長生きしてね

「おじいちゃんは、若いときからぼんぼん育ちだから、道楽者なのよ」リノは、おじいちゃんが大好きだったが、金遣いが荒いと思っていた。「横山、すぐにおじいちゃん、来るから、名案を聞かせてあげて。それを聞いて、気持ちが変わるといいんだけど」三人は、和室のテーブルを挟み正座しておじいちゃんを待った。しばらくすると、女中の綾乃がお茶を運んできた。綾乃は、ゆう子を見て声をかけた。「ほんと、カワイイ。グラドルのゆう子さんね。私にもサインしてください」綾乃は、小さなお辞儀をすると、部屋を出て行った。

 

 綾乃と入れ替わりに幸太郎が入ってきた。「待たせたな。はるばる、こんな山奥まで足を運んでいただいて、恐縮です」幸太郎は、床の間側に正座して、軽くお辞儀をした。リノがさっそく、口火を切った。「横山、名案を聞かせて」リノは、身を乗り出し、目を大きく見開いた。横山は、ワードで作った書類を封筒から取り出し、読もうとしたが、あまりにも話が長くなると思い、ポイントだけを話すことにした。「ここに、名案のきっかけから、具体的な施策まで書いてきたんですが、とりあえず、ポイントを話します。いいでしょうか?」横山は、結論の施策を早く伝えたかった。

 

 幸太郎は、一刻も早く、施策を聞きたかったと見えて、ポンと手を叩き、返事をした。「結構ですよ。施策を聞かせていただければ、それで結構です」幸太郎の鼓動は、激しくなり、血圧までも上がっているようだった。リノは、幸太郎の高血圧を心配して、声をかけた。「大丈夫、興奮しちゃダメ。落ち着いて」幸太郎の興奮が少し収まったのを感じ取ると、横山は話し始めた。「それでは、順を追って話します。今、どの業界も不況です。その中でも、レジャー産業では、多くの倒産が出ています。雲仙や別府でも、多くの旅館が廃業に追い込まれています」幸太郎は、かなり産業界を分析し、施策を練っていると感じた。

 横山は、幸太郎の頷く姿を確認すると話しを続けた。「そこで、いかにして、温泉にお客を呼び込むかですが、温泉といえば、女性客ではないでしょうか」幸太郎は、う~と頷き、腕を組んだ。横山の理路整然とした話に、リノは、度肝を抜かれ、同じ年齢のJKとは思えなかった。「そこで、女性客の集客方法として、婚活イベントをやります。その内容は、詳しくここに書いています。簡単に言えば、合コンをやります。合コンでカップルが誕生すれば、評判になり、全国から若い男女が集まってくると思うのです」幸太郎は、すばらしい提案に感銘し、何度も頷いた。

 

 「さらに、合コンだけでなく、女性心理を利用した施策があります。女性は、イケメンで、金持ちで、浮気をしない男性を理想としています。ご存知のように、縁結びの出雲大社に全国から祈願にやってきます。そうなんです。女性は、信じると盲目になるのです。そこで、この旅館にも、女性を信じ込ませる御神体を作るのです」幸太郎は、さすが天才と頷いたが、女性が信じ込む御神体とはどんなものか、と思った。「横山さん、ここは温泉で、神社じゃないですよ。新興宗教のような危険なことはやれません。勝手に御神体を作っては、詐欺になります。それだけは、できません」幸太郎は、ヤバイことは避けたかった。

 

 リノの顔は、真っ赤になっていた。“サシハラ教”でも作る気ではないかと、どきどきする胸をそっと押さえた。「心配はありません。新興宗教じゃありません。御神体とは、女性が良縁を祈願すれば、願いがかなうという尊い物です」横山は、少し間を置いた。幸太郎は、じっと、固唾を呑んでどんな御神体かを待った。横山は、幸太郎を見つめるとつぶやいた。「それは、巨大ペニスです」胡坐をかいていた幸太郎は、驚きのあまり、後ろにひっくり返ってしまった。脳溢血で死んでしまったのではないかと思ったリノは、すばやく、幸太郎に駆け寄って、肩をゆすった。「大丈夫、おじいちゃん」リノが声をかけると、幸太郎は、漏れるような息をしていた。

 静かに起き上がった幸太郎は、しばらく黙っていた。リノは、卑猥な名案に困惑し、質問した。「それって、警察に捕まるんじゃない」横山は、その答えを準備していた。「わいせつ罪には、当たらないわ。巻堀神社には、金属製の巨大ペニスが祀られているし、大沢温泉、蒸ノ湯温泉などのように、巨大ペニスが置かれた有名な温泉があるの。さしはら温泉では、大浴場の真ん中に2メートルほどの巨大ペニスを置き、入浴する女性は、両手を合わせて良縁を祈願します。合コンでカップルができると、ペニス祈願で成功したと信じ込むのです。いかがですか」横山は、必ず成功すると言う確信があった。

 

 リノは、卑猥なものは嫌いで、巨大ペニスなんかで有名になっても、女性客が増えるとは思えなかった。リノが反対の意見を述べようとしたとき、ポンと手を叩いた幸太郎が話し始めた。「確かに、これは名案だ。巨大ペニスか。どうやって作ればいいのかな」幸太郎は、さっそく作る意見を述べた。横山は、どこに注文するかも段取りをつけていた。「信楽焼きです。すでに、作ってくれる製作所も手配しました。注文すれば、一ヶ月で、できるそうです」横山は、賛成を見込んで、製作所を手配していた。

 

 「ほ~、信楽焼きか。なるほど、巨大タヌキじゃなくて、巨大ペニスというわけか。これは、面白い。うまく行けば、世界中から、エロい女性がやってくるかもしれん」腕を組んだ幸太郎は、マジになって頷いた。ゆう子とリノは、冗談のように思えたが、幸太郎のマジを見ていると、本当に巨大ペニスを作る気でいるように思えた。「おじいちゃん、本当に、あれを作る気なの。ちょっと、恥ずかしくない。止めてたほうがいいんじゃない」リノは、乗る気ではなかったが、幸太郎は、本気モードに入っていた。

 「いや、奇跡が起きるかもしれん。やってみる価値はある。さっそく注文しよう。わしは、滋賀の製作所に注文に出かけることにする。その製作所を教えてください」幸太郎は、横山を見つめ、尋ねた。横山は、即座に答えた。「ハイ、製作所の住所、電話番号、ホームページは、ここに記しています」そして、横山は、名案について書かれた5枚の書類の入った封筒を幸太郎に差し出した。幸太郎は、両手を合わせ、頭を下げ、御神体を受け取るかのように、横山から封筒を両手で受け取った。

 

長い家出

 

幸太郎は、決意新たに旅に出ることにした。511日、幸太郎は、置手紙を残し、日の出前に秘かに出立した。その日、清子が、いつものように朝食を幸太郎の部屋に運んで行ったとき、和室のテーブルの上に置かれた封筒を発見した。清子は、幸太郎を探したが、どこにも見当たらなかった。封筒と朝食をキッチンに持ち帰った清子は、封筒から便箋を取り出し、目を通そうとしたとき、リノがパジャマ姿でキッチンに現れた。

 

「おじいちゃん、見なかった」清子は、リノに聞いてみた。乳首は飛び出していたが貧乳に悩んでいるリノは、両脇から胸の中央に脂肪を押しやるバストマッサージをやりながら、適当に返事した。「おじいちゃん、いないの?散歩じゃない?」幸太郎は、朝食後に毎朝散歩に出かけていた。「散歩は、食べてからでしょ。部屋に、いないのよ。あ、そう、テーブルに手紙が置いてあったのよ、これ」清子は、手に持っていた便箋をリノに見せた。

春日信彦
作家:春日信彦
長生きしてね
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