長生きしてね

 横山は、幸太郎の頷く姿を確認すると話しを続けた。「そこで、いかにして、温泉にお客を呼び込むかですが、温泉といえば、女性客ではないでしょうか」幸太郎は、う~と頷き、腕を組んだ。横山の理路整然とした話に、リノは、度肝を抜かれ、同じ年齢のJKとは思えなかった。「そこで、女性客の集客方法として、婚活イベントをやります。その内容は、詳しくここに書いています。簡単に言えば、合コンをやります。合コンでカップルが誕生すれば、評判になり、全国から若い男女が集まってくると思うのです」幸太郎は、すばらしい提案に感銘し、何度も頷いた。

 

 「さらに、合コンだけでなく、女性心理を利用した施策があります。女性は、イケメンで、金持ちで、浮気をしない男性を理想としています。ご存知のように、縁結びの出雲大社に全国から祈願にやってきます。そうなんです。女性は、信じると盲目になるのです。そこで、この旅館にも、女性を信じ込ませる御神体を作るのです」幸太郎は、さすが天才と頷いたが、女性が信じ込む御神体とはどんなものか、と思った。「横山さん、ここは温泉で、神社じゃないですよ。新興宗教のような危険なことはやれません。勝手に御神体を作っては、詐欺になります。それだけは、できません」幸太郎は、ヤバイことは避けたかった。

 

 リノの顔は、真っ赤になっていた。“サシハラ教”でも作る気ではないかと、どきどきする胸をそっと押さえた。「心配はありません。新興宗教じゃありません。御神体とは、女性が良縁を祈願すれば、願いがかなうという尊い物です」横山は、少し間を置いた。幸太郎は、じっと、固唾を呑んでどんな御神体かを待った。横山は、幸太郎を見つめるとつぶやいた。「それは、巨大ペニスです」胡坐をかいていた幸太郎は、驚きのあまり、後ろにひっくり返ってしまった。脳溢血で死んでしまったのではないかと思ったリノは、すばやく、幸太郎に駆け寄って、肩をゆすった。「大丈夫、おじいちゃん」リノが声をかけると、幸太郎は、漏れるような息をしていた。

 静かに起き上がった幸太郎は、しばらく黙っていた。リノは、卑猥な名案に困惑し、質問した。「それって、警察に捕まるんじゃない」横山は、その答えを準備していた。「わいせつ罪には、当たらないわ。巻堀神社には、金属製の巨大ペニスが祀られているし、大沢温泉、蒸ノ湯温泉などのように、巨大ペニスが置かれた有名な温泉があるの。さしはら温泉では、大浴場の真ん中に2メートルほどの巨大ペニスを置き、入浴する女性は、両手を合わせて良縁を祈願します。合コンでカップルができると、ペニス祈願で成功したと信じ込むのです。いかがですか」横山は、必ず成功すると言う確信があった。

 

 リノは、卑猥なものは嫌いで、巨大ペニスなんかで有名になっても、女性客が増えるとは思えなかった。リノが反対の意見を述べようとしたとき、ポンと手を叩いた幸太郎が話し始めた。「確かに、これは名案だ。巨大ペニスか。どうやって作ればいいのかな」幸太郎は、さっそく作る意見を述べた。横山は、どこに注文するかも段取りをつけていた。「信楽焼きです。すでに、作ってくれる製作所も手配しました。注文すれば、一ヶ月で、できるそうです」横山は、賛成を見込んで、製作所を手配していた。

 

 「ほ~、信楽焼きか。なるほど、巨大タヌキじゃなくて、巨大ペニスというわけか。これは、面白い。うまく行けば、世界中から、エロい女性がやってくるかもしれん」腕を組んだ幸太郎は、マジになって頷いた。ゆう子とリノは、冗談のように思えたが、幸太郎のマジを見ていると、本当に巨大ペニスを作る気でいるように思えた。「おじいちゃん、本当に、あれを作る気なの。ちょっと、恥ずかしくない。止めてたほうがいいんじゃない」リノは、乗る気ではなかったが、幸太郎は、本気モードに入っていた。

 「いや、奇跡が起きるかもしれん。やってみる価値はある。さっそく注文しよう。わしは、滋賀の製作所に注文に出かけることにする。その製作所を教えてください」幸太郎は、横山を見つめ、尋ねた。横山は、即座に答えた。「ハイ、製作所の住所、電話番号、ホームページは、ここに記しています」そして、横山は、名案について書かれた5枚の書類の入った封筒を幸太郎に差し出した。幸太郎は、両手を合わせ、頭を下げ、御神体を受け取るかのように、横山から封筒を両手で受け取った。

 

長い家出

 

幸太郎は、決意新たに旅に出ることにした。511日、幸太郎は、置手紙を残し、日の出前に秘かに出立した。その日、清子が、いつものように朝食を幸太郎の部屋に運んで行ったとき、和室のテーブルの上に置かれた封筒を発見した。清子は、幸太郎を探したが、どこにも見当たらなかった。封筒と朝食をキッチンに持ち帰った清子は、封筒から便箋を取り出し、目を通そうとしたとき、リノがパジャマ姿でキッチンに現れた。

 

「おじいちゃん、見なかった」清子は、リノに聞いてみた。乳首は飛び出していたが貧乳に悩んでいるリノは、両脇から胸の中央に脂肪を押しやるバストマッサージをやりながら、適当に返事した。「おじいちゃん、いないの?散歩じゃない?」幸太郎は、朝食後に毎朝散歩に出かけていた。「散歩は、食べてからでしょ。部屋に、いないのよ。あ、そう、テーブルに手紙が置いてあったのよ、これ」清子は、手に持っていた便箋をリノに見せた。

リノは、ちらっと見て、訊ねた。「なんて書いてあるの?」まだ手紙を読んでいなかった清子は、リノに手渡した。「リノ、ちょっと読んでみて」リノは、便箋を受け取り、ぼんやり文字を眺めた。しばらく、目を通していると清子が声をかけた。「声を出して読んでみて」

清子は、マテ茶パックが入ったティーポットにお湯を注ぎ、波佐見焼きの湯飲みにお茶を注ぐとリノの前に差し出した。清子も湯飲みを手にして、リノの正面に腰掛けた。リノの口が動き始めると、小さな声が流れ始めた。

 

 清子、リノ、明、おはよう。気分転換に旅に出ることにした。こっそり、家を出るのは、なんとなくスリルがあって、やみつきになった。先日は、リノのお友達と楽しい会話ができて、忘れることのできない思い出を作らせてもらった。リノにはもったいないようないいお友達がいることを知って、おじいちゃんは安心した。あんなにいいお友達ができると言うことは、リノも捨てたもんじゃないということだ。自信を持って、生きていくがいい。

 

 新太郎が亡くなって、さぞ、みんなはつらかったろう。さらに、信介との再婚もうまく行かず、きっと、つらい毎日だったと思う。リノが家出したとき、おじいちゃんは、死にたいほど悲しかった。でも、清子は、もっとつらかったに違いない。清子がやせていく姿を見ていると、再婚を勧めた自分を責めたが、どうすることもできなかった。信介の浮気が発覚したとき、清子は、家族のために自分を犠牲にしてくれた。さすが、わしの子だと感じ入った。

春日信彦
作家:春日信彦
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