次の日、最後の朝食を済ませると歩き始めた。
子供たちは何か重たい物を引きずっているかのように、ゆっくりと付いてきた。
トラノはテントを張った所の簡単な片付けを済ませてから、追いかけてくることになっている。
もう頂上がそこに見えている。
俺は子供たちに言った。
「お前たちどうした、歩くのが遅すぎるぞ。
さあ、頂上まで誰が一番早いか競争だ!」
テイナが言った。
「ええ、頂上に入ったら空が落ちてくるんじゃないの?」
「ああ、大丈夫だ。ただ頂上に行くだけじゃなくて、ある儀式をしないと空は落ちてこないんだ」
「そっかぁ」
「ほら、頂上からは空の外側に何があるか見えるそうだから。
こんな時だけど、普段は絶対に見られないからさあ」
道は緩やかな上り坂になっている。
子供たちは小走りに登って行った。
しばらくして、テイナが最初に山頂に着いたようだ。
テイナはそこから懸命に上を眺めている。
背伸びして、空をカーテンのように掴み、じっとその奥を見た。
空全体にテイナの笑顔が移った。
次の瞬間、もの凄く怯えた表情に変わった。
テイナは山頂にある窪みに落ちた。
同時にもの凄い音がした。
まるで世界中の物がガラスで出来ていて、それら全てが一気に壊れたかのような。
空が山頂に落ちてきたのだ。
しばらく世界全体が揺れ続けた。
その揺れが止まった時、空ももううねることが無くなりピタリと止まった。
頂の方を見ると、テイナがどうなっているかは全く見えない。
トラノがやってきて、俺の顔を見るなり、力一杯頬をぶった。
「あんた、わざとやったでしょう!?」
「誰かがこれをやらないと、世界が滅びるんだよ」
「言い訳しないで!
テイナは挟まれて死んだ。
殺したのはあなただからさあ!」
それならどうしろと言うんだ。
「ペリダン、テイナをわざと殺したの?」
見ると、メイヤとライがこっちを見ている。
「世界のために死ぬのは惨めでみっともないこと、でも誰かがやらないと世界は滅ぶから俺が引き受ける、と言ったじゃないか!嘘だったのかよ!?」
「子供に何が分かると言うんだ」
俺は言った。
「もう絶対に元には戻せないんだ。とにかく帰るぞ!」
「ちゃんと説明しなさいよ!」
「じゃあ、俺が死ねば良かったのか。お前は俺との子供を産みたくなかったのかよ!?」
トラノは何も応えられなかった。
みんなは俺に連られて早足で山を下っていく。
そのとき、ウーッと言う不気味な声がした。
急いでいて、子供が尻尾を踏んでしまったらしい。
ヒョウがメイヤの方を睨みつけている。
どうしよう。
そのとき、トラノがメイヤの前に立ちはだかった。
ヒョウはトラノに何度も噛み付いた。
やがてヒョウはその場から去っていった。
トラノは血まみれになり、もう動かなかった。
彼女はもう諦めて下りるしかない。
俺は自分の身代わりにテイナを死なせた。
なのに、トラノはメイヤの身代わりになって死んだ。
やっぱり、俺が山に挟まれて死ねば良かったのに。
トラノが死んだのも俺のせいだ。
もう死んでしまいたい。
「ペリダン酷いじゃないか」
「そんなことするから、トラノも死んじゃったよ!」
メイヤに連られてライも言った。
俺は二人の顔を睨みつけると言った。
「やい!そのことは二度と口にするな」
「やだ」
「ペリダンが死なせたのに、おかしいじゃないか」
やっぱり子供たちは言うことを聞かない。
だが、俺には二人を無事に連れて山を下りる責任がある。
「いいか、弱い者は強い者の言うことを聞かないといけない。
世の中、そういう物だからだ。
どういうことかと言うと、俺の言うことを聞けないと言うなら置いていってやる!」
「そんな。。。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
彼らは口々に謝った。
ますます自分のことが嫌になった。
死ぬのは怖いけど、やっぱり俺も途中で自分で死のうか。
いや俺はテイナを死なせたけど、だからと言って自分が死ぬのはどうなのだろう。
死にたくない、せっかく親からもらった命なのに。
いやだからこそ、俺が空と山頂の間に挟まれるべきだったのではないだろうか。
繰り返しそんなことを考えた。
テイナが山に挟まれたことはみんな知っていることだろう。
下りたらみんな何と言うだろう。
とにかく今は子供たちを無事に登山口まで連れて行こう。
そのあと、俺にどんな罰が与えられても受け入れよう。
そう決めた。
夜遅くになり、村に下りた。
たくさんの人が迎えに来ていた。
メイヤとライは両親の所へ走っていく。
俺は周りの人の方に目をやった。
怒っている人がたくさん目につく。
中にはこちらを目がけてピストルを構えている者もいる。
そのとき、誰かが言った。
「ペリダン、よくやった!」