サンタの伝言

「でも、先生、学校では、友達とうまくやっているのでしょうか?とても、心配なんです。友達から、変人扱いされていませんか?」先生は、学校での友達関係は良好であることを伝えた。「亜紀さんは、クラスの人気者です。イジメも受けていません。ただ、男子にモテすぎるので、女子に嫉妬されているようです。今のところ、三角関係のもつれから、イジメ自殺事件に発展することはないと思われます」

 

イジメを受けてないと聞いて安心したが、最近、反抗するようになったことについて聞いてみた。「最近、口ごたえをするようになったんです。素直さがないと言うか、意地っ張りと言うか、頑固と言うか、とにかく、最近は、言うことを聞かないんです。親と会話せず、動物とばかり話をしています。母親に問題があるんでしょうか?それとも、亜紀に悩みでもできたのでしょうか?」

 

先生は、成長過程の心理について話し始めた。「それは、母親に問題があるのではありません。成長する上で必要な反抗です。これは、病気ではなく、健全な心の成長と考えてください。亜紀さんは、母親に言いにくいことを、動物に言っているのでしょう。亜紀さんは、動物に悩みを打ち明け、動物から癒しを与えられていると考えられます。おそらく、亜紀さんは、心の底に、人には言えない悲しみを抱えているようです。お母様は、亜紀さんを信じてあげることです」

アンナは、亜紀の動物との会話は、病気ではないと聞かされ一安心したが、拓実が生まれて、亜紀への態度が以前と変わってきたのではないかと不安になった。たとえ実の子供が生まれたとしても、亜紀への愛情は決して変わらないと思っていたが、自分では気づかず、亜紀へ冷たい態度をし始めているのではないかと心配になった。この不安を先生に打ち明けようかと思ったが、今回は、心の中に収めることにした。

 

「先生、少し安心いたしました。亜紀を信じて、育てていきます。今日は、ありがとうございました。失礼します」先生は、笑顔で話を締めくくった。「勇気を出してください。子供は、お母さんのやさしさで大きく育ちます」アンナは、先生に深々とお辞儀をして、相談室を出た。ほんの少し、心のもやもやが解消したアンナは、校門を出ると両腕を伸ばし、大きく背伸びした。そのとき、校門の左方向からを走ってきたピンクのタクシーが、くるりとユーターンして目の前に止まった。

 

女性の運転手は、アンナに笑顔を見せると、後部ドアを開いた。アンナは、タクシーを止めるつもりはなかったが、タクシーで帰る予定をしていたため、笑顔で乗り込んだ。「平原歴史公園まで、お願い」運転手は、はい、と言ってアクセルをゆっくり踏み込んだ。アンナは、チラッと見た女性ドライバーの顔が気になった。どこかで見たような顔だと思った。しかも、最近、テレビで見たような気がした。

カラオケ大会でトロフィーを手にした彼女の笑顔が脳裏にパッと浮かび上がった。アンナは、甲高い声でたずねた。「運転手さん、もしかして、カラオケ大会で優秀された方じゃないですか?」運転手は、ルームミラーに向かってちょっとうなずき、明るい声で返事した。「はい、カラオケ福岡県大会で優勝いたしました。憶えていただいていたなんて、うれしいです。来年1月に、全国大会に出場します」

 

アンナは、カラオケ女王に出会えて、有頂天になってしまった。「頑張ってください。日本一になれるといいですね」運転手は、元気よく返事した。「ありがとうございます。日本一目指して、頑張ります」アンナは、サインをしてもらおうかと思ったが、自宅についてお願いすることにした。「優勝されたときの歌は、石川さゆりさんの津軽海峡・冬景色、でしたよね、私も大好きなんです。全国大会では、なにを歌われるのですか?」

 

運転手は、笑顔で答えた。「森昌子さんの越冬つばめ、です」アンナは、越冬つばめも自分の好きな歌で、ますます、ファンになってしまった。「ぜひ、日本一になって、歌手デビューしてください」運転手は、こんなにも応援してくれる人がいるとは、意外だった。「お恥ずかしいんですが、若いころは、歌手になれると思っていたんです。でも、スカウトされなかったんです。やはり、ルックスですよね」

アンナは、彼女の歌唱力ならきっと歌手になれると思った。「それは違うと思うわ。演歌歌手は、顔じゃないわ、歌唱力よ。私だったら、スカウトするわ。芸能界って、見る目がないのね」運転手は、うれしくなったが、もうこの年では、歌手になれないと思った。「ありがとうございます。もう、トシですから、趣味で楽しみたいと思っています」悲観的な運転手に、アンナは、気合を入れた。

 

「トシって、アイドル歌手じゃあるまいし、演歌歌手は、トシもルックスも関係ないでしょ、歌唱力とハートです。そんなに簡単にあきらめず、チャレンジしなさいよ。日本一になって、プロ歌手になってください。あなたなら、できます」運転手は、歌手になりたいと言う気持をとっくの昔に捨てていたが、顔を真っ赤にして応援してくれるファンの言葉を聞いていると、昔の情熱がよみがえった。

 

「本当に、ありがとうございます。とにかく、全国大会は、自分の力を出し切ります。ところで、話は変わりますが、カラステロのこと、ご存知ですか?」アンナは、突然の話題転換に面食らったが、世界中の誰しも知っている話題に当然のごとく返事した。「知ってますとも、いったい、誰のいたずらかしら?」運転手は、さっそく、聞き込みを開始することにした。

春日信彦
作家:春日信彦
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