終末少女ハイネ×アリス 第1話:2人はセプテム・ハンター

4:宴の華


 宴会は、駐車スペースとしても使われているグラウンドで行われた。構成員たちは、焚き火を囲んで食欲の赴くままに暴飲暴食に奔走し、あちこちから頭の悪そうな笑い声や叫び声を響かせた。

 ジードはアリスを――まるで自分の右腕だと言わんばかりに――隣に座らせて上機嫌に酒をあおり、肉を貪る。それとは対照的にアリスは、酒には手を出さず、皿の料理を黙々と食べていた。

「どうだ、アリス。入ってすぐ幹部に抜擢された気分は?」

 聞かれ、口に含んでいるパンを喉に通す。「身に余る光栄、といった所だな」

「そうか。お前には期待しているぞ」言って酒瓶を上げ、一口分を口内に流し込む。「ふう――ところでアリス、盗賊を始めて何年になる?」

「2年ほどだな」

「ハイネとはいつから?」

「盗賊を始めてすぐ」

「きっかけは?」

 その問いかけにアリスは数秒ほど黙考した。「――1人じゃできない大きな仕事があって、たまたま一緒に組んだ。それからずっとだ」

「いつも2人で仕事を?」

「私は頭脳労働担当であいつは肉体労働担当だ。言うなればブルジョワとプロレタリア。ホワイトカラーとブルーカラーだな」

 分かりやすく、そして面白い説明にジードは「なるほどな」と笑う。

 そこへ不機嫌そうな表情を浮かべるハイネがアリスに近づいた。

「誰がプロレタリアだ、まったく」

「お前以外に誰がいる?」

「本当、いちいち嫌な奴だな」ぼやきつつ、アリスの隣に腰を降ろす。「しかしまあ、ファミリーにも入れて、取りあえずは順調だな」

「取りあえずはな」応え、グラスの中の水を飲み干す。「ここからが正念場だ」

 2人の会話にジードが割って入る。「そう、ここからだ。キンバライトファミリーの一員になったからには、精力的に働いてもらうぞ」

 応えたのはハイネだった。「心配すんなって。明日にでもあっと驚くほどの仕事をしてやるよ」

「頼もしいな。口先だけじゃない事を期待しているぞ」

 任せとけ、と言いたげに手を軽く振るハイネ。

 その時、1人の構成員――やはり育ちが悪そうなオーラを放っている――がハイネに近づいた。ほろ酔い気味なのか、顔は赤みを帯びており、足取りもどこか頼りなく、今にも手にした酒瓶を落としそうだった。

「おおい、新入りぃ。酌だ、酌をしろぉ」

 男の言葉――否、先輩の命令に対しハイネは一瞬だけ顔を向けたが、無視しようとすぐにそっぽ向いた。

 そんな後輩――今日入ったばかりの新入りの小娘の生意気な態度に男は、不快感を露にして声を荒げた。

「テメエ、それが先輩に対する態度かぁ? 調子に乗ってんじゃねぇぞお?」

 明らかに指先よりも気が短そうな男の威嚇にアリスは、心配そうに声をかけた。

「ハイネ、酌をしてやれ。ここまで来て面倒ごとはご免だぞ」

 言われ、ハイネは仏頂面を浮かべる。「分かったよ、やりゃ良いんだろ、やりゃよ」文句を垂れつつ立ち上がり、男の方を向いて酒瓶を受け取る。「で、グラスは?」

「はあ? グラスだあ?」顔面を近づけ、唾を飛ばす。

 酒と口臭の混じった酷い悪臭にハイネは思わず眉をひそめながらも言い返す。「酌して欲しいんだろ、だからグラスだ」

「テメエの口がグラスだよ」言って男は下卑た笑みを浮かべる。

「はあ!? 私の口だって!?」思わず素っ頓狂な声を上げるハイネ。

 明らかに嫌悪と拒絶でいっぱいの口調に対し、男は意図や空気も読まず一方的に話を続ける。

「どうだ、嬉しいだろ? ファミリーで最強を誇る俺様からの指名だぞ」

 調子の良い男の言にハイネは、無理やり作った笑みを浮かべながら手を震わせる。無意識の内に力が入り、酒瓶が僅かに悲鳴を上げる。

「ああ、嬉しいね――嬉しすぎて興奮してきたよ」

 いったい何に起因する興奮なのか――少なくとも男は、自分とキスできる事に対する興奮だと勝手に解釈した。根拠はもちろん、ファミリー最強の戦士からの指名という事実だ。

「だろ? ほら、遠慮せずにさっさとやれよ」言って男は、唇を尖らせてハイネの口移しを待った。

「そうか、なら遠慮無くやらせてもらうぜ」おもむろにハイネは男に近づいた。

 そして左手で後頭部を抑えると、右手に持った酒瓶の飲み口を男の口に突っ込んだ。ビンの飲み口は、男の前歯の一部を砕き、そのままの勢いで喉の奥に押し当てられた。

 突然の事に男は混乱し、突っ込まれた瓶を引き抜こうともがく。だが、少女とは思えぬ腕力で押さえつけられ、そのまま強引に顔を空に向けられ、酒を呑まされる。いや、呑まされるというよりも、喉元に直接流し込まれているという表現が正しい。口からは呑みきれなかった分がこれでもかといわんばかりにあふれ出ている。

 その光景にジードは面白そうな笑みを浮かべ、アリスは唖然としていた。

 酒瓶の中身を全部流し込むと、ようやくハイネは瓶を引き抜いて男を解放した。

 当の男は、激しく咳き込み、思わずその場にうずくまってしまった。そんな男を楽しそうに見下ろしながらハイネは言った。

「どうだ、私の酒の味は? 美味すぎて窒息しそうになっただろ?」

 ハイネの言葉に男は呼吸を整えつつ、見上げる。「テメエ、何しやがる!」

「酌をしてやっただけだろ? その様子だと気に入ってもらえたようだな」

「ふざけるな、このクソガキ!」怒鳴り、立ち上がると同時にハイネに殴りかかる。「ヒイヒイ泣かせてやらあ!」

 顔面に向けて突き出すストレートをハイネは難なく避ける。

 男は立て続けにフックやアッパーを繰り出すが、ハイネは余裕の表情を見せながら軽やかに避け、掠りもしない。

「遅い、動作がいちいち大振りだ。それとも派手な動きで役者でも目指してるのか?」

 挑発に男は激昂する。「なんだと、この!」

 力任せに右ストレートを繰り出すが、空気を切り裂くだけで無駄に体力を浪費していく。

 その時、ハイネが不意に叫んだ。「今だ、後ろがガラ空きだ!」

 後ろがガラ空きだ――その叫び声に男は、思わず後ろを振り向いた。だが、振り向いた先に見えたのは、燃え盛る焚き火と、遠巻きに眺めている仲間たちの姿だけだった。

 男は一瞬、困惑した。そして再び前を向いた時、目にしたのは、高らかと掲げた空き瓶を頭めがけて振り下ろすハイネの姿だった。

 バァンッというガラスの砕け散る音がする。辺りにガラス片が飛び散り、男は衝撃と痛みで身体をよろけさせてしまう。

 ハイネは、手に残っていた空き瓶の欠片を後ろに投げ捨てると、すかさず男に肉薄し、そのグローブで保護された握りこぶしを男の胴体に撃ち込んで行った。

 プロボクサーを思わせる、素早く絶え間ないラッシュ。それでいて一撃が重く、抵抗する気力を奪い取る。男は、ハイネのラッシュから逃れようと後ずさりするが、傍から見れば、逃れると言うよりも押されていると言う風に見えた。事実、ハイネは男の後退に合わせて前進し、距離を保っている。

 男の背後に焚き火が迫る。ハイネは、最後の一撃と言わんばかりに全力のストレートを男のどてっぱらに見舞う。瞬間、男は後ろに仰け反り、背中から焚き火に倒れこむ。

 背中を炙られ、男は凄まじいまでの熱さに悲鳴を上げ、炎から逃れるように転げまわる。

 構成員たちが騒然とする中、ハイネは余裕の笑みを浮かべながら口を開く。「だから言っただろ、後ろがガラ空きだってな」

 そこへアリスが怒りの表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

「ハイネ、このバカ! いったい何やってるんだ!」

 相方の叱責にハイネは悪びれた様子も無く答える。「ちょっと揉めただけだろ」

「揉め事は起こすなと言っただろうが! まったく、何考えてるんだ!」

「キーキー喚くなよ、文句ならあの酔っ払いに言え」煩わしそうな表情を浮かべるハイネ。

 反省の色を見せない相方にアリスが頭を抱えていると、ジードが声をかけた。

「随分と派手にやったな、ハイネ」

 言われ、ハイネは「まあな」と軽口を叩き、アリスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すまない、ボス。私の相方が暴れて」

 頭を下げる相方にハイネが横槍を入れる。「おい、アリス。いったい何やって――」

「良いから黙ってろ!」語気を荒げ、睨みつけるアリス。

 そんな2人のやり取りを見てジードが口を開く。「ハイネ、中々の見物だったぞ。今、お前が倒したのは、元格闘選手だった男だ。闘技場では何人もの相手を殺し、地元ではそれなりに名が知られていたほどだ」

「あの程度で有名人か? よほどマイナーな闘技場らしいな」

 ハイネの軽口にジードは笑う。「威勢は良いな。だが、調子に乗らない事だ。あまり度が過ぎると、それなりのペナルティを課す事になるぞ?」

「ペナルティ? ボーナスカットか? それともサービス残業?」

 減らず口を叩き続けるハイネの両肩をアリスが掴む。

「なんだよ、アリス」

「ちょっと話がある」言ってハイネを押して強引に歩かせる。「ボス、こいつにきつく言っておくから今日の事は見逃して欲しい」

 ボスは答える。「ああ、せいぜい教育を頼むぞ」

 了承を得てアリスは、ハイネを人気の無い場所へと歩かせた。


 2人を見送ったジードは、再び宴席に戻って酒をあおり始めた。構成員たちも先ほどの騒動など無かったかのように再び騒ぎ始める。

 燃え盛る焚き火を見つめながら、不意にジードはあの2人――ハイネとアリスの事を考えていた。

 今日の作戦会議で見せたアリスの参謀としての優秀さ。そして先ほど見せられた、ハイネの兵隊としての実力――そして何よりも、男を興奮させるあの魅力。単なる幹部では惜しい。幹部より更に上――側近、それも縁者など組織の運営に直接関わる地位に相応しいぐらいだ。

(片方を妻、片方を愛人――どちらかにファミリーの後継者となる俺の子を産ませる……)華やかで輝かしい未来にジードは、ほくそ笑んだ。

 ファミリーは今、ギルドに加盟しているといっても末端組織に過ぎず、使い走りも同然だ。だが、ジードとて現状に満足などしていない。いつか組織を大きくし、ギルドの中核に躍り出るつもりだ。そのためにも、2人のような人材が必要になってくるだろう。

 否、ひょっとするとこれは転機かも知れない。あの2人を迎え入れた事がきっかけで組織の急成長が始まるかもしれない――そんな運命めいたものさえ感じてしまう。

 ジードがそんな想像に耽っていると、アリスとハイネが戻ってきた。アリスにきつく言われたのだろう、ハイネの表情は弱気と疲労感で染まっている。

「今、戻った」

「その様子だとちゃんと躾もできたようだな」

 躾、と言う言葉にハイネは反応し、目を細めてジードを睨む。だが、すかさずアリスが制止させる。

「ハイネ、言ったばかりだろ」

 言われ、再び弱気の表情を見せ、ジードから視線を逸らす。

 そのやり取りを見てジードは満足そうに笑う。「暴れ馬の手綱はちゃんと握っているようだな」

「取りあえずは――ハイネ、先に休んでろ」

 その言葉に従ってハイネは黙って寝床へと向かった。


5:進撃のキンバライト


 夜が明ける。東の空から太陽が昇り、荒れ果てた大地を照らす。空は晴れ渡り、絶好の略奪日和といったところだ。

 100年前のこの時間帯、恐らくは元気な子供たちやチャイムの電子音が響き渡っていたのだろう。だが、西暦2100年の今、小学校のグラウンドに轟いているのは、バイクやトラックのけたたましいエンジン音と、人面獣心を絵に描いたような男たちの叫び声だった。

 襲撃に向けて構成員たちは準備する。バイクやトラックのエンジンをふかし、銃や弾薬を携帯する。ある者は興奮のあまり、空に向けて発砲を繰り返し、またある者は意味も無くバイクを走らせてドリフトを繰り返す。

 キンバライト・ファミリーの戦力は、構成員が約100名。車両は、荷台に幌を被せた4輪駆動の中型トラックが3台と多数のバイクだ。武器は、サブマシンガンなどピストル弾を使用する小型で扱いやすい物が中心となり、ライフルや機関銃などの大型銃火器は見当たらない。

 ハイネとアリスも準備を進めていた。ハンヴィーの荷台からM2――50口径(12.7ミリ)弾を使用する空冷式の重機関銃を持ち出し、それを車体上部の銃座に固定させる。

 個人装備も整える。だが、2人の装備は、多くの点で対照的だった。

 ハイネは、45口径(11.5ミリ)弾を使用するサブマシンガン、UMP45を携行する。右の太ももには、ピストルを収納するためのホルスターを装着する。ピストルは同じく45口径弾を使用するオートマチック――HK45だ。左の太ももには、サブマシンガン用のマガジンを装着させるためのベルトを巻く。ベルトには、4本の予備マガジンが固定されていた。そして腰にもベルトが巻かれ、ピストル用の予備マガジンが入ったポーチや刃渡り50センチほどのマチェット(鉈)を備えていた。

 一方でアリスは、リー・エンフィールドNo.4Mk-Ⅰというボルトアクションライフルを携える。ジャケットに隠れるように装備された左脇腹のホルスターには、45口径弾を使用するM1917リボルバー・ピストルを収納している。腰のベルトやそれを吊り下げるY字型サスペンダーには、革製のポーチなどが備えられ、その中に予備の弾薬などが収められている。

 ハイネが近接戦闘重視型なら、アリスは長距離戦闘重視型といった具合の装備だ。その上、ハイネの銃器は、いずれも旧時代末期に開発された比較的最新鋭のものであるのに対し、アリスのは旧時代の中でも20世紀前半ごろに開発された旧式だ。特にM1917は、その形式番号は示すとおり、最初のオリジナルが製造されたのが西暦1917年ごろという骨董品ぶりだ。

 比較的最新型で高性能なモデルを好むハイネと、性能よりもどんな環境下でも確実に動作する信頼性の高いモデルを好むアリスの性格がそのまま表れた形だ。

 2人が準備していると、辺りにジードの声が響き渡る。

「良いか野郎ども、よく聞け!」

 声のした方に視線を向けると、トラックの屋根に立つジードの姿が見えた。ハイネは心の中で『煙と何とかは高いところが好きだな』と毒づいた。

 そんな未来の妻候補の心情をよそにジードは続ける。「村の連中には大恥をかかされた! この俺! キンバライト・ファミリーのボス! 最強軍団の総帥である俺にだ! 奴らを許すな! 村にある物は全て奪え! 食料、水、燃料、全てだ! 逆らう奴は殺せ! 命乞いする奴は奴隷にしろ! 生き地獄を見せてこの俺を怒らせた事を後悔させてやる!」

 ジードの演説に構成員たちは雄たけびを上げる。

「ぶっ殺せ!」「全部奪え!」「女どもを好きなだけ犯してやるぜえ!」

 興奮し、意味も無く銃を乱射する構成員たちを尻目にハイネとアリスはハンヴィーに乗り込み、エンジンを始動させる。

 幾多のバイクが爆音を轟かせて学校の正門を走り抜ける。2人のハンヴィーも発進し、ファミリーの車列に加わった。


 市街地を抜けたファミリーは、土ぼこりを舞わせながら村に向けて進軍する。

 やがて遠くに村が見える距離にまで来ると、その場に止まる。

 無数のバイクやトラックが停車する中、ハンヴィーがジードの乗る車に近づく。

 ジードの車は、スポーツカーを思わせる4ドアのオープンカーだ。前の運転席と助手席に部下が座り、後部座席はボス専用といわんばかりに占有している。

 ハンヴィーの運転席からアリスが顔を出す。「ボス、これから例の装甲車を潰してくる。信号弾がを合図に突入してくれ」

「ああ、作戦通りだな。期待しているぞ」

 ハンヴィーは車列から離れ、村の方に向けて走り出す。

 それを見送ると、ジードはどっしりとシートに腰掛け、くつろぐ。そして2人の作戦が成功する事を切に願った。

 アリスとハイネは、私的な側近に迎えるに相応しい人材であるし、自分自身、できる事ならそうしない。いや、できる事ならすぐにでも妻として迎え、はっきりと公言してしまいたい。だが、いくら能力が高くとも、まだ入ったばかりの新参だ。実績も無い内にいきなり側近に迎えたとあっては、部下たちも納得しないし、反発も招くだろう。昨日、勢いでアリスを愚弄した幹部を殺してその場でアリスを幹部にすると公言してしまったが、あまりああいった事をやるとファミリーの結束を綻ばせかねない。

 今回の襲撃で2人が期待通りの活躍をして実績を挙げれば、部下たちを納得させられる。

(歴代史上最高のボスに相応しい女たち、か)優秀な参謀と兵隊の妻を侍らせる未来の自分の姿にジードはほくそ笑んだ。

 その時、村の方から銃声が響いた。どうやら2人の襲撃が始まっているようだ。構成員たちも「始まったぞ」「本当に上手くいくのか?」とざわめき始める。

 ジードも思わず身体を前に傾けて村を注視する。この距離では何が起きているのかさっぱり分からないが、激しい戦いが行われている事は推察できた。

 本当に大丈夫なのか?――ジードの脳裏を不安がよぎった次の瞬間、村の中から1発の信号弾が打ち上げられた。

 晴れ渡った空にもう1つの太陽が出現したかのようにオレンジ色の光が輝く。それを見て構成員たちはどよめき、そして興奮する。

 ジードも喜びと同時に興奮を覚える。そして理想の未来に1歩近づいた事を確信すると、意気揚々と号令をかける。

「よし、総員突撃だ! 村を蹂躙しろ! そして全てを奪え!」

 轟く雄たけび。アイドリング状態にあったエンジンは、高らかに爆音を響かせる。トラックとバイクの群れは、再び土ぼこりを挙げて村へと進軍する。


6:全て作戦通り


 北から攻撃しろ――参謀の言に従い、ファミリーの軍勢は村の北側から殺到する。

 車列の先頭を行く構成員たちは、1番乗りを争ってフルスロットルにする。その争いの先に構成員たちが目にしたのは、村の北側を塞ぐように盛られた土の壁だった。

 壁と言っても本当に土を盛っただけの簡素なものであり、高さも50センチあるか無いかだ。壁というよりも障害物といった程度の物であり、トラックはいざ知らずとしてもバイクなら乗り越えて行けそうだ。そして何よりも、例の小娘2人の襲撃が陽動になっているらしく、誰もいない。

「見ろ、誰もいねぇぜ!」

「バカな連中だぜ! 本隊はこっちだってのによ!」

「土なんかで俺たちを止められるかってんだ!」

 勝利を確信し、1番乗りを目指して更にエンジンの回転数を引き上げる。

 その時だった。盛り土の影から一斉に人の姿が現れた。

 盛り土の裏側には、沿うように人1人が入れるほどの幅が狭く、そしてそれなりに深い溝が掘られていた。その溝の中に人々――村の住人たちは身を潜めていた。

 突然表れた村人たちに先頭を行く集団はパニックを起こす。だが、状況を理解するよりも早く、村人たちはライフルやサブマシンガンを構え、引き金に指をかける。

「撃てェ!」

 リーダー格の男の号令に従って村人たちは一斉に発砲する。放たれる無数の弾丸は、シャワーのようにファミリーに襲い掛かる。

 遮蔽物の類が何も無い開けた場所でファミリーは猛攻を受ける。バイクに乗っている構成員たちは、銃弾を受けて倒れる。何とか銃弾を避けていた幸運な構成員も、地面に倒れた仲間の死体やバイクに躓いて倒れ、立ち上がった所を狙い撃ちにされる。

「なんだ、どうなってるんだ!?」

「くそ、撃て! 撃ち返せ!」

 混乱する中、構成員たちも負けじと撃ち返す。だが、盛り土から僅かに頭や上半身の一部を晒しているだけの村人たちに弾は当たらない。狙ったつもりでも銃弾は、村人たちの頭上を通り越すか、盛り土に当たって止まってしまう。もし、旧時代の歴史に詳しい人間がこの戦いの様子を見たら、きっと『第1次世界大戦の塹壕戦のようだ』と評していただろう。


 集団の後ろにいたジードは、激しく動揺していた。

 守備についている村人が誰もいないのを見て、2人の陽動が成功したものだと思っていた。ところがその直後、まるで待ち構えていたかのように武装した村人が姿を現し、反撃してきている。村人の数を考えても、明らかに『陽動を警戒して少数を残した』という風には見えない。

(いったいどうなっているんだ!? 陽動は成功したはずじゃないのか!?)

 思い浮かぶは、未来の妻たち。いったい2人の身に何が起きたというのだ?

 その時、部下の1人がジードの車に駆け寄ってきた。

「ボス、左の方から例の小娘たちが!」

「なに!?」叫び、ジードは部下が言った方角を見やり、そして唖然とした。

 自分たちの左側面の方向には、こちらに向けて走ってくるハンヴィーの姿があった。

 銃座には、不気味な笑みを浮かべながら重機関銃のグリップを握るハイネの姿がある。

 そしてハンヴィーに追従する数台のテクニカル――ピックアップトラックの荷台に軽機関銃を搭載した車両――の姿もあった。

「なぜ、だ」

 次から次へと発生する想定外の出来事にジードの思考は、完全にショートしていた。

 そのジードに残酷な現実を突きつけるかのように、ハンヴィーとテクニカルの機関銃が火を噴いた。

 ――昨夜の作戦会議でアリスは、ジードたちに多くの嘘をついていたが、しかし本当の事も言っていた。例えば、ハンヴィーに搭載されたM2重機関銃の攻撃力。射距離300メートルで20ミリの鉄板――正確にはRHA(均質圧延鋼装甲)――を貫けるというのは、紛れもない事実だ。

 50グラムという、通常のライフル弾とは比較にならないほど重い弾丸は、毎分500発前後のサイクルで撃ち出される。そして秒速900メートル弱というスピードで目標に命中する。

 トラックはエンジンを貫かれ、バイクは文字通りスクラップとなる。そして人間は、胴体を2つに分けるか、四肢の一部を粉砕されるか、頭を破裂させていった。旧時代、あまりにも威力が高すぎる事から対人目的での使用に規制をかけるべきであるという議論がされたほどの殺戮兵器は、この国際法や陸戦協定の概念など存在しない世界でその能力を遺憾なく発揮した。

 テクニカルの機関銃もファミリーに弾丸のシャワーを浴びせる。こちらはライフル弾を使用するタイプなので威力はM2に比べると格段に落ちるが、それでも人間などのソフトターゲットが相手なら充分に威力を発揮する――というよりも、M2が凶悪すぎるのだ。

 正面には、塹壕にこもる村人たち。そして側面からは、強大な火力をぶつけてくる戦闘車両――立派なクロスファイア(十字砲火)だった。

 見回せば、辺りには部下たちの死体と、トラックやバイクの残骸でいっぱいだった。何とか生き残っている者もいたが、もはや戦意を喪失して逃げ惑っている始末だ。もう、そこにかつてのファミリーの面影は無かった。

 受け入れがたい現実にジードは言葉を失う。運転席の2人も同様で困惑しきっている。

 そんなジードの頬面を叩くように1発の12.7ミリ弾が飛んでくる。弾丸は、助手席に座る男の頭を粉々に粉砕した。辺りに鮮血や脳、頭蓋の破片が飛び散り、その返り血を全身に浴びた運転手とジードは、いよいよ錯乱し始めた。

「逃げろ、今すぐ逃げろ! 早くしろ!」

「ひい! ひいいい!」

 運転手は悲鳴を上げながら、ハンドルを切りつつアクセルペダルを思いっきり踏み込む。仲間の死体を踏み潰すのもお構い無しに車を村とは反対の方角に向けて加速させる。

 ジードは、ホルスターからリボルバーを引き抜くと、ハンヴィーめがけてマグナム弾を放つ。だが、元々有効射程が短く、命中精度の低い――特にマグナムは、反動による銃口の跳ね上がりが凄まじい――ピストルの弾を当てるには、ハンヴィーとの距離は開きすぎていた。その上、悪路を走っているとあって車も激しく揺れ、更にジード自身、射撃が上手いとは言えなかった。

 あっという間にシリンダーの6発を撃ちつくす。ジードは装填しようと、空薬莢を捨ててポケットをまさぐり、弾を手に取る。だが、激しく揺れる車の上では、装填が上手く行かない。

 その時、岩か何かを踏み越えたのか、車が激しくバウンドする。その衝撃で手に握っていた弾薬がシートや床にぶちまけられる。

「もっとゆっくり走れ、この役立たず!」恐怖と怒りから無茶な命令を出すジード。

 だが、恐慌状態に陥っている運転手にその声は届かない。

 ジードが床に転がった弾を拾おうと身を屈めた――そのコンマ1秒後、運転手が小さな悲鳴を上げた。

 何事かと頭を上げたジードが見たのは、後頭部を撃ち抜かれ、力の抜けた手でハンドルを握り、アクセルを踏みっぱなしにしたまま先に冥府へと逝った運転手の姿だった。

 車はコントロールを失い、蛇行を始める。ジードは、まっすぐ走らせようと身を乗り出してハンドルを握るが、死体が邪魔をする。

「くそ、離せ! この役立たず!」

 罵倒し、ハンドルから手を引き剥がそうとする――それに集中するあまり、前方の障害物に気づかなかった。

 旧時代の戦車の残骸だろうか――赤錆まみれになった鉄塊に車は、正面から衝突した。

 衝撃でジードの身体は運転席に投げ出され、フロントガラスに頭を強打させた。

 痛みに悶えながら、ジードは正面を見た。飛び出たボンネットの半分が潰れ、カバーも開いてエンジンが露になる。煙も噴出し、もはや動きそうにも無かった。

「うう、くそ!」ジードは忌々しげにハンドルを叩いた。

 直後、ジードの頬を銃弾が掠める。弾は皮膚を切り裂き、フロントガラスに穴を開ける。

 ジードは後ろを振り向いた。すると遥か遠く――停車するハンヴィーの運転席から降りてボルトアクションライフルを構えているアリスの姿があった。

 信じられない距離だった。どの程度離れているか分からないが、ファミリーの中でも射撃が上手かった部下でさえ、これほどの距離を正確に当てるのは不可能だ。

 瞬間、ジードは理解した。運転手を撃ち殺したのもアリスだ。いや、正確に言うと、あれは自分を狙って撃っていたに違いない。あと一瞬、身を屈めるのが遅れていたら、死んでいたのは運転手ではなく自分だ。

 それを理解した瞬間、今まで経験した事の無いほどの恐怖がこみ上げてくる。ジードは恐慌状態になって車から降りると、アリスから離れようと荒野を駆け出した。

(クソ! クソ! クソ! なんでだ!? なんでこんな事になっているんだ!?)

 悪夢だった――というより、悪夢ではないかと疑いたくなる。親父から受け継いだ、何十年という歴史ある組織が、ほんの10分かそこらで壊滅するなど、信じられない。

(クソ! どうする!? どうすりゃ良いんだ!?)

 生き延びたとしてどうすれば良い? もうギルドに上納金は払えない。例え組織が壊滅したとしても、例外は認められない。きっとギルドは殺し屋を送ってくるはずだ。そして見せしめとして『上納金の支払いを滞らせた愚か者の末路』として死体を晒すに違いない。実際、そういう奴らを何人も見てきた。その時は『バカな連中だ』と鼻で笑っていた。まさか自分がそうなろうとは想像もしていなかった。

 そうでなくとも、食い扶持はどうなる? 例えギルドが慈悲の心で見逃してくれたとしても、今までずっと一方的に奪い、殺す事で生計を立ててきたのだ。堅気になる事など今更できない。かと言って他所の組織に入る事もできない。いや、入る事自体は可能だが、直接誰かの下につく事などできない。生まれた時から後継者として常に上に立ってきたのだ。今更、下働きなどできるはずもないし、したくもない。

(俺が! 俺が何をしたって言うんだ!)

 人智を越えた何者かに尋ねるかのようにジードは心の中で叫ぶ。

 そしてそれに答えるかのように、303ブリティッシュ弾――口径7.7ミリのライフル弾――がジードの右足を貫いた。

「がああ!」

 激痛で悲鳴を上げ、前に倒れこむ。ジードは、痛みの発生源である自分の右足を見やった。銃創から血がどんどん流れ出ているのを見て、いよいよ死を実感し始める。だが、生に対する執着からか、ジードは逃げようとはいずり始める。

 右足を引きずり、両腕と左足を使って地べたをはいずる。大した距離を移動していないにも関わらず、体力はどんどん失われ、息も荒くなる。

 その時、背後から自動車のエンジン音がした。聞き覚えのあるディーセルエンジンの駆動音にジードは思わず振り返った。

 ハンヴィーがこちらに向けて走ってくるのが見えた。ジードは、少しでも逃れようと懸命に手足を動かすが、しかし人の歩みよりも遥かに遅くては、時間稼ぎにもならない。ハンヴィーは停車し、ハイネとアリスが降りた。

「おーおー、随分としぶといなぁ、このゴキブリはよ」

 地べたを這いずり回る様を害虫に例え、心から楽しそうに笑うハイネ。

「頭を狙ったつもりだったんだがな――どうも調子が悪い」

 中々命中弾を与えられなかった事に気分の悪さを露にするアリス。

 追い詰められ、身動きが取れなくなるジード。恐怖に震える声で尋ねる。

「いったい、どうして――なぜだ? 仲間になりたいというのは、嘘だったのか?」

 答えたのはハイネだった。「仲間? ギルドとつるむ、お前ら屑どものか? 冗談じゃねぇよ。死んだってお断りだ」

 アリスが続く。「全部、作戦通りだ――もっとも、ここまで上手くいくとは思ってなかったがな」


7:舞台裏の真実


 数日前――2人はハンヴィーに乗り、村に向かっていた。

「見えてきたぞ、アレだ」

 声をかけられ、白髪の少女――ハイネは、フロントガラスに目を向けた。「やっとか。隣の村から随分と離れてるな」

「この辺りにしか地下水脈が無いらしいからな」

「それで、どうする? 作戦はあるのか?」

「一応な――ただし、私たちが手配されていないというのが前提だがな」

 意味深なアリスの言葉にハイネは怪訝そうな表情を浮かべる。「どういうことだ?」

「まあ、着いたら話してやるさ」言ってアリスは言葉を切る。

 ハンヴィーは、徐々に速度を落としつつ、村の中に入り込む。だが、入ってすぐ、進行方向上に無数の武装した住人が飛び出し、銃口を向けて叫んだ。

「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」

 アリスはブレーキペダルを踏み込み、指示通りに車を停車させる。

 ハンヴィーが止まったのを見て村人たちが銃口を向けながら取り囲む。その様を見てハイネはひゅう、と口笛を吹く。

「厳戒態勢って感じだな。どうする?」

「敵意が無い事を示すだけだ」言ってドアを開け、運転席から降りる。

 ハイネもやれやれ、とこぼしながら助手席から降りて姿を見せる。

 2人の少女を取り囲む武装した村人たち。敵意こそ向けているが、それ以上に緊張や恐怖の色がはっきりと顔に表れている。見るからにこの手の事には慣れていない、という風だった。

 村人の1人が銃口を向けながら尋ねる。「何者だ、お前たちは? 悪いが、よそ者を村に入れる事はできないぞ。すぐに出て行け!」

 震えた声で警告する村人にハイネは微笑しながら口を開く。「完全に疑心暗鬼に陥ってるな、こりゃ。まあ、無理も無い。キンバライトのスパイを警戒してるんだろ?」

 キンバライトのスパイ――その言葉に村人たちはどよめく。本物のスパイなら、ここで無関係な旅人を装うはずだ。少なくとも、自分からそれを連想させるような言葉は口にしないはずだ。

 後押しするようにアリスが続く。「聞いてくれ。私たちは、キンバライト・ファミリーを壊滅させるため、この村に来たんだ。村長に会わせてくれ」

 アリスの言葉に村人たちはどよめく。仲間内でどうすべきか相談し、やがて村人の1人が意を決して口を開く。

「分かった――ただし、持ってる武器は預からせてもらうぞ」

 言われ、アリスは左脇腹のホルスターからリボルバーを引き抜き、グリップを相手に向けて差し出す。村人はそれを受け取り、懐にしまう。

 ハイネも同じように右太もものホルスターからオートマチックピストルを引き抜き、グリップを相手に向けて差し出す。そして村人がそれを受け取ろうと腕を伸ばした瞬間、ハイネは銃を回転させ、グリップを握り締めると同時に銃口を村人に向けた。

 突然の出来事に村人はぎょっとし、硬直する。それを見ながらハイネは面白そうに笑う。

「減点5ポイント。無闇に相手を信用するな。もし、私がギルドの屑野郎だったらお前は死んでたぜ」

 ハイネの講義にアリスが目を剥く。「ハイネ!」

「そんなにカリカリするなよ、ちょっとふざけただけだろ」悪びれた様子も見せず、ハイネは再び銃を回転させ、今度こそ相手に差し出す。

「よし、こっちだ。ついて来い」村人の1人が言うと、移動を始める。

 2人は、村人たちに取り囲まれながら村内を歩く。粗末な家々の中からは、怯えた様子でこちらを見つめる住人たちの視線を感じられる。何とも居心地の悪さを感じるが、しかし住人たちからしてみれば、今の時期にやって来るよそ者など皆、怪しく見えてしまうだろう。

 やがて2人は、村の中でも比較的大きい家――村長の屋敷に来た。屋敷と言っても1階建ての粗末な平屋であり、他の家屋に比べていくらか大きいという程度に過ぎない。

 先頭を行く村人が駆け足で村長の屋敷に入り込む。そして村長の承諾を得たのか、間もなくして村人が再び出てくる。

「村長が会うとの事だ! 良いか、妙な真似をしたら容赦しないからな!」

 言われ、2人は「ちったあ信用しろよ」「心得た」と答える。

 村人に伴われ、2人は屋敷の中に入る。中は小奇麗だが、しかし有力者の家につき物の立派な調度品の類は見当たらず、幾分か殺風景な感じさえする。

 やがて2人は、村長の私室に案内された。

 歳は60を越えているのだろう。頭は禿げ上がり、僅かに白髪を残している。顔もしわだらけで背丈も成人男性に比べると低く、背中が曲がっている事もあってか余計に小さく見えた。充分すぎるほどにまで老いを感じさせる、良くも悪くも村長らしい男だった。

「お前たちか? キンバライト・ファミリーを潰したいという小娘2人は」

 アリスが答える。「そうだ。この村を襲うであろうキンバライトファミリー。そいつらを潰す」

「何が目的だ?」

 今度はハイネが答える。「病原菌ばら撒く害虫を駆除するのにいちいち理由が必要か?」

「それはそうだが」

 再びアリスが口を開く。「多くは望まない。当面の水と食料、燃料、弾薬などの消耗品類。そしてファミリー殲滅への協力だ」

 協力、という言葉に居合わせた村人たちはざわめく。そんな中、村長がアリスに尋ねる。「協力とは、具体的に言うと?」

「キンバライト・ファミリーは、この手の組織の中でも厄介なタイプなんだ。私たちはこれまでいくつかの組織を潰してきたが、大抵は不動産を持っている。例えば、奴隷や麻薬などの商品を貯蔵する倉庫や生産設備などだ。これらを破壊して資金源を断ち、戦闘力を奪う事で組織を壊滅に追い込んできた。だがキンバライト・ファミリーは、アジトや工場などの不動産を持たず、あちこちを放浪し、行く先々で略奪を繰り返して生計を立てている、いわば遊牧民みたいな連中なんだ。こういう手合いを壊滅させるとしたら、それこそ戦闘員を皆殺しにするぐらいの事はしなければならん。だが、相手は100人を越えている。たった2人でやりあって勝てる保障は無い」

 アリスの説明にハイネが横槍を入れる。「大した事ねぇだろ、100人なんて。この前のギルドの麻薬倉庫襲撃の時だって300人を相手に大暴れしたんだぞ」

「あの時は、事前に爆薬を仕掛けたり、倉庫の見取り図を確保して内部構造を把握していたからこそ成功したんだ。今回、戦うとしたら野戦か、事前情報が何も無い野営地という事になる。そうなったら数と火力で劣るこちらが不利だ。リスクは最小限にしたい」

 アリスの反論にハイネはむう、とうなって沈黙する。相方を黙らせ、説明を再開する。「だから村人たちの協力を仰ぎたい。作戦としては、情報収集のため旅人や商人を装って村に入ってくるファミリーの構成員の身柄を拘束する。そこへこちら側のスパイを接触させる。具体的には、盗みに入ろうとして捕まった盗賊を装って構成員と同じ牢に入り、そこでキンバライトのメンバーになりたい事、村の情報を持っている事などをほのめかして信頼を獲得する。その後、何か口実――例えば、処刑とかと言って外に連れ出したところで仲間が救出に来て村を脱出する。そしてスパイの紹介を通じてファミリーに加わり、偽情報を流すと共に偽の作戦を立案、実行に移す。そして作戦通りに動くファミリーを私たちと村人たちで一網打尽にする、という方針で行こうと思っている」

 説明を終え、村長始め村人たちはう~ん……とうなる。

 やがて村人の1人が指摘する。「スパイ役には誰が?」

「それはハイネ――私の相方が担当する」

 その言葉に村人の視線は、白髪の少女に向けられる。そして当の本人は、驚愕すると共に叫んだ。

「ちょっと待て、アリス!――つまりこういう事か? キンバライトを潰すため、奴らの仲間になれって言うのか!?」

「スパイとして一時的に、だ。救出の段階で私も合流するつもりだ」

「ふざけんな! あいつらの仲間になるなんて死んでもご免だぞ!」

「だから一時的に、と言ってるだろうが」

「一瞬でも我慢できねぇ! こんなふざけた作戦、どうしてもやるって言うなら私は降りるぞ!」

 騒ぐハイネをアリスは厳しい目で睨みつける。「何があっても絶対にギルドを潰す――そう言ったのは、お前自身だろ!」

 言われ、ハイネはぐっと言葉を詰まらせる。2人の口論に村人たちは息を呑み、沈黙が場を支配する。数秒の静寂が続いた後、ハイネはため息をついた。

「――分かった、やるよ。やりゃ良いんだろ」

 ハイネの承諾を得てアリスは続ける。「この村の戦力は?」

「銃を持てない子供や老人、病人以外は皆戦うつもりでいる。男も女も、な」

「総動員か」

 アリスの指摘に村人が口を挟む。「この村は、ご先祖様から代々受け継いできた大切な土地なんだ! 奴らに奪われてたまるか!」

「例え弾が無くなっても、最後まで戦うぞ!」

 なるほど、士気は高いな――感心し、続ける。「銃火器は?」

「ライフルとサブマシンガン。数は揃っているが、銃弾に余裕は無い」

「長期持久戦は無理――やはり一箇所に集めて火力を集中し、短時間で決着をつける必要があるな。車両などの機動兵器は? バカな質問かもしれないが、装甲車は無いか?」

「ピックアップトラックに機関銃を装備した奴が4台。ただ、普段は近隣の町や集落との連絡や物資の輸送に使っていて、2台出払ってる。1台は明日にも戻るだろうが、もう1台は当分、戻れそうにない」

「テクニカルが3台――機動力を生かせば、側面攻撃も可能だな。上手く行けばクロスファイアもできる。やはり、敵を分散させる理由は無いな」

 村人が尋ねる。「俺たちは何をすれば良い?」

「私たちの作戦に乗って襲撃してくるファミリーを迎撃して欲しい。そうだな――村の北側に塹壕を掘って防御を固めてくれ。野戦では塹壕の有る無しで大分変わってくる。あと、救出の時にはできるだけパニックを起こして欲しい。一緒に連れ出すファミリーのスパイに『士気が低く満足に戦えない村の連中』という誤ったイメージも与えておきたい」

「分かった、何とかしよう」


 数日が経過した頃、村に1人の男がやってきた。旅人を自称する男――キンバライトのスパイの身柄を拘束し、地下室に監禁する。そしてファミリーに入りたがる盗賊の役を任されたハイネが縛り上げられ、同じく地下室に放り込まれる。

 それからは、スパイが実は自ら下見にやってきた組織のボスだったという幸運も重なって事は順調に運んだ。妙な下心が見え見えのボスに気に入られ、アリスはその日の内に――まったくもって嬉しくないが――幹部に昇格し、早速ボスの妻か恋人のようにはべらされるはめになった。

 ただ、ここで想定外の事態が起きた。いや、本来なら想定できて当然の事態というべきか。

 ハイネが荒れていた。宴席の場で絡んできた酔っ払いと乱闘を起こし、ボスに対しても平然と軽口を叩き、まるで作戦全体を水泡に帰そうとしているかのようにさえ見えた。

 原因は、彼女がこの世で最も嫌う組織の一員になっている事だった。ハイネのギルド嫌いは筋金入りであり、先日の会議で口走った『一瞬でも我慢できない』は、決して誇張の類ではなかった。

 急遽、アリスはハイネに厳重注意すべく人気の無い校舎の裏まで連行した。グラウンドで騒ぐ連中の声が完全に聞こえなくなるまで離れ、そして周囲に人の気配が無い事を確認してからハイネを問い詰めた。

「ハイネ、いったい何のつもりだ! 意味も無く暴れて! あの男の歓心を買えたからいいものを、下手をしたら全部台無しになっていたぞ! 最悪、組織の秩序を乱す存在として処刑されていたかも知れない!」

 叱責するアリスに対し、ハイネは怒りのこもった瞳で睨みつける。「お前こそ、いったいどういうつもりだ? あのクソ野郎にヘコヘコ頭を下げやがって。見てるだけでも反吐が出るぞ」

「私だって好きでやってるんじゃないんだ!」

 苛立ちを露にするハイネ。はああ、と溜め込んでいたものを吐き出すように息を吐く。「――もう我慢の限界だ、あいつら全員ぶち殺してやる」言うなり、ハイネは踵を返してグラウンドに向かおうとする。

「待て、ハイネ!」叫び、相方の肩を掴む。

「離せ、アリス!」煩わしそうにその腕を振り払い、なおも歩く。

 そのハイネに対し、アリスは怒鳴る。「――こんな些細な事で忘れてしまうほど軽いのか! シスターの事が!」

 その一言にハイネは激昂し、アリスに詰め寄るなり、両手でその胸倉を乱暴に掴んだ。

 人を射殺せそうなほどの鋭い目つきと、憎悪に歪んだ表情を浮かべるハイネ。しかし、アリスは動じる事無く、怒気をはらんだ強気の表情のまま、ハイネを睨む。

 数秒の膠着状態の後、先に根負けしたのはハイネだった。怒りに満ちた表情が崩れ、やがて弱気一緒に染まった顔になる。今にも泣き出しそうな子供のような目をし、アリスの胸に顔をうずめた。

「悪い、アリス。少し、興奮してた」

 弱々しい声にアリスの表情も和らぎ、まるで子供をあやす母親のような穏やかな顔をする。おもむろに両腕をハイネの後ろに回し、その背中と後頭部を優しく抱きしめた。

「謝るのは私だ、ハイネ。お前の気持ちも考えないで、こんな嫌な事をやらせて」

「いや、良いんだ、アリス。お前の言うとおりだ。末端を潰すだけでこんなに興奮して、わがままばっかり言って。ダメだな、私は」

「ああ、きっと疲れてるんだな。今日はもう休め。奴らの相手は私に任せろ」

「アリス――」ばっと胸元から顔を上げると、ハイネは両腕をアリスの背中を回し、抱きしめると同時に、その唇に自分の唇を強引に押し当てる。

 突然の事に驚くアリス。抗議の声を上げようとするが、口を塞がれて何も叫べない。引き剥がそうと抵抗したが、しかしすぐに放棄する。求めに応え、そして受け入れるように、ハイネの気が済むまで唇を重ね合わせ続けた。


 ハイネの精神が安定し、事なきを得る。そして翌朝、ファミリーは約束された勝利と略奪の悦びを求めて出陣する。

 村の手前で信号弾を待つようボスに言うと、自分たちは大急ぎでありもしない魔改造トラックの破壊に向かった――ちなみに作戦会議で話題に上った装甲トラックだが、実は村でも過去にピックアップトラックを改造した装甲車を作ろうという話があったらしい。ただ、実際に作るとなると、大量の鉄板が必要になる上、重量増加によるエンジンの負荷増大、燃費の悪化、機動性の低下、雨天における泥濘へのスタックのしやすさが問題視され、中止になったとの事だ。

 陽動という名目で南側から村に入る。村の中では、遂にファミリーが襲撃しに来たという事で騒然となり、村人たちは各々の役割を全うしようと走り回る。

「アリスさん!」村人の1人が出迎える。

 この数日の間に優秀な参謀ぶりを発揮していたアリスに対し、住人の多くが信頼を寄せていた。

 アリスは運転席から顔を出し、村人を見やる。「作戦は成功だ! 予定通り、村の北側から攻撃する! そちらの手筈は!?」

「皆、塹壕に移動して迎撃の準備をしています!」

 その時、クラクションが鳴り響き、視線がそちらに向かった。ハイネとアリスの視線の先にあったのは、荷台に軽機関銃を装備した3台のピックアップトラックだった。

 運転席から村人が顔を出す。「こっちはいつでも出せるぜ!」

 アリスは顔を上げ、銃座のハイネを見やる。「ハイネ、撃て!」

「おう!」応え、ハイネは信号銃を手に取り、銃口を空に向ける。

 引き金を引くと共にパァンッという風船を割るような、小さな破裂音が響く。そして大空めがけてオレンジ色の光が飛翔する。

「作戦開始だ! 騎兵隊、私らに続け! 奴らをボコボコに叩きのめすぞ!」

 ハイネの掛け声にテクニカルの乗員たちは雄たけびを上げる。そしてハンヴィーを先頭に鋼の騎兵隊は、エンジン音をうならせて追従する。

 騎兵隊は、敵の側面を着くため、村の南側から出ると大きく迂回して北側に出る。そしてファミリーの左側面が見え始めた頃、塹壕内にこもっていた村人たちによる銃撃が始まった。

 アリスが提言したとおり、塹壕の効果は絶大だった。盛り土が弾除けになる上、銃身を置いて狙いを定める事もできるので命中精度も向上する。更に比較的安全な位置からの攻撃とあって村人たちも必要以上に緊張する事無く、落ち着いて銃撃を加える事ができた。

 対して攻撃側のファミリーは、遮蔽物が何も無い場所で一方的になぶられている。更に混乱も生じて適切な対応がまるでできてない。

 そんなファミリーの側面から4台の戦闘車両が迫る。ハイネは、機関銃の安全装置を外し、狙いを定める。

「食らえ、クソ共があ!」

 ハイネの叫びと共に悪夢の十字砲火が繰り広げられた。

ケインズ
終末少女ハイネ×アリス 第1話:2人はセプテム・ハンター
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