8:終幕と開幕
そして時系列は今――2人の少女が1人の哀れな罪人の処刑を執行しようとしているところまで戻る。
「最初から、これが狙いだったのか? 俺たちを、キンバライトを潰すのが?」
答えたのはハイネだった。「ああ、旧時代風に言うなら『ストレスがマッハでヤバイ』って奴だな。昨夜の宴会で銃を乱射しなかった自分を褒めてやりたいところだぜ」
アリスが突っ込む。「よく言う。私がいなければ、暴発していたものを。まるで安全ピンの外れた手榴弾みたいな奴だな、お前は」
指摘に顔を赤くする。「うるせぇな、いちいち」
その2人にジードが叫ぶ。「なぜだ!? なぜ、ギルドに刃向かうんだ!? お前ら、ギルドに戦争しかけてタダで済むと思ってるのか!? 今にギルドは、お前らの首に賞金をかける! そうすれば、ギルドの殺し屋や賞金稼ぎがお前らの首を狙う! そうなったら逃げ場なんて無ェ! 地の果てまでお前らを追いかけるだろうよ!」
ジードの言葉にハイネは動揺する。そんなハイネを見てアリスは、苛立ちの色を顔に浮かべ、ホルスターからピストルを引き抜いて銃口をジードに向ける。
「言いたい事はそれだけか? 随分とよく喋る」
「調子に乗るのも今の内だ! ギルドは、決してお前らを――」
直後、ジードの言葉を遮るように銃声が木霊した。
15グラムの45ACP弾が秒速260メートル前後のスピードで銃口から撃ち出される。弾丸は、ジードの額の骨を砕き、脳組織を破壊する。その瞬間、ジードの意識は永遠に途切れ、全身の筋肉から力が抜けた。
「まったく、害虫の分際でペラペラと人の言葉を喋る。どこまでも不愉快な奴だな」
不快感を露にする――というより、場の空気を変えようとするかのように、不快そうにジードを見下し、口走った。汚物を見るような目をしながらも、その視線はハイネにも向けられていた。
視線の先にいるハイネは、いくらか弱気そうな表情を浮かべたまま、ジードの死体をじっと見つめていた。
「ハイネ、大丈夫か?」尋ねつつ、ピストルをホルスターに戻す。
訊かれ、ハイネはハッと我に帰る。「――なんだ、アリス? ああ、大丈夫だ」
「そうか? そんな風には見えなかったが」
その時、背後からクラクションの鳴る音がし、2人は振り向いた。
1台のテクニカルが2人に近づき、運転席から男が顔を出す。
「2人とも、大丈夫ですか?」
ハイネが答える。「ボスを殺した。そっちは?」
「何人か逃がしましたが、あらかた片付きました。凄い死体の山です。もうファミリーは壊滅したと言って良いでしょう」
アリスが続いた。「大勝利だな。骨を折った甲斐があったというものだ」
「はい。後で村長の所に来てください。お礼がしたいとの事です」
「分かった。後で行く」
太陽が天頂に達する頃、村は祝賀ムードに包まれていた。キンバライト・ファミリーに襲われた村々の惨状を耳にし、絶望的な状況下にあったその反動だろう。恐怖と緊張からピリピリとしていた空気はすっかり払拭し、人々に笑顔が戻っていた。
ハイネとアリスは、村を救った英雄として歓呼を持って迎えられ、村長の家でご馳走を振舞われた。アリスは相変わらず静かに食事を取るが、ハイネは宴を楽しみ、村人たちと心行くまで騒ぎ続けた。
――もっとも、アリスにはそれが、無理して楽しんでいるかのようにも見えた。楽しんでいるように見えているが、頭は上の空といったところだ。
宴会が終わったのは、昼と呼ぶには遅く、夕方と呼ぶには早すぎる頃だった。その頃になると住民たちも落ち着きを取り戻し、普段の暮らしに戻り始めていた。そしてアリスとハイネは、村長の屋敷前に止めたハンヴィーの荷台や後部座席に報酬としてもらった物資などを積み込んでいた。
「水、食料、燃料、弾薬――45口径弾が調達できただけ、まだマシだな」
ハイネの言葉にアリスが応える。「そろそろ50口径弾も調達したいところだが、さすがにこんな農村じゃ置いてはいないな」
「303弾も置いてないとはな。やっぱりマイナーな弾だからか?」
「大きな町に行ってまとまった数を調達しないといけないな」
「そうだな」積み込みを終え、トランクを閉じるハイネ。そして疲労感に満ちたため息を浮かべる。
らしくないハイネを見てアリスは顔を覗き込む。そこにあったのは、普段の勝気で能天気を表現したような顔ではなく、昨晩見せたあの弱気な顔だった。
「どうした、ハイネ」
「なあ、アリス」不意に空を見上げる。「――私ら、結構人、殺してきたよな?」
言われ、言葉を詰まらせる。「今頃になって大量殺戮を後悔してるのか?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、こんな私らを見てさ、シスターはなんて思うかなって考えたら、ちょっとな」
なるほど、と内心で呟きつつ、ため息をつく。「――積み上げられた死体の山を血まみれになった手で指差しながら『貴女のためにやったのです』と言われて喜ぶような人じゃないからな。恐らく、嘆き悲しんでいるだろう」
「だよな。死んで当然の人間なんかいないって言うのがシスターの口癖だったし。それに仇を取って欲しいなんて言う手合いでもない――はっきり言って私の自己満足だ」そこまで言うと、ハイネは両手を車体につけ、顔を落とす。「だから、アリス。無理してついてくる必要もないんだぞ?」
言われ、怪訝な表情を浮かべるアリス。「いったい何を言ってるんだ、お前は?」
「ギルドにケンカを売り始めて大分経つ。奴も言ってただろ? そろそろ賞金首として手配されてもおかしくないはずだ。無名の今なら間に合うが、有名になったらもう後には引けなくなる。だから、手を引くなら今の内だ。私の自己満足にお前が付き合う義理なんてないだろ」
ハイネの弱気な言葉にアリスは静かに笑った。「バカだな、お前は」
僅かに怒るハイネ。「アリス、真面目に話してるんだぞ?」
「ああ、私も真面目だ。だから何度でも言ってやる。お前はバカだ。救いようのないバカだ。ついでに言うと目は節穴で頭もニワトリ以下だな」
振り向くハイネ。「アリス、私はな――」
言いかけ、その言葉を遮るようにアリスは、ハイネの口先に指を当て黙らせる。「自己満足だと言ったな? 確かにそうかも知れない。大義名分こそ立派だが、漠然としすぎている上に目的を達した後の事も考えていない。だが、その自己満足の結果はなんだ? 周りを見ろ。何が見える?」
言われ、周りを見回すハイネ。視界に映るのは、緊張感から開放されて喜びと安堵に満ちた表情を浮かべる住人たちと、簡素な家々だ。
「村、だろ?」
「そう、村だ。キンバライト・ファミリーの標的となり、危うく略奪されそうになった村だ。お前がいなかったら今頃村は戦場になっていたし、大勢が死んでいた。そしてお前と同じ境遇の子供もたくさん生まれただろう」
お前と同じ境遇の子供――その言葉にハイネは胸を痛めた。「――けど、村を守れたのはアリス、お前が立てた作戦のおかげだ。私はただ、暴れただけで、それどころか作戦をパーにもしかけたんだぞ」
「ああ、そうだな。私の立てた作戦のおかげだな。だがな、ハイネ。私がここにいるのも、お前がいたからだ。ギルドを潰すという決意をしたお前が。この村だけじゃない。今までもそうだっただろ。どれだけの人間を守り、救ってきた? それとも全部忘れたのか? ハイネ、私は知ってるぞ。例え全ての人類がお前の行いを偽善に満ちた自己満足だと断罪しても、私はお前を弁護する」
「アリス――けど、お前は――」
「私がお前の自己満足とやらに付き合うのも、私自身の意思だ。誰かに強制された訳じゃない。自分の自由意志だ。ついてくるなと言われてもついていくぞ。賞金首になる? 上等だ。むしろ歓迎だな――ギルドの大幹部の令嬢がギルドの賞金首になるなんて最高の笑い話じゃないか」
「アリス――」ハイネは言葉を見つけられず、黙りこくる。
そしてアリスは、輝くような笑顔を見せる。「だから、気にするな。お前はお前の信じる道を行け。私が全力で支えてやるから」
その言葉にハイネの心が揺らぐ。気がつけば、いつの間にか今にも泣き出しそうな幼子のごとき目をしていた。
我慢できなかった。いや、したくなかった――ハイネは、何の前触れも無くアリスに抱きついた。
驚き、顔を赤くするアリス。こうしてハイネに求められるのにはもう慣れてしまっているが、しかし堂々と人前でそれに応える事に対しては、少なからず抵抗があった。
「おい、人目につく。ちょっと離れろ」
「頼む、アリス。ほんの少しだけでいいから、このまま」
「だが、ハイネ――」
その時、1枚の紙を携えた村人が2人に近づく。アリスは人目を気にして甘ったれるハイネを引き剥がそうとするが、体格と腕力の差で引き剥がせない。
村人は少しばかり気まずそうな表情を浮かべつつ、話しかける。
「ええっと、今よろしいですか?」
「ああ、手短に頼む」
「村長からこれを」言って男は折りたたまれたセピア色の紙を差し出す。
受け取ったアリスは、抱きつかれながらもその紙を広げる。経年劣化が激しい紙に書かれていたのは、この近辺を記した手書きの地図だった。地図には×印が記されており、その場所はこの村から東へ30キロほどの辺りにあった。
男は説明する。「旧時代の遺跡の場所を示した地図です。ご存知でしょうが、遺跡には旧時代の遺品などがあり、中には高値で取引される物もあります。もし興味があれば行ってみてはいかがでしょうか?」
「良いのか? こんな物を」
「遺跡の中には、旧時代のセキュリティシステムがなおも稼動している事があります。村からも何人かがその遺跡に向かい、そして帰ってきませんでした。今では何があるのか分からないといって誰も行きません。我々が持ってても宝の持ち腐れになります。今回の礼もかねて、差し上げます」
「そうか、感謝する」
「それでは」一礼し、男は去る。
地図を受け取ったアリスは、なおも抱き続けるハイネの頭を叩く。「いつまで抱いてるつもりだ。私はお前のぬいぐるみじゃないぞ」
「ああ、悪い、つい」言ってハイネは抱擁を解く。
「まったく」ぼやきつつ、地図をハイネに渡す。「この近くに遺跡がある。私が運転するからお前はナビをやれ」
「分かった」
2人はハンヴィーに乗り込んだ。アリスがエンジンを始動させ、発進する。
走り出すハンヴィーを見て住人たちが手を振り、別れを惜しむ言葉を口にしながら村を出て行くハンヴィーを見送った。
21世紀初頭まで続いた人類の黄金時代――旧時代。それが終焉を迎えてから100年、世界は混沌と無秩序、そして限りない悪徳に彩られていた。
そんな終末世界を2人の少女が駆け抜ける。
ある時は、セプテム・ギルドとの戦いに明け暮れ。
ある時は、旧時代の遺跡に入って忘れ去られた時代の遺物を捜し求め。
ある時は、強者に虐げられる人々を助け。
ある時は、腐敗した権力に立ち向かっていく。
終わり無き暗黒時代。或いは、悪徳の黄金時代を生きる少女たちの物語は、まだ始まったばかりである――
第1話:2人はセプテム・ハンター END