私のようには絶対に成るな

俺はこれから、世界を救うために死のうと決めた!


予め決まった台詞があるかのように、聞いていた人たちは一斉に反対し始めた。
まるで自分たちはこんなに人の命を大事に考えているんだ、と言わんばかりに。


だとしたら、一体どうすれば良いと言うんだ!


この世界では空が毎日少しずつ落ちてくる。
その度にどこかが押し潰されて、だんだん世界が狭くなっている。


それを止めるためには、誰かがこの世界で一番高いケッケル山の頂上に登り、空との間に挟まれなければならない。
まだ誰も犠牲になることを引き受ける人が現れない。
だから未だに空が落ちてくるのは止まっていない。


俺にすれば自分が犠牲を引き受けもせず、このまま世界が滅ぶのを黙って待っていることこそとんでもない話だ。


その夜時間をかけて話し合って、みんなやっと納得してくれた。

妻のトラノに言った。

「頂上の近くまで一緒に来てくれないか?」


トラノは涙を拭きながら言った。

「一緒に行くよ。
ケッケル山に登ること自体はそんなに大変なことじゃないし、近くの子供たちにもあなたの勇姿を見届けてもらいましょう」


誰かの声がした。

「そんなことをしたら、子供たちは二度と立ち直れないくらいのショックを受けるんじゃないか?」

「挟まれるところ自体ははっきりとは見えないから、余計な心配はしなくて良いよ」

「そうだよ」


誰かの声に続いて、他の人が次々に声をあげた。

「じゃあ、子供たちにも付いて行ってもらうぞ」


外に出ると、もう日が登っていた。

ケッケル山に登る日が来た。

空が大きくうねっていて、今日も少しは落ちてくることだろう。


トラノと、十二歳の少年メイヤと、十歳の少女テイナと、六歳の少年ライと一緒に山道を登り始めた。


歩いていると、メイヤが言った。

「ねえ、ペリダンはこの山と大空に挟まれて死ぬの?」

「うん。。。そうだよ。でも、何も悲しむ必要は無いんだ」


ライが言った。

「俺も大きくなったら、おじさんのように世界のために死ぬ人に成る!」


黙っていられず、俺は言った。

「駄目だよ!

世界のために死ぬなんて、本当はすごく惨めでみっともないことなんだ。

誰かが引き受けなければならないから俺がやることにしたけど、こんなことはもうあってはいけないし、絶対に自分から望んではいけないんだ!」


山道を歩くほど空が近付いてきているのが分かった。

みんなはだんだんと言葉を発しなくなった。


この日の晩は途中でテントを張って寝た。

頂上まではあと少しだ。

次の日、最後の朝食を済ませると歩き始めた。

子供たちは何か重たい物を引きずっているかのように、ゆっくりと付いてきた。

トラノはテントを張った所の簡単な片付けを済ませてから、追いかけてくることになっている。


もう頂上がそこに見えている。

俺は子供たちに言った。


「お前たちどうした、歩くのが遅すぎるぞ。

さあ、頂上まで誰が一番早いか競争だ!」


テイナが言った。

「ええ、頂上に入ったら空が落ちてくるんじゃないの?」

「ああ、大丈夫だ。ただ頂上に行くだけじゃなくて、ある儀式をしないと空は落ちてこないんだ」

「そっかぁ」

「ほら、頂上からは空の外側に何があるか見えるそうだから。

こんな時だけど、普段は絶対に見られないからさあ」


道は緩やかな上り坂になっている。

子供たちは小走りに登って行った。


しばらくして、テイナが最初に山頂に着いたようだ。

テイナはそこから懸命に上を眺めている。

背伸びして、空をカーテンのように掴み、じっとその奥を見た。

空全体にテイナの笑顔が移った。

次の瞬間、もの凄く怯えた表情に変わった。

テイナは山頂にある窪みに落ちた。


同時にもの凄い音がした。

まるで世界中の物がガラスで出来ていて、それら全てが一気に壊れたかのような。

空が山頂に落ちてきたのだ。

しばらく世界全体が揺れ続けた。

その揺れが止まった時、空ももううねることが無くなりピタリと止まった。


頂の方を見ると、テイナがどうなっているかは全く見えない。


トラノがやってきて、俺の顔を見るなり、力一杯頬をぶった。

「あんた、わざとやったでしょう!?」

「誰かがこれをやらないと、世界が滅びるんだよ」

「言い訳しないで!

テイナは挟まれて死んだ。

殺したのはあなただからさあ!」


それならどうしろと言うんだ。

「ペリダン、テイナをわざと殺したの?」


見ると、メイヤとライがこっちを見ている。

「世界のために死ぬのは惨めでみっともないこと、でも誰かがやらないと世界は滅ぶから俺が引き受ける、と言ったじゃないか!嘘だったのかよ!?」

「子供に何が分かると言うんだ」


俺は言った。

「もう絶対に元には戻せないんだ。とにかく帰るぞ!」

「ちゃんと説明しなさいよ!」

「じゃあ、俺が死ねば良かったのか。お前は俺との子供を産みたくなかったのかよ!?」


トラノは何も応えられなかった。

みんなは俺に連られて早足で山を下っていく。

そのとき、ウーッと言う不気味な声がした。


急いでいて、子供が尻尾を踏んでしまったらしい。

ヒョウがメイヤの方を睨みつけている。

どうしよう。

鴨坂 科楽
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