Hello from Dogwood Lane 1

How do you zoo?

殿がお友達から動物園での催し(How do you zoo?)にさそわれた。
5歳以上の子供たちを集めて動物園の飼育係、獣医さんなど、動物園で働く人達の仕事を擬似体験するということ。お友達のお母さんが、スクールのファンドレージングのオークションでチケットを買ったらしい。(30ドルとか)子供は10人以上集まっていた。
若は少し幼すぎて無理なので、私と若はその間外で動物を見て回っていたので、あんまりよく内容はわからないのだけれど楽しかったようだ。
実際に動物のいるところに連れて行ってくれて飼育係の裏の仕事などを見せてもらうのかなあ、と思っていたのだけれど、そうではなかったみたいだ。

若とポップコーンを食べながらのんびりベンチで休んだりするのも楽しかった。
若はポップコーンをすずめに投げると、競い合って食べるのを見るのが楽しくてしょうがないらしく、私がポップコーンを食べると手でふたを押さえて「ママ、たべないでえ」と言ってくる。すずめにやる分が減ってしまうということらしい。

11時過ぎからは殿と若を連れて動物園を一回りした。
外ではチータをみたり、シマウマをみたり。チータの子供は先月よりも大きくなっていた。

今日は珍しく行列がなかったので、室内でパンダを見た。ものすごい勢いで笹の葉を食べていた。とにかく狂ったように。家の裏庭に近所の竹が進入してきて困っているので、子供たちと「パンダに来てもらいたいね。」と話した。
外にでると行列が途方もなく長くなっていたので、とても運が良かったみたいだ。
DSCN1625_2.jpg DSCN1587_2.jpg 室内だとどうしても写真がぶれてしまう。うまく撮れる方法ってないのかなあ。

殿が爬虫類を見たいというのでそのあとは爬虫類の建物に行った。
カモフラージュしているものが多いので、どこにいるのかな、と探すのがとても楽しい。爬虫類は臭わないのでよろしい。
DSCN1640.jpg DSCN1642.jpgイグアナ

DSCN1651.jpg爬虫類の後は「小さい哺乳類」の建物に行きハリネズミとか不思議な小さいさるをみて、その後疲れた体に鞭打って(子供たちが見たいというので)ゾウやキリンをみて3時に動物園を出た。

今日は初めてFonz(会員Friend of the National Zoo)になった。家族会員は1年で40ドルなのだけれど、会員になると駐車代が無料になるし(1回12ドル)ショップでは20%引き。誕生会なんかにも利用できる。
この動物園はスミソニアンなので入場用は無料。来るたびに子供たちが本当に喜ぶのでもっと頻繁に来たいなあと思う。家から20分足らずなのになかなか時間を見つけることができない。たまには会員という形で貢献するのもいいかなと思った。

子供達も私もかなり歩いたのでくたくたに疲れて4時から7時近くまで昼寝をしていた。私も1時間半ぐらい昼寝をした。

夫友人の来訪

サンフランシスコの夫の友人(サンジョイ)が、彼のお父さんを訪ねて近くに来ているということで、夜招いて食事を一緒にした。
サンジョイはインドからの移民だ。少年の時にアメリカに来たらしい。お父さんはメリーランド大学で物理の教授をしていたということ。75歳になって、少し弱くなってきているのでサンフランシスコから訪ねて様子を見に来ているということだ。

彼自身は政治学のPhDをイエールでとって、今はサンフランシスコの大学で教えている。夫がまだNYに住んでいるころ友達を通じて知り合ったようだ。
95年に彼と奥さん(インド出身)が彼の御両親のところを訪ねているときに私達もサンジョイに会う機会があった。奥さんはとても感じのいい人で、自然にいろいろな話ができる人だった。近くに住んでいたら、仲良くお付き合いするだろう、というタイプの人。
その後2000年に急にその奥さんが亡くなった。インフルエンザのような症状が4,5日続いたあと、ある朝息をしていなかったという。6歳の女の子と3歳の男の子を残して。
サンジョイは今思うと多分Meningitis(髄膜炎)で、症状がはっきりしなかったのかも、と言っていた。
奥さんのお母さんや妹さんがサンフランシスコに住んでいたので、奥さんが亡くなった後はいろいろと手伝ってもらったらしい。今日その話を詳しく聞いたときには私も涙がでた。

そして、その後2年ぐらいたってから、サンジョイは下の男の子のプリスクールのクラスメートのお母さんと親しくなり、今は再婚している。
今の奥さん(アリスン)には前の結婚でもうけた女の子がいるので子供は11歳の女の子と8歳の女の子と男の子だということ。
アリスンの両親も離婚していて、お父さんの方は3回も離婚、結婚を繰り返しているらしく、子供たちは6組のgrandparentsがいるらしい。真ん中の奥さん(アリスンの義母)は離婚後はゲイになり、いまはレズビアンのパートナーがいるのだそう。
聞いていて、「これぞサンフランシスコ!」とうなってしまった。
子供たちはそれなりに仲良くしていて、それぞれの家族ともなかなかうまくいっているらしい。
私自身は6歳に父を亡くしていて、精神的な打撃は並大抵ではなかったので、サンジョイの娘さんが、お母さんのいない生活そのものに適応したり、今度は新しいお義母さんに慣れたりとストレスが随分あったのではないかと思うと私も胸がきゅんとなる。(当時3歳だったという弟の方はたぶん憶えていないだろう。)

子供がいて離婚した人と再婚するということは人間関係、家族関係が当然複雑になってくるけれど、それを乗り越えでも再婚してやっていこうという気持ちになれる人にめぐり合えたのはよかったなあ、と思った。

10年の間にサンジョイ一家は本当にいろいろなことを経験したのだなあ、と思った。人生、どういう転換が待っているかわからない。

自分たちより大きい子供がいて、子育てを少しさきに経験している友人から話を聞けるのはとても楽しい。
サンフランシスコに来たときには泊まっていってね、と言ってくれた。

夫は私に比べると常に連絡をとっている友達の数は圧倒的に少ない。でも夫の友達は皆感じの良い人常識的な人ばかりで、例外なく楽しい人たちなので私も会うのを嬉しく思う。

今日のメニュー
オクラとかに、海老のガンボ(スープ)とても美味しかったのだけれど、見た目が悪いので写真はなし。
Clay Potで夏野菜のラタトイユ
Clay Potでチキンの丸焼き(オレンジソース)
トマトとバジル(バジルはうちの庭先の)写真はなし。
デザートは出張前に作って冷凍しておいたシュークリームとにんじんケーキ。
DSCN1563.jpg DSCN1565.jpg DSCN1371.jpg

Mr. Yoshida's Marinade & Cooking Sauce

ミスター吉田のソース、いい具合です。

鶏のモモ肉を焼き付けて最後に少し入れて煮詰めたり、ミートボールをソースで煮込んでみたり。

ポットラックパーティーにミートボールの煮込みを持っていきましたが、何人もの人に美味しいといわれました。少しだけ片栗粉で最後にとろみをつけてみました。
コスコのミートボールにMr. Yoshidaのソースだ、と言うと「なんだ、家族秘伝のミートボールかと思ったのに」なんて言われたり。

先日のパーティーではバーベキューをしてくれたホストがサーロインステーキを吉田のソースと白ワイン、しょうがに漬け込んでおいたと言っていました。美味しかったです。
ちょっと一工夫というのもいいのでしょうね。

1.9リットルはすごいですが、同僚にも少し押し付けたので(500ml)やっと半分になってくれました。順調といえるかも。
ただ、かなり甘めなので甘めの照り焼きが好きでない人には向いていないでしょう。


アイススケート

殿の6週間のアイススケートのレッスンが終った。4週目にも簡単なテストがあって評価をもらってきたのだけれど、最終日にも先生からのレベルチェックがあった。6週間で2つのクラス分をマスターしたとかで、飛び級をしてこんどはアルファとかいうクラスに入る。もうここでは足をクロスさせたりを習うらしい。先生からは"It was delightful to teach him!"教えるのが楽しい子供だった、というようなコメントをもらった。殿は先生を含めた大人にものすごくうけがいいのだ。

私は殿のクラス中に2回ほど個人のインストラクターに教えてもらって、以前はできていた足のクロスをもう一度できるようにしてもらい(他力本願)、バックでクロスする方法を習い始めた。ちなみに私自身ははアルファのひとつ上のベータというクラスのレベルらしい。

スケートはとても高くつくスポーツだ。私のコーチは15分で20ドル、30分で40ドル。その他にリンク代(6ドル)も払う。これでは毎週のレッスンは無理だ。
私はいちおうスケートを持っているのでレンタルは払わないけれど、靴のない人はレンタル代も払わなくてはならない。私のコーチによると私のスケート靴は「このスケートでここまで滑れるなんて快挙」という代物。
スケート靴は本来は固くて足をサポートする必要があるのだけれど、私のはやわらかすぎて皮にしわがよったりしているのだ。特に古びてみえるわけではない。アメリカのレンタルスケートは例によって私の足には全く合わず(私は足の幅も広く、厚いので)、痛いだけなのでこのよれよれの靴に頼っている。幅もきっちり計ってもらってオーダーしなくてはならないかな、と思っている。

私は自分の好きなことなら基本的にこつこつ繰り返して練習したりするのはぜんぜん苦にならない。それがとても楽しい。そうやって英語も学んだし、編み物やお裁縫なども結局おんなじようにこつこつ練習しながら身につけた。
ただ、スポーツ系に関してはテニスも、ダンス(ジャズ)もスケートも本当に中途半端だった。小さい頃どうしても習いたかったバレエを習えず、母親から「ちょこは体が弱いのだ」と言われ続けてきたので、スポーツは得意でない、と思い込んでいた。だからテニスもダンスも「私でもできる」と思いながらやっていたというよりも、「できないけれどやってみたいな」と思いながら少しだけかじるということしかできなかった。

でもよく考えてみたら、かけっこも結構早かったし(リレーの選手だったし)、アメリカの大学では瞬発力のテストをしたら、フットボール選手の次に早かった。
今のスケートのコーチからは「昔スポーツ選手だったでしょ?」などといわれた。(これはアメリカ人特有の人を褒め上げて上手にする、ということの一環だと思うので話半分として聞いておくけれど。)
もしも、「ちょこもできる、できる」と言う風に誰かが応援してくれていたら、全く違う人生を歩んでいたかもなあ、なんて思ったりもする。

運動を習慣にできるようにしておくと大人になってからでも楽しみがあるし、もちろん体にも良いので、子供たちには機会をなるべく与えたいなあと思う。

ちなみに、私程度のすべり具合では、全く有酸素運動になっていないので(足の筋力トレーニング程度)これではエクササイズにはあんまりなりません。

R.Haddon
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