サンタの伝言

ブラックハウス

 

 クリスマスを間近に、世界中の子供たちはサンタからの贈り物を夢見て心を弾ませていたが、世界を動かすホワイトハウスに歴史に残る不可解な事件が勃発した。それは、5000羽以上のカラスが、ホワイトハウスに集合し、さらに刻一刻とどこからともなく現れたカラスたちが、ヒラ~リ、ヒラ~リと舞い降りるという珍事だった。当初は、疲れたワタリガラスが休憩にやってきたとユーモアを交えたニュースとして話題になっていたが、カラスの大群で屋根が真っ黒に塗り替えられたころから、世間では、カラスを使った何者かによるテロではないかとうわさが広まった。

 

 もはや、ホワイトハウス館内に入ることはもちろん、周辺に近寄ることもできないほど、カラスの群れは増大し、FBIも乗り出すほどになっていた。政府は、ワタリガラスの一時的な行動だと判断していたが、一般市民は増え続けるカラスに恐怖を抱き始めた。カラスが100羽ほどになったころ、DC警察は爆竹の爆音で追い払おうと試みたが、カラスは、その程度の音ではまったく驚かず、それどころか、アホ~、アホ~と大声を張り上げ、ホワイトハウスに近寄ってくる警官に襲いかかるようになった。

 

 これらのカラスの異常行動は、世界中に広まり、小さな子供たちにまで知れ渡る話題となったが、もはや、ホワイトハウスを真っ黒に覆い尽くすカラスの大群は、国家の一大事となっていた。ホワイトハウスに群がる原因が解明できず、また、カラスを除去する方法が見当たらなかったからだ。一時は、射殺する方法も考えられたが、国際鳥獣保護団体からの猛烈な非難を懸念し、政府は、やむなく穏便に除去する方法を模索し続けた。だが、結局、妥当な方法を見出せなかった。

ついに、政府はさじを投げ、世界各国にカラス除去の依頼を発信した。その内容は、速やかにカラスを除去したものには、100万ドルの報奨金を支払うと言うものだった。日本円にして、約1億2千万円と言う大金だった。その大金を目当てに多くの鳥類学者は、われこそはと名乗りを上げて、カラスが嫌う超音波、音、光、匂い、で除去しようと試みたが、そのような既存の方法では、大群のカラスたちはびくともしなかった。

 

 集団的自衛権をもとにアメリカ政府は、日本にカラスの除去支援を求めた。日本政府は、自衛隊をホワイトハウスに派遣し、米軍と協力してカラスの捕獲に乗り出したが、賢いカラスは、軍隊がやってくるとヒラ~リ、ヒラーリと舞い上がり、オバカ~、オバカ~と軍隊をあざ笑い、捕獲作戦は大失敗に終わった。このままだとカラスにアメリカが乗っ取られると恐れた政府は、カラスを食肉とする立法に乗り出した。だが、この法案は、最終手段であって、あくまでも、穏便にカラスを立ち退かせることを最優先した。

 

 軍隊によるカラス捕獲の失敗により民主党の支持率は急降下した。民主党が、次期大統領選を勝ち抜くためには是が非でもカラスの除去に成功しなければならなかった。日本政府においても、カラステロが国会議事堂で起こされるのではないかと警戒し、沢富警察庁長官を議長にテロ対策委員会を立ち上げた。また、全国の警察署にテロ対策プロジェクトを設置させた。

 福岡県警テロ対策プロジェクトメンバーに指名された伊達刑事と沢富刑事は、いつもの春吉橋近くの屋台でぼやき漫才をやっていた。「寒いときの熱燗は、最高だな~。でもな~、俺たちは、どうして、こんなについてないんだ。テロ対策に追いやられるとは。お前と組まされて、俺の出世が遠のいていくような気がする。貧乏神に取り付かれたというのか・・・」沢富刑事は、いつものぼやきが始まったと思い、うつむいてお湯割のグラスに口をつけた。

 

 伊達刑事は、いつものぼやきをつぶやいてしまったとほんの少し反省したのか、ポンと手をたたいてカラスの話題を持ち出した。「そう、ホワイトハウスのカラス、今では、世界的スターじゃないか。テロにカラスを使うとは、恐れ入った」沢富刑事もカラスの異常行動がまったく分からなかった。もし、テロだとすれば、何者かが電磁波を使ってカラスを呼び寄せているのではないかと思った。沢富刑事は、コンニャクを一口かじって、口をモグモグさせながら返事した。

 

 「まったく、不思議なカラスです。いったい、どうして、ホワイトハウスに群がったのですかね。いたずらにしては、大事件ですよ」テロと思っている伊達刑事は、グイッと熱燗の日本酒をのどに流し込み、叫んだ。「おい、あれを単なるいたずらと言うのか。あれは、間違いなくテロだ。きっと、民主党攻撃のテロに決まってる。戦争大好きの共和党の仕業だと俺はにらんでいる」

いつもの妄想が始まったと沢富刑事は思い、つぶやいた。「先輩、テロと決めつけるのは、勇み足になりませんかね。アメリカも日本も何か事件が起きるとテロだ、テロだ、と騒ぎますけど、偶然の出来事だってこともありますよ。あれだって、カラスの気まぐれかもしれませんよ。カラスのちょっとしたいたずらと考えてもいいんじゃないですか。ホワイトハウスがカラスのフンで臭くなったら、笑えるじゃないですか」

 

 あまりにも能天気な沢富刑事の話にゆで卵の黄身がのどにつかえ、ゴホ~、ゴホ~と大きなせきをした。「先輩、大丈夫ですか。ちょっと、冷えますからね」伊達刑事は、口に含んだお酒を喉にグイッと流し込み、卵の黄身を胃の中に流し込んだ。窒息死するかと冷や汗をかいた伊達刑事は、大きく深呼吸してあきれた顔で話しはじめた。「おい、お前は、どうしてそんなに気楽なんだ。今、アメリカは、テロ攻撃を食らってるんだぞ」

 

 沢富刑事は、タイショー、と声をかけてとグラスを差し出し、憮然とした顔で答えた。「あれがテロって言う証拠でもあるんですか?どんな方法でカラスを呼び寄せているって言うんですか?何かあるとテロって言いますが、ほとんどの場合、確かな証拠はないんですよ。マスコミは、事件を大きくして、金儲けしているだけじゃないですか。あんなのは、マスコミが仕組んだいたずらですよ。でも、カラスを呼び寄せる方法を知っている者がいるってことですよね」

 

春日信彦
作家:春日信彦
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