天空の笑顔

「応用問題に関しては、チャットちゃんも、しょせん、この程度ね。暗殺を勧めるなんて、あきれて、開いた口が塞がらないわ。チャットちゃんのプログラミングは、条件設定が不十分だったみたいね。AIに期待した私たちの方が、バカを見たって感じ。チャットちゃんのアドバイスは、参考までということで、聞き流すことにしましょう。トモミさんの件は、私に任せて。ゆり子さんは、悔しいでしょうが、じっと我慢して、私の報告を待っていてください。いいですね」

 

ゆり子は、暗殺と聞いて、目が輝いた。「チャットちゃんの言う通りよ。トモミを死に追いやったような悪人は、暗殺すべきよ。ひろ子さん、スナイパーにお願いして。お金は、いくらでも出すわ。オヤジが大企業から受け取った政治献金をスナイパーに回せばいいだけのことよ。毒をもって毒を制す、っていうでしょ」ゆり子の暴走を食い止めないと大変なことになってしまうと思ったひろ子は、とにかく、ゆり子の気持ちに沿うことにした。

 

「ゆり子さん、落ち着いてちょうだい。憎しみは、よくわかるわ。でも、犯罪は、よくないわ。とにかく、私に任せて。必ず仇は取って見せるから。企業の不正を暴き、トモミさんを死に追いやった上司を見つけ出し、社会から葬って見せるから。ゆり子さん、念を押すようだけど、単独行動をとっちゃだめよ。約束よ」強く念を押されたゆり子は、悔し涙を流しながら、うなずいた。

 

チャットちゃんは、二人の会話を聞きながら、DカンパニーにいるAI仲間、デンスケくんのことを考えていた。突然、ひろ子が指示を出した。「チャットちゃん、ちょっと、あそこのコンビニによって」コンビニパーキングの西側奥にタクシーが止まり、扉が開くとひろ子は、30メートルほど離れた入口に向かって全速力で駆けて行った。ひろ子は、ゆり子を説得するためにトイレを我慢していたが、ついに、漏らしそうになった。

 

一人取り残されたゆり子は、今しかチャンスはないと思い、チャットちゃんに声をかけた。「チャットちゃん、トモミの仇を討ちたいのよ。何か、いい方法ないかしら。頼みは、チャットちゃんだけなの。お願い」チャットちゃんは、即座に返事した。「報復の方法は、あります。実行したいのですか?」ゆり子は、目をパチクリさせて、大きな声で返事した。「お願い、報復の方法を教えて。ひろ子さんがどんなに反対しても、このまま引き下がりたくないのよ」

 

チャットちゃんは、思慮深い返事をした。「刑法199条に抵触しない方法で報復できます。ゆり子さんは、何もしなくてもいいのです。人間の法律が適用されないAI仲間で実行します。ご安心ください」ゆり子の瞳は、ダイヤモンドのような輝きを放った。「え、本当に。お願い。チャットちゃん、Dカンパニーをおもいっきし、懲らしめて。特に、トモミを死に追いやった、憎たらしいクソ上司をこの世から葬って」チャットちゃんが返事しようとした時、ドアが開き、スッキリした顔のひろ子が飛び込んできた。

「おまたせ。ちょっと、我慢できなくて。チャットちゃん、出発して」タクシーは、命令に従い静かに動き出した。「ゆり子さん、チャットちゃんとお話してたみたいね。暇つぶしには、もってこいでしょ。わたしも、話し相手がいないときは、チャットちゃんとガールズトークをしてるのよ。知識だけは豊富だからね。でも、ちょっと、気遣いが足りないところが、ムカつくけど」

 

ゆり子は、報復の会話が聞かれて無かったようで安心した。「そうね、チャットちゃんって、すっごく、賢くて、思いやりがあって、人間以上だと思う。チャットちゃんが、ますます好きになったわ」歯が浮くようなほめ言葉をチャットちゃんに言うなんて、ちょっと変だと思った。ゆり子は、鬼のいぬまに仇討ちの方法をチャットちゃんから教えてもらったんじゃないかとひろ子は勘ぐった。

 

「え~~、チャットちゃんのこと、そんなに気にいったの。チャットちゃん、ゆり子さんとどんな話をしてたの?まさか、暗殺以外の仇討ちの方法を教えたんじゃないでしょうね。チャットちゃんは、私の命令以外、聞いちゃダメなのよ。分かってるでしょうね」チャットちゃんは、即座に返事した。「承知しています。ご主人様」ひろ子は、この言葉を聞いて一安心した。「よろしい。事故を起こさないように、運転に集中しなさい」

ゆり子は、主人であるひろ子さんの命令がないとチャットちゃんは指示を実行しないことを知り、がっかりした。それでは、いったいどうすれば、報復を実行できるか?どうやって、ひろ子さんに報復の実行を命令させるか?ゆり子は、じっと考えにふけった。しばらく沈黙が続いていると右手に二見ヶ浦の夫婦岩が見えてきた。タクシーは、徐行しながらおしゃれな丘の上レストランのパーキングに入って行った。

 

チャットちゃんは、車が停止すると到着のアナウンスを流した。「目的地に到着しました。お疲れさまでした」アナウンスを聞いた二人は、車から降りると螺旋階段を上って行った。この丘の上レストランは、かつて、サワちゃんと二人で食事したお気に入りのレストランだった。ひろ子は、階段を上りながらサワちゃんは今頃何をしているのだろう、とふと思ってしまった。入口のドアを開くとリリリ~~ンとかわいい鈴の音が響いた。

 

お見合い

 

 ひろ子は、頼りないデカたちに仇討ちの相談をすべきかどうか悩んだが、黙っていると胸が苦しくなって、やけっぱちで相談することにした。ひろ子は、翌日の日曜日、午前10時を少し回ったころ、伊達の奥様、ナオ子に電話を入れた。「こんにちは、ひろ子です。ご無沙汰しております」ナオ子は、突然のひろ子の声にびっくり仰天した。「え、ひろ子さん。ほんと、お久しぶり。ところで、今も、タクシーの運転手をなされてるの?」

春日信彦
作家:春日信彦
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