6:全て作戦通り
北から攻撃しろ――参謀の言に従い、ファミリーの軍勢は村の北側から殺到する。
車列の先頭を行く構成員たちは、1番乗りを争ってフルスロットルにする。その争いの先に構成員たちが目にしたのは、村の北側を塞ぐように盛られた土の壁だった。
壁と言っても本当に土を盛っただけの簡素なものであり、高さも50センチあるか無いかだ。壁というよりも障害物といった程度の物であり、トラックはいざ知らずとしてもバイクなら乗り越えて行けそうだ。そして何よりも、例の小娘2人の襲撃が陽動になっているらしく、誰もいない。
「見ろ、誰もいねぇぜ!」
「バカな連中だぜ! 本隊はこっちだってのによ!」
「土なんかで俺たちを止められるかってんだ!」
勝利を確信し、1番乗りを目指して更にエンジンの回転数を引き上げる。
その時だった。盛り土の影から一斉に人の姿が現れた。
盛り土の裏側には、沿うように人1人が入れるほどの幅が狭く、そしてそれなりに深い溝が掘られていた。その溝の中に人々――村の住人たちは身を潜めていた。
突然表れた村人たちに先頭を行く集団はパニックを起こす。だが、状況を理解するよりも早く、村人たちはライフルやサブマシンガンを構え、引き金に指をかける。
「撃てェ!」
リーダー格の男の号令に従って村人たちは一斉に発砲する。放たれる無数の弾丸は、シャワーのようにファミリーに襲い掛かる。
遮蔽物の類が何も無い開けた場所でファミリーは猛攻を受ける。バイクに乗っている構成員たちは、銃弾を受けて倒れる。何とか銃弾を避けていた幸運な構成員も、地面に倒れた仲間の死体やバイクに躓いて倒れ、立ち上がった所を狙い撃ちにされる。
「なんだ、どうなってるんだ!?」
「くそ、撃て! 撃ち返せ!」
混乱する中、構成員たちも負けじと撃ち返す。だが、盛り土から僅かに頭や上半身の一部を晒しているだけの村人たちに弾は当たらない。狙ったつもりでも銃弾は、村人たちの頭上を通り越すか、盛り土に当たって止まってしまう。もし、旧時代の歴史に詳しい人間がこの戦いの様子を見たら、きっと『第1次世界大戦の塹壕戦のようだ』と評していただろう。
集団の後ろにいたジードは、激しく動揺していた。
守備についている村人が誰もいないのを見て、2人の陽動が成功したものだと思っていた。ところがその直後、まるで待ち構えていたかのように武装した村人が姿を現し、反撃してきている。村人の数を考えても、明らかに『陽動を警戒して少数を残した』という風には見えない。
(いったいどうなっているんだ!? 陽動は成功したはずじゃないのか!?)
思い浮かぶは、未来の妻たち。いったい2人の身に何が起きたというのだ?
その時、部下の1人がジードの車に駆け寄ってきた。
「ボス、左の方から例の小娘たちが!」
「なに!?」叫び、ジードは部下が言った方角を見やり、そして唖然とした。
自分たちの左側面の方向には、こちらに向けて走ってくるハンヴィーの姿があった。
銃座には、不気味な笑みを浮かべながら重機関銃のグリップを握るハイネの姿がある。
そしてハンヴィーに追従する数台のテクニカル――ピックアップトラックの荷台に軽機関銃を搭載した車両――の姿もあった。
「なぜ、だ」
次から次へと発生する想定外の出来事にジードの思考は、完全にショートしていた。
そのジードに残酷な現実を突きつけるかのように、ハンヴィーとテクニカルの機関銃が火を噴いた。
――昨夜の作戦会議でアリスは、ジードたちに多くの嘘をついていたが、しかし本当の事も言っていた。例えば、ハンヴィーに搭載されたM2重機関銃の攻撃力。射距離300メートルで20ミリの鉄板――正確にはRHA(均質圧延鋼装甲)――を貫けるというのは、紛れもない事実だ。
50グラムという、通常のライフル弾とは比較にならないほど重い弾丸は、毎分500発前後のサイクルで撃ち出される。そして秒速900メートル弱というスピードで目標に命中する。
トラックはエンジンを貫かれ、バイクは文字通りスクラップとなる。そして人間は、胴体を2つに分けるか、四肢の一部を粉砕されるか、頭を破裂させていった。旧時代、あまりにも威力が高すぎる事から対人目的での使用に規制をかけるべきであるという議論がされたほどの殺戮兵器は、この国際法や陸戦協定の概念など存在しない世界でその能力を遺憾なく発揮した。
テクニカルの機関銃もファミリーに弾丸のシャワーを浴びせる。こちらはライフル弾を使用するタイプなので威力はM2に比べると格段に落ちるが、それでも人間などのソフトターゲットが相手なら充分に威力を発揮する――というよりも、M2が凶悪すぎるのだ。
正面には、塹壕にこもる村人たち。そして側面からは、強大な火力をぶつけてくる戦闘車両――立派なクロスファイア(十字砲火)だった。
見回せば、辺りには部下たちの死体と、トラックやバイクの残骸でいっぱいだった。何とか生き残っている者もいたが、もはや戦意を喪失して逃げ惑っている始末だ。もう、そこにかつてのファミリーの面影は無かった。
受け入れがたい現実にジードは言葉を失う。運転席の2人も同様で困惑しきっている。
そんなジードの頬面を叩くように1発の12.7ミリ弾が飛んでくる。弾丸は、助手席に座る男の頭を粉々に粉砕した。辺りに鮮血や脳、頭蓋の破片が飛び散り、その返り血を全身に浴びた運転手とジードは、いよいよ錯乱し始めた。
「逃げろ、今すぐ逃げろ! 早くしろ!」
「ひい! ひいいい!」
運転手は悲鳴を上げながら、ハンドルを切りつつアクセルペダルを思いっきり踏み込む。仲間の死体を踏み潰すのもお構い無しに車を村とは反対の方角に向けて加速させる。
ジードは、ホルスターからリボルバーを引き抜くと、ハンヴィーめがけてマグナム弾を放つ。だが、元々有効射程が短く、命中精度の低い――特にマグナムは、反動による銃口の跳ね上がりが凄まじい――ピストルの弾を当てるには、ハンヴィーとの距離は開きすぎていた。その上、悪路を走っているとあって車も激しく揺れ、更にジード自身、射撃が上手いとは言えなかった。
あっという間にシリンダーの6発を撃ちつくす。ジードは装填しようと、空薬莢を捨ててポケットをまさぐり、弾を手に取る。だが、激しく揺れる車の上では、装填が上手く行かない。
その時、岩か何かを踏み越えたのか、車が激しくバウンドする。その衝撃で手に握っていた弾薬がシートや床にぶちまけられる。
「もっとゆっくり走れ、この役立たず!」恐怖と怒りから無茶な命令を出すジード。
だが、恐慌状態に陥っている運転手にその声は届かない。
ジードが床に転がった弾を拾おうと身を屈めた――そのコンマ1秒後、運転手が小さな悲鳴を上げた。
何事かと頭を上げたジードが見たのは、後頭部を撃ち抜かれ、力の抜けた手でハンドルを握り、アクセルを踏みっぱなしにしたまま先に冥府へと逝った運転手の姿だった。
車はコントロールを失い、蛇行を始める。ジードは、まっすぐ走らせようと身を乗り出してハンドルを握るが、死体が邪魔をする。
「くそ、離せ! この役立たず!」
罵倒し、ハンドルから手を引き剥がそうとする――それに集中するあまり、前方の障害物に気づかなかった。
旧時代の戦車の残骸だろうか――赤錆まみれになった鉄塊に車は、正面から衝突した。
衝撃でジードの身体は運転席に投げ出され、フロントガラスに頭を強打させた。
痛みに悶えながら、ジードは正面を見た。飛び出たボンネットの半分が潰れ、カバーも開いてエンジンが露になる。煙も噴出し、もはや動きそうにも無かった。
「うう、くそ!」ジードは忌々しげにハンドルを叩いた。
直後、ジードの頬を銃弾が掠める。弾は皮膚を切り裂き、フロントガラスに穴を開ける。
ジードは後ろを振り向いた。すると遥か遠く――停車するハンヴィーの運転席から降りてボルトアクションライフルを構えているアリスの姿があった。
信じられない距離だった。どの程度離れているか分からないが、ファミリーの中でも射撃が上手かった部下でさえ、これほどの距離を正確に当てるのは不可能だ。
瞬間、ジードは理解した。運転手を撃ち殺したのもアリスだ。いや、正確に言うと、あれは自分を狙って撃っていたに違いない。あと一瞬、身を屈めるのが遅れていたら、死んでいたのは運転手ではなく自分だ。
それを理解した瞬間、今まで経験した事の無いほどの恐怖がこみ上げてくる。ジードは恐慌状態になって車から降りると、アリスから離れようと荒野を駆け出した。
(クソ! クソ! クソ! なんでだ!? なんでこんな事になっているんだ!?)
悪夢だった――というより、悪夢ではないかと疑いたくなる。親父から受け継いだ、何十年という歴史ある組織が、ほんの10分かそこらで壊滅するなど、信じられない。
(クソ! どうする!? どうすりゃ良いんだ!?)
生き延びたとしてどうすれば良い? もうギルドに上納金は払えない。例え組織が壊滅したとしても、例外は認められない。きっとギルドは殺し屋を送ってくるはずだ。そして見せしめとして『上納金の支払いを滞らせた愚か者の末路』として死体を晒すに違いない。実際、そういう奴らを何人も見てきた。その時は『バカな連中だ』と鼻で笑っていた。まさか自分がそうなろうとは想像もしていなかった。
そうでなくとも、食い扶持はどうなる? 例えギルドが慈悲の心で見逃してくれたとしても、今までずっと一方的に奪い、殺す事で生計を立ててきたのだ。堅気になる事など今更できない。かと言って他所の組織に入る事もできない。いや、入る事自体は可能だが、直接誰かの下につく事などできない。生まれた時から後継者として常に上に立ってきたのだ。今更、下働きなどできるはずもないし、したくもない。
(俺が! 俺が何をしたって言うんだ!)
人智を越えた何者かに尋ねるかのようにジードは心の中で叫ぶ。
そしてそれに答えるかのように、303ブリティッシュ弾――口径7.7ミリのライフル弾――がジードの右足を貫いた。
「がああ!」
激痛で悲鳴を上げ、前に倒れこむ。ジードは、痛みの発生源である自分の右足を見やった。銃創から血がどんどん流れ出ているのを見て、いよいよ死を実感し始める。だが、生に対する執着からか、ジードは逃げようとはいずり始める。
右足を引きずり、両腕と左足を使って地べたをはいずる。大した距離を移動していないにも関わらず、体力はどんどん失われ、息も荒くなる。
その時、背後から自動車のエンジン音がした。聞き覚えのあるディーセルエンジンの駆動音にジードは思わず振り返った。
ハンヴィーがこちらに向けて走ってくるのが見えた。ジードは、少しでも逃れようと懸命に手足を動かすが、しかし人の歩みよりも遥かに遅くては、時間稼ぎにもならない。ハンヴィーは停車し、ハイネとアリスが降りた。
「おーおー、随分としぶといなぁ、このゴキブリはよ」
地べたを這いずり回る様を害虫に例え、心から楽しそうに笑うハイネ。
「頭を狙ったつもりだったんだがな――どうも調子が悪い」
中々命中弾を与えられなかった事に気分の悪さを露にするアリス。
追い詰められ、身動きが取れなくなるジード。恐怖に震える声で尋ねる。
「いったい、どうして――なぜだ? 仲間になりたいというのは、嘘だったのか?」
答えたのはハイネだった。「仲間? ギルドとつるむ、お前ら屑どものか? 冗談じゃねぇよ。死んだってお断りだ」
アリスが続く。「全部、作戦通りだ――もっとも、ここまで上手くいくとは思ってなかったがな」
7:舞台裏の真実
数日前――2人はハンヴィーに乗り、村に向かっていた。
「見えてきたぞ、アレだ」
声をかけられ、白髪の少女――ハイネは、フロントガラスに目を向けた。「やっとか。隣の村から随分と離れてるな」
「この辺りにしか地下水脈が無いらしいからな」
「それで、どうする? 作戦はあるのか?」
「一応な――ただし、私たちが手配されていないというのが前提だがな」
意味深なアリスの言葉にハイネは怪訝そうな表情を浮かべる。「どういうことだ?」
「まあ、着いたら話してやるさ」言ってアリスは言葉を切る。
ハンヴィーは、徐々に速度を落としつつ、村の中に入り込む。だが、入ってすぐ、進行方向上に無数の武装した住人が飛び出し、銃口を向けて叫んだ。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
アリスはブレーキペダルを踏み込み、指示通りに車を停車させる。
ハンヴィーが止まったのを見て村人たちが銃口を向けながら取り囲む。その様を見てハイネはひゅう、と口笛を吹く。
「厳戒態勢って感じだな。どうする?」
「敵意が無い事を示すだけだ」言ってドアを開け、運転席から降りる。
ハイネもやれやれ、とこぼしながら助手席から降りて姿を見せる。
2人の少女を取り囲む武装した村人たち。敵意こそ向けているが、それ以上に緊張や恐怖の色がはっきりと顔に表れている。見るからにこの手の事には慣れていない、という風だった。
村人の1人が銃口を向けながら尋ねる。「何者だ、お前たちは? 悪いが、よそ者を村に入れる事はできないぞ。すぐに出て行け!」
震えた声で警告する村人にハイネは微笑しながら口を開く。「完全に疑心暗鬼に陥ってるな、こりゃ。まあ、無理も無い。キンバライトのスパイを警戒してるんだろ?」
キンバライトのスパイ――その言葉に村人たちはどよめく。本物のスパイなら、ここで無関係な旅人を装うはずだ。少なくとも、自分からそれを連想させるような言葉は口にしないはずだ。
後押しするようにアリスが続く。「聞いてくれ。私たちは、キンバライト・ファミリーを壊滅させるため、この村に来たんだ。村長に会わせてくれ」
アリスの言葉に村人たちはどよめく。仲間内でどうすべきか相談し、やがて村人の1人が意を決して口を開く。
「分かった――ただし、持ってる武器は預からせてもらうぞ」
言われ、アリスは左脇腹のホルスターからリボルバーを引き抜き、グリップを相手に向けて差し出す。村人はそれを受け取り、懐にしまう。
ハイネも同じように右太もものホルスターからオートマチックピストルを引き抜き、グリップを相手に向けて差し出す。そして村人がそれを受け取ろうと腕を伸ばした瞬間、ハイネは銃を回転させ、グリップを握り締めると同時に銃口を村人に向けた。
突然の出来事に村人はぎょっとし、硬直する。それを見ながらハイネは面白そうに笑う。
「減点5ポイント。無闇に相手を信用するな。もし、私がギルドの屑野郎だったらお前は死んでたぜ」
ハイネの講義にアリスが目を剥く。「ハイネ!」
「そんなにカリカリするなよ、ちょっとふざけただけだろ」悪びれた様子も見せず、ハイネは再び銃を回転させ、今度こそ相手に差し出す。
「よし、こっちだ。ついて来い」村人の1人が言うと、移動を始める。
2人は、村人たちに取り囲まれながら村内を歩く。粗末な家々の中からは、怯えた様子でこちらを見つめる住人たちの視線を感じられる。何とも居心地の悪さを感じるが、しかし住人たちからしてみれば、今の時期にやって来るよそ者など皆、怪しく見えてしまうだろう。
やがて2人は、村の中でも比較的大きい家――村長の屋敷に来た。屋敷と言っても1階建ての粗末な平屋であり、他の家屋に比べていくらか大きいという程度に過ぎない。
先頭を行く村人が駆け足で村長の屋敷に入り込む。そして村長の承諾を得たのか、間もなくして村人が再び出てくる。
「村長が会うとの事だ! 良いか、妙な真似をしたら容赦しないからな!」
言われ、2人は「ちったあ信用しろよ」「心得た」と答える。
村人に伴われ、2人は屋敷の中に入る。中は小奇麗だが、しかし有力者の家につき物の立派な調度品の類は見当たらず、幾分か殺風景な感じさえする。
やがて2人は、村長の私室に案内された。
歳は60を越えているのだろう。頭は禿げ上がり、僅かに白髪を残している。顔もしわだらけで背丈も成人男性に比べると低く、背中が曲がっている事もあってか余計に小さく見えた。充分すぎるほどにまで老いを感じさせる、良くも悪くも村長らしい男だった。
「お前たちか? キンバライト・ファミリーを潰したいという小娘2人は」
アリスが答える。「そうだ。この村を襲うであろうキンバライトファミリー。そいつらを潰す」
「何が目的だ?」
今度はハイネが答える。「病原菌ばら撒く害虫を駆除するのにいちいち理由が必要か?」
「それはそうだが」
再びアリスが口を開く。「多くは望まない。当面の水と食料、燃料、弾薬などの消耗品類。そしてファミリー殲滅への協力だ」
協力、という言葉に居合わせた村人たちはざわめく。そんな中、村長がアリスに尋ねる。「協力とは、具体的に言うと?」
「キンバライト・ファミリーは、この手の組織の中でも厄介なタイプなんだ。私たちはこれまでいくつかの組織を潰してきたが、大抵は不動産を持っている。例えば、奴隷や麻薬などの商品を貯蔵する倉庫や生産設備などだ。これらを破壊して資金源を断ち、戦闘力を奪う事で組織を壊滅に追い込んできた。だがキンバライト・ファミリーは、アジトや工場などの不動産を持たず、あちこちを放浪し、行く先々で略奪を繰り返して生計を立てている、いわば遊牧民みたいな連中なんだ。こういう手合いを壊滅させるとしたら、それこそ戦闘員を皆殺しにするぐらいの事はしなければならん。だが、相手は100人を越えている。たった2人でやりあって勝てる保障は無い」
アリスの説明にハイネが横槍を入れる。「大した事ねぇだろ、100人なんて。この前のギルドの麻薬倉庫襲撃の時だって300人を相手に大暴れしたんだぞ」
「あの時は、事前に爆薬を仕掛けたり、倉庫の見取り図を確保して内部構造を把握していたからこそ成功したんだ。今回、戦うとしたら野戦か、事前情報が何も無い野営地という事になる。そうなったら数と火力で劣るこちらが不利だ。リスクは最小限にしたい」
アリスの反論にハイネはむう、とうなって沈黙する。相方を黙らせ、説明を再開する。「だから村人たちの協力を仰ぎたい。作戦としては、情報収集のため旅人や商人を装って村に入ってくるファミリーの構成員の身柄を拘束する。そこへこちら側のスパイを接触させる。具体的には、盗みに入ろうとして捕まった盗賊を装って構成員と同じ牢に入り、そこでキンバライトのメンバーになりたい事、村の情報を持っている事などをほのめかして信頼を獲得する。その後、何か口実――例えば、処刑とかと言って外に連れ出したところで仲間が救出に来て村を脱出する。そしてスパイの紹介を通じてファミリーに加わり、偽情報を流すと共に偽の作戦を立案、実行に移す。そして作戦通りに動くファミリーを私たちと村人たちで一網打尽にする、という方針で行こうと思っている」
説明を終え、村長始め村人たちはう~ん……とうなる。
やがて村人の1人が指摘する。「スパイ役には誰が?」
「それはハイネ――私の相方が担当する」
その言葉に村人の視線は、白髪の少女に向けられる。そして当の本人は、驚愕すると共に叫んだ。
「ちょっと待て、アリス!――つまりこういう事か? キンバライトを潰すため、奴らの仲間になれって言うのか!?」
「スパイとして一時的に、だ。救出の段階で私も合流するつもりだ」
「ふざけんな! あいつらの仲間になるなんて死んでもご免だぞ!」
「だから一時的に、と言ってるだろうが」
「一瞬でも我慢できねぇ! こんなふざけた作戦、どうしてもやるって言うなら私は降りるぞ!」
騒ぐハイネをアリスは厳しい目で睨みつける。「何があっても絶対にギルドを潰す――そう言ったのは、お前自身だろ!」
言われ、ハイネはぐっと言葉を詰まらせる。2人の口論に村人たちは息を呑み、沈黙が場を支配する。数秒の静寂が続いた後、ハイネはため息をついた。
「――分かった、やるよ。やりゃ良いんだろ」
ハイネの承諾を得てアリスは続ける。「この村の戦力は?」
「銃を持てない子供や老人、病人以外は皆戦うつもりでいる。男も女も、な」
「総動員か」
アリスの指摘に村人が口を挟む。「この村は、ご先祖様から代々受け継いできた大切な土地なんだ! 奴らに奪われてたまるか!」
「例え弾が無くなっても、最後まで戦うぞ!」
なるほど、士気は高いな――感心し、続ける。「銃火器は?」
「ライフルとサブマシンガン。数は揃っているが、銃弾に余裕は無い」
「長期持久戦は無理――やはり一箇所に集めて火力を集中し、短時間で決着をつける必要があるな。車両などの機動兵器は? バカな質問かもしれないが、装甲車は無いか?」
「ピックアップトラックに機関銃を装備した奴が4台。ただ、普段は近隣の町や集落との連絡や物資の輸送に使っていて、2台出払ってる。1台は明日にも戻るだろうが、もう1台は当分、戻れそうにない」
「テクニカルが3台――機動力を生かせば、側面攻撃も可能だな。上手く行けばクロスファイアもできる。やはり、敵を分散させる理由は無いな」
村人が尋ねる。「俺たちは何をすれば良い?」
「私たちの作戦に乗って襲撃してくるファミリーを迎撃して欲しい。そうだな――村の北側に塹壕を掘って防御を固めてくれ。野戦では塹壕の有る無しで大分変わってくる。あと、救出の時にはできるだけパニックを起こして欲しい。一緒に連れ出すファミリーのスパイに『士気が低く満足に戦えない村の連中』という誤ったイメージも与えておきたい」
「分かった、何とかしよう」
数日が経過した頃、村に1人の男がやってきた。旅人を自称する男――キンバライトのスパイの身柄を拘束し、地下室に監禁する。そしてファミリーに入りたがる盗賊の役を任されたハイネが縛り上げられ、同じく地下室に放り込まれる。
それからは、スパイが実は自ら下見にやってきた組織のボスだったという幸運も重なって事は順調に運んだ。妙な下心が見え見えのボスに気に入られ、アリスはその日の内に――まったくもって嬉しくないが――幹部に昇格し、早速ボスの妻か恋人のようにはべらされるはめになった。
ただ、ここで想定外の事態が起きた。いや、本来なら想定できて当然の事態というべきか。
ハイネが荒れていた。宴席の場で絡んできた酔っ払いと乱闘を起こし、ボスに対しても平然と軽口を叩き、まるで作戦全体を水泡に帰そうとしているかのようにさえ見えた。
原因は、彼女がこの世で最も嫌う組織の一員になっている事だった。ハイネのギルド嫌いは筋金入りであり、先日の会議で口走った『一瞬でも我慢できない』は、決して誇張の類ではなかった。
急遽、アリスはハイネに厳重注意すべく人気の無い校舎の裏まで連行した。グラウンドで騒ぐ連中の声が完全に聞こえなくなるまで離れ、そして周囲に人の気配が無い事を確認してからハイネを問い詰めた。
「ハイネ、いったい何のつもりだ! 意味も無く暴れて! あの男の歓心を買えたからいいものを、下手をしたら全部台無しになっていたぞ! 最悪、組織の秩序を乱す存在として処刑されていたかも知れない!」
叱責するアリスに対し、ハイネは怒りのこもった瞳で睨みつける。「お前こそ、いったいどういうつもりだ? あのクソ野郎にヘコヘコ頭を下げやがって。見てるだけでも反吐が出るぞ」
「私だって好きでやってるんじゃないんだ!」
苛立ちを露にするハイネ。はああ、と溜め込んでいたものを吐き出すように息を吐く。「――もう我慢の限界だ、あいつら全員ぶち殺してやる」言うなり、ハイネは踵を返してグラウンドに向かおうとする。
「待て、ハイネ!」叫び、相方の肩を掴む。
「離せ、アリス!」煩わしそうにその腕を振り払い、なおも歩く。
そのハイネに対し、アリスは怒鳴る。「――こんな些細な事で忘れてしまうほど軽いのか! シスターの事が!」
その一言にハイネは激昂し、アリスに詰め寄るなり、両手でその胸倉を乱暴に掴んだ。
人を射殺せそうなほどの鋭い目つきと、憎悪に歪んだ表情を浮かべるハイネ。しかし、アリスは動じる事無く、怒気をはらんだ強気の表情のまま、ハイネを睨む。
数秒の膠着状態の後、先に根負けしたのはハイネだった。怒りに満ちた表情が崩れ、やがて弱気一緒に染まった顔になる。今にも泣き出しそうな子供のような目をし、アリスの胸に顔をうずめた。
「悪い、アリス。少し、興奮してた」
弱々しい声にアリスの表情も和らぎ、まるで子供をあやす母親のような穏やかな顔をする。おもむろに両腕をハイネの後ろに回し、その背中と後頭部を優しく抱きしめた。
「謝るのは私だ、ハイネ。お前の気持ちも考えないで、こんな嫌な事をやらせて」
「いや、良いんだ、アリス。お前の言うとおりだ。末端を潰すだけでこんなに興奮して、わがままばっかり言って。ダメだな、私は」
「ああ、きっと疲れてるんだな。今日はもう休め。奴らの相手は私に任せろ」
「アリス――」ばっと胸元から顔を上げると、ハイネは両腕をアリスの背中を回し、抱きしめると同時に、その唇に自分の唇を強引に押し当てる。
突然の事に驚くアリス。抗議の声を上げようとするが、口を塞がれて何も叫べない。引き剥がそうと抵抗したが、しかしすぐに放棄する。求めに応え、そして受け入れるように、ハイネの気が済むまで唇を重ね合わせ続けた。
ハイネの精神が安定し、事なきを得る。そして翌朝、ファミリーは約束された勝利と略奪の悦びを求めて出陣する。
村の手前で信号弾を待つようボスに言うと、自分たちは大急ぎでありもしない魔改造トラックの破壊に向かった――ちなみに作戦会議で話題に上った装甲トラックだが、実は村でも過去にピックアップトラックを改造した装甲車を作ろうという話があったらしい。ただ、実際に作るとなると、大量の鉄板が必要になる上、重量増加によるエンジンの負荷増大、燃費の悪化、機動性の低下、雨天における泥濘へのスタックのしやすさが問題視され、中止になったとの事だ。
陽動という名目で南側から村に入る。村の中では、遂にファミリーが襲撃しに来たという事で騒然となり、村人たちは各々の役割を全うしようと走り回る。
「アリスさん!」村人の1人が出迎える。
この数日の間に優秀な参謀ぶりを発揮していたアリスに対し、住人の多くが信頼を寄せていた。
アリスは運転席から顔を出し、村人を見やる。「作戦は成功だ! 予定通り、村の北側から攻撃する! そちらの手筈は!?」
「皆、塹壕に移動して迎撃の準備をしています!」
その時、クラクションが鳴り響き、視線がそちらに向かった。ハイネとアリスの視線の先にあったのは、荷台に軽機関銃を装備した3台のピックアップトラックだった。
運転席から村人が顔を出す。「こっちはいつでも出せるぜ!」
アリスは顔を上げ、銃座のハイネを見やる。「ハイネ、撃て!」
「おう!」応え、ハイネは信号銃を手に取り、銃口を空に向ける。
引き金を引くと共にパァンッという風船を割るような、小さな破裂音が響く。そして大空めがけてオレンジ色の光が飛翔する。
「作戦開始だ! 騎兵隊、私らに続け! 奴らをボコボコに叩きのめすぞ!」
ハイネの掛け声にテクニカルの乗員たちは雄たけびを上げる。そしてハンヴィーを先頭に鋼の騎兵隊は、エンジン音をうならせて追従する。
騎兵隊は、敵の側面を着くため、村の南側から出ると大きく迂回して北側に出る。そしてファミリーの左側面が見え始めた頃、塹壕内にこもっていた村人たちによる銃撃が始まった。
アリスが提言したとおり、塹壕の効果は絶大だった。盛り土が弾除けになる上、銃身を置いて狙いを定める事もできるので命中精度も向上する。更に比較的安全な位置からの攻撃とあって村人たちも必要以上に緊張する事無く、落ち着いて銃撃を加える事ができた。
対して攻撃側のファミリーは、遮蔽物が何も無い場所で一方的になぶられている。更に混乱も生じて適切な対応がまるでできてない。
そんなファミリーの側面から4台の戦闘車両が迫る。ハイネは、機関銃の安全装置を外し、狙いを定める。
「食らえ、クソ共があ!」
ハイネの叫びと共に悪夢の十字砲火が繰り広げられた。
8:終幕と開幕
そして時系列は今――2人の少女が1人の哀れな罪人の処刑を執行しようとしているところまで戻る。
「最初から、これが狙いだったのか? 俺たちを、キンバライトを潰すのが?」
答えたのはハイネだった。「ああ、旧時代風に言うなら『ストレスがマッハでヤバイ』って奴だな。昨夜の宴会で銃を乱射しなかった自分を褒めてやりたいところだぜ」
アリスが突っ込む。「よく言う。私がいなければ、暴発していたものを。まるで安全ピンの外れた手榴弾みたいな奴だな、お前は」
指摘に顔を赤くする。「うるせぇな、いちいち」
その2人にジードが叫ぶ。「なぜだ!? なぜ、ギルドに刃向かうんだ!? お前ら、ギルドに戦争しかけてタダで済むと思ってるのか!? 今にギルドは、お前らの首に賞金をかける! そうすれば、ギルドの殺し屋や賞金稼ぎがお前らの首を狙う! そうなったら逃げ場なんて無ェ! 地の果てまでお前らを追いかけるだろうよ!」
ジードの言葉にハイネは動揺する。そんなハイネを見てアリスは、苛立ちの色を顔に浮かべ、ホルスターからピストルを引き抜いて銃口をジードに向ける。
「言いたい事はそれだけか? 随分とよく喋る」
「調子に乗るのも今の内だ! ギルドは、決してお前らを――」
直後、ジードの言葉を遮るように銃声が木霊した。
15グラムの45ACP弾が秒速260メートル前後のスピードで銃口から撃ち出される。弾丸は、ジードの額の骨を砕き、脳組織を破壊する。その瞬間、ジードの意識は永遠に途切れ、全身の筋肉から力が抜けた。
「まったく、害虫の分際でペラペラと人の言葉を喋る。どこまでも不愉快な奴だな」
不快感を露にする――というより、場の空気を変えようとするかのように、不快そうにジードを見下し、口走った。汚物を見るような目をしながらも、その視線はハイネにも向けられていた。
視線の先にいるハイネは、いくらか弱気そうな表情を浮かべたまま、ジードの死体をじっと見つめていた。
「ハイネ、大丈夫か?」尋ねつつ、ピストルをホルスターに戻す。
訊かれ、ハイネはハッと我に帰る。「――なんだ、アリス? ああ、大丈夫だ」
「そうか? そんな風には見えなかったが」
その時、背後からクラクションの鳴る音がし、2人は振り向いた。
1台のテクニカルが2人に近づき、運転席から男が顔を出す。
「2人とも、大丈夫ですか?」
ハイネが答える。「ボスを殺した。そっちは?」
「何人か逃がしましたが、あらかた片付きました。凄い死体の山です。もうファミリーは壊滅したと言って良いでしょう」
アリスが続いた。「大勝利だな。骨を折った甲斐があったというものだ」
「はい。後で村長の所に来てください。お礼がしたいとの事です」
「分かった。後で行く」
太陽が天頂に達する頃、村は祝賀ムードに包まれていた。キンバライト・ファミリーに襲われた村々の惨状を耳にし、絶望的な状況下にあったその反動だろう。恐怖と緊張からピリピリとしていた空気はすっかり払拭し、人々に笑顔が戻っていた。
ハイネとアリスは、村を救った英雄として歓呼を持って迎えられ、村長の家でご馳走を振舞われた。アリスは相変わらず静かに食事を取るが、ハイネは宴を楽しみ、村人たちと心行くまで騒ぎ続けた。
――もっとも、アリスにはそれが、無理して楽しんでいるかのようにも見えた。楽しんでいるように見えているが、頭は上の空といったところだ。
宴会が終わったのは、昼と呼ぶには遅く、夕方と呼ぶには早すぎる頃だった。その頃になると住民たちも落ち着きを取り戻し、普段の暮らしに戻り始めていた。そしてアリスとハイネは、村長の屋敷前に止めたハンヴィーの荷台や後部座席に報酬としてもらった物資などを積み込んでいた。
「水、食料、燃料、弾薬――45口径弾が調達できただけ、まだマシだな」
ハイネの言葉にアリスが応える。「そろそろ50口径弾も調達したいところだが、さすがにこんな農村じゃ置いてはいないな」
「303弾も置いてないとはな。やっぱりマイナーな弾だからか?」
「大きな町に行ってまとまった数を調達しないといけないな」
「そうだな」積み込みを終え、トランクを閉じるハイネ。そして疲労感に満ちたため息を浮かべる。
らしくないハイネを見てアリスは顔を覗き込む。そこにあったのは、普段の勝気で能天気を表現したような顔ではなく、昨晩見せたあの弱気な顔だった。
「どうした、ハイネ」
「なあ、アリス」不意に空を見上げる。「――私ら、結構人、殺してきたよな?」
言われ、言葉を詰まらせる。「今頃になって大量殺戮を後悔してるのか?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、こんな私らを見てさ、シスターはなんて思うかなって考えたら、ちょっとな」
なるほど、と内心で呟きつつ、ため息をつく。「――積み上げられた死体の山を血まみれになった手で指差しながら『貴女のためにやったのです』と言われて喜ぶような人じゃないからな。恐らく、嘆き悲しんでいるだろう」
「だよな。死んで当然の人間なんかいないって言うのがシスターの口癖だったし。それに仇を取って欲しいなんて言う手合いでもない――はっきり言って私の自己満足だ」そこまで言うと、ハイネは両手を車体につけ、顔を落とす。「だから、アリス。無理してついてくる必要もないんだぞ?」
言われ、怪訝な表情を浮かべるアリス。「いったい何を言ってるんだ、お前は?」
「ギルドにケンカを売り始めて大分経つ。奴も言ってただろ? そろそろ賞金首として手配されてもおかしくないはずだ。無名の今なら間に合うが、有名になったらもう後には引けなくなる。だから、手を引くなら今の内だ。私の自己満足にお前が付き合う義理なんてないだろ」
ハイネの弱気な言葉にアリスは静かに笑った。「バカだな、お前は」
僅かに怒るハイネ。「アリス、真面目に話してるんだぞ?」
「ああ、私も真面目だ。だから何度でも言ってやる。お前はバカだ。救いようのないバカだ。ついでに言うと目は節穴で頭もニワトリ以下だな」
振り向くハイネ。「アリス、私はな――」
言いかけ、その言葉を遮るようにアリスは、ハイネの口先に指を当て黙らせる。「自己満足だと言ったな? 確かにそうかも知れない。大義名分こそ立派だが、漠然としすぎている上に目的を達した後の事も考えていない。だが、その自己満足の結果はなんだ? 周りを見ろ。何が見える?」
言われ、周りを見回すハイネ。視界に映るのは、緊張感から開放されて喜びと安堵に満ちた表情を浮かべる住人たちと、簡素な家々だ。
「村、だろ?」
「そう、村だ。キンバライト・ファミリーの標的となり、危うく略奪されそうになった村だ。お前がいなかったら今頃村は戦場になっていたし、大勢が死んでいた。そしてお前と同じ境遇の子供もたくさん生まれただろう」
お前と同じ境遇の子供――その言葉にハイネは胸を痛めた。「――けど、村を守れたのはアリス、お前が立てた作戦のおかげだ。私はただ、暴れただけで、それどころか作戦をパーにもしかけたんだぞ」
「ああ、そうだな。私の立てた作戦のおかげだな。だがな、ハイネ。私がここにいるのも、お前がいたからだ。ギルドを潰すという決意をしたお前が。この村だけじゃない。今までもそうだっただろ。どれだけの人間を守り、救ってきた? それとも全部忘れたのか? ハイネ、私は知ってるぞ。例え全ての人類がお前の行いを偽善に満ちた自己満足だと断罪しても、私はお前を弁護する」
「アリス――けど、お前は――」
「私がお前の自己満足とやらに付き合うのも、私自身の意思だ。誰かに強制された訳じゃない。自分の自由意志だ。ついてくるなと言われてもついていくぞ。賞金首になる? 上等だ。むしろ歓迎だな――ギルドの大幹部の令嬢がギルドの賞金首になるなんて最高の笑い話じゃないか」
「アリス――」ハイネは言葉を見つけられず、黙りこくる。
そしてアリスは、輝くような笑顔を見せる。「だから、気にするな。お前はお前の信じる道を行け。私が全力で支えてやるから」
その言葉にハイネの心が揺らぐ。気がつけば、いつの間にか今にも泣き出しそうな幼子のごとき目をしていた。
我慢できなかった。いや、したくなかった――ハイネは、何の前触れも無くアリスに抱きついた。
驚き、顔を赤くするアリス。こうしてハイネに求められるのにはもう慣れてしまっているが、しかし堂々と人前でそれに応える事に対しては、少なからず抵抗があった。
「おい、人目につく。ちょっと離れろ」
「頼む、アリス。ほんの少しだけでいいから、このまま」
「だが、ハイネ――」
その時、1枚の紙を携えた村人が2人に近づく。アリスは人目を気にして甘ったれるハイネを引き剥がそうとするが、体格と腕力の差で引き剥がせない。
村人は少しばかり気まずそうな表情を浮かべつつ、話しかける。
「ええっと、今よろしいですか?」
「ああ、手短に頼む」
「村長からこれを」言って男は折りたたまれたセピア色の紙を差し出す。
受け取ったアリスは、抱きつかれながらもその紙を広げる。経年劣化が激しい紙に書かれていたのは、この近辺を記した手書きの地図だった。地図には×印が記されており、その場所はこの村から東へ30キロほどの辺りにあった。
男は説明する。「旧時代の遺跡の場所を示した地図です。ご存知でしょうが、遺跡には旧時代の遺品などがあり、中には高値で取引される物もあります。もし興味があれば行ってみてはいかがでしょうか?」
「良いのか? こんな物を」
「遺跡の中には、旧時代のセキュリティシステムがなおも稼動している事があります。村からも何人かがその遺跡に向かい、そして帰ってきませんでした。今では何があるのか分からないといって誰も行きません。我々が持ってても宝の持ち腐れになります。今回の礼もかねて、差し上げます」
「そうか、感謝する」
「それでは」一礼し、男は去る。
地図を受け取ったアリスは、なおも抱き続けるハイネの頭を叩く。「いつまで抱いてるつもりだ。私はお前のぬいぐるみじゃないぞ」
「ああ、悪い、つい」言ってハイネは抱擁を解く。
「まったく」ぼやきつつ、地図をハイネに渡す。「この近くに遺跡がある。私が運転するからお前はナビをやれ」
「分かった」
2人はハンヴィーに乗り込んだ。アリスがエンジンを始動させ、発進する。
走り出すハンヴィーを見て住人たちが手を振り、別れを惜しむ言葉を口にしながら村を出て行くハンヴィーを見送った。
21世紀初頭まで続いた人類の黄金時代――旧時代。それが終焉を迎えてから100年、世界は混沌と無秩序、そして限りない悪徳に彩られていた。
そんな終末世界を2人の少女が駆け抜ける。
ある時は、セプテム・ギルドとの戦いに明け暮れ。
ある時は、旧時代の遺跡に入って忘れ去られた時代の遺物を捜し求め。
ある時は、強者に虐げられる人々を助け。
ある時は、腐敗した権力に立ち向かっていく。
終わり無き暗黒時代。或いは、悪徳の黄金時代を生きる少女たちの物語は、まだ始まったばかりである――
第1話:2人はセプテム・ハンター END