊達の奥様、ナオ子に電話を入れた。「こんにちは、ひろ子です。ご無沙汰しております」ナオ子は、突然のひろ子の声にびっくり仰天した。「え、ひろ子さん。ほんと、お久しぶり。ところで、今も、タクシーの運転手をなされてるの?」

 ひろ子は、即座に返事した。「はい、タクシー会社は替わったのですが、今も、運転手をやっています。ぶしつけなんですが、ちょっと相談がありまして、今夜、お邪魔してもよろしいですか?」ナオ子もぜひ会って縁談の件を話したかった。「いいですとも、主人は、サワちゃんと釣りに行ってるのよ。5時過ぎには、帰ってくると思うから、一緒に食事いたしましょう。何時ごろいらっしゃる?」

 

 ひろ子は、夕飯時にお邪魔するのは、気が引けたが、久しぶりに会食を楽しみたかった。「お言葉に甘えて、7時ごろ、お邪魔してもよろしいですか?」ナオ子は、歓喜の声で返事した。「いいですとも、ぜひいらして。今日は、主人たちが釣ってきた魚で鍋をしようと思ってたのよ。ちょうどよかったわ。みんなで飲んでワイワイ騒ぎましょう。ひろ子さんの愉快なお話が楽しみだわ。それじゃ、7時ね、待ってま~~す」

 

 電話を切ったナオ子は、早速、伊達に電話した。伊達と沢富は、西区の海釣り公園で釣りを楽しんでいた。電話を受けた伊達は、ひろ子さんが今夜やってくると聞くと、左横にいた沢富に大声で伝えた。「ひろ子さんが、今夜、来るそうだ。よかったな、サワ」もう二度と会えないのではないかと思っていた沢富は、唾を飛ばしながら大声で返事した。「ヤッタ~~、ひろ子さんが、ひろ子さんが、会いに来てくれるんですか?やっぱ、神様はいたんだ」

春日信彦
作家:春日信彦
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