女優

白髪の男性は、小さな声でやさしく声をかけた。「広告に書いていました通り、仕事内容は、食肉の解体ですが、ホルモンの作業をやっていただくことになります。ただ、今回は、特別に高額の日当をお支払いするのですが、ホルモンと言っても、牛や豚のホルモンではなく、人間のホルモンを担当していただくことになります。この点を了解していただけますか?」二人は、顔を引きつらせ、顔を見合わせた。二人は、何と言っていいか分からず、固まってしまった。

 

 「いかがですか?了解なされますか?」二人は、震えていた。田柴は、崎山の膝をつついた。「はい、人間のホルモンといいますと、人間の内臓を取り出す仕事と言うことですか?」覚悟を決めた崎山は、勇気を振り絞って質問した。「はい、おっしゃるとおり、人間の肝臓、小腸、心臓、眼球、それと、男性の場合はペニスと睾丸、女性の場合は卵巣を摘出していただきます。施術方法は、研修をいたしますので、ご心配なく」白髪の男性は、事務的に述べた。

 

 田柴は、膝まで震えだしていた。崎山は、鳥肌が立っていたが、ぜひともやりたいという気持ちが抑えきれず、さらに質問した。「摘出は、工場でやればいいのですか?何人ぐらいやれば?」崎山は、お金が欲しくて覚悟を決めていた。「いや、工場ではありません。契約先の病院です。指定された病院に出向き、その日に指定された内臓を摘出していただくだけです。一日に一人です。摘出した内臓をビニール袋につめて、それらを保冷箱に入れて、工場に持ち帰っていただければいいのです。簡単な、作業です。移動には、会社の車を使われてかまいませんが、タクシーを使われてもかまいません」崎山は、あまりにも具体的な話にめまいがしていた。

  田柴は、あまりにも不気味な仕事に、ドン引きしていたが、ここまできたからには、やるしかないと覚悟した。ちょっと疑問に思ったことを訊ねた。「施術は、医者のほうが、上手じゃないんですか?」崎山も、マジな顔つきで頷いた。「それなんですが、確かに医者にやっていただければ、こんな無駄な出費はしなくてすむのですが、医者は、治療目的以外の施術はしないのです。そこで、アルバイトを雇うってわけです」二人は、顔を見合わせて頷いた。

 

 「この作業は、違法ではありませんが、ここでの話は他言されないようにお願いします。亡くなられた方は、臓器提供に同意をなされていますので、医者は移植のために必要な臓器を摘出し、残りの臓器を私たちに提供してくださるのです。法律上、まったく問題はありません。安心して、作業をなさってください」白髪の男性は、ドヤ顔で奇妙な笑顔を作った。崎山は、やる気はあったが、あまりにも気持ち悪い作業をイメージすると、しり込みし始めていた。

 

 しばらくうつむいていた崎山は、さらに質問した。「その仕事は、週何回ぐらいでしょうか?」作り笑顔をした白髪の男性は、即座に答えた。「そうですね、この作業は、病院との連携ですから、週23回と言うところです。50の契約先病院がありますので、仕事は毎週必ずあります。月収、30万円ぐらいにはなるでしょう。すでに、二組のバイトが決定しています。後一組です、どうなされますか?」二人の心は、ふらついていた。

 田柴は、覚悟を決めていたが、次第に怖気づき始めていた。人間の内蔵をイメージすればするほど、全身に震えが走った。田柴は、あまりの不安から言葉が飛び出した。「今、返事しなければなりませんか?1時間ほど二人で相談したいのですが?」田柴は、崎山の青くなった顔を見つめた。崎山も頷き、白髪の男性に懇願する表情をした。「13時に、再度お越しください。そのときに、はっきりした返事をいただければ結構です」二人は、緊張した肩をすっと落とした。

 

 二人は、大手門ビルの近くのスタバで相談することにした。窓際のカウンター席に腰掛け、人に聞かれないように秘かに話し合うことにした。カウンターに腰掛けると、ビルの玄関ですれ違った二人組みが、すぐ隣に腰掛けていることに田柴は気付いた。崎山に目配せすると、崎山が席を立つかのように、腰を持ち上げた。そのとき、ひげを生やした40歳前後の男が、声をかけた。「さっきの方じゃないですか。お宅たちもあのアルバイトをされるんですか?私たちもなんです。よろしくお願いします」ひげの男性は、赤黒い顔に笑顔を作って挨拶した。

 

 突然の挨拶に崎山は、苦笑いをして腰を落とした。「いや、ま~、なんと言うか、その~。今、考慮中なんです。やれるかどうかの」崎山は、バイトの一組であることに気付き、ちょっと気まずくなってしまった。男性は、さらに話を続けた。「そうですよね。あんなバイトする人は、よっぽどお金に困ってなければ、やらないですよね。僕たちは、他にどこも雇ってくれない浮浪者ですから、すぐに、引き受けました」薄汚い二人は、何日も洗濯されてないような汚い作業服を着ていた。

 

 崎山たちも同じようにお金に困って、面接にやってきたので、身なりはきれいでも事情は同じであった。「いや、僕たちは、学生なんですが、お金が必要なのです。授業料を払えないと、退学なんで。それで、日当のいいバイトを探しているんです。でも、バイトの内容が、ちょっときついかなと思って、ちょっと、相談する時間をもらったんです」崎山と田柴は、目じりを下げて、ちょこんと頭を下げた。浮浪者風の二人は、頷き、コーヒーをすすった。

 

 コーヒーカップをカウンターの上に置いたひげの男性は、恥ずかしそうに話し始めた。「私たちは、お宅らと違って、社会からドロップアウトしたものです。以前は、原発の仕事をしていましたが、原発が停止になって、今、その仕事がないんです。どこも、浮浪者なんか雇ってくれません。浮浪者にとっては、ありがたい仕事でした。たまたま、ゴミ箱で拾った広告雑誌に奇妙なバイトがあったので、面接に行ったところ、幸運にも採用されました。一文無しで、公園で野宿していると言ったところ、ありがたいことに、前借までさせてくれました。人並みにスタバでコーヒーを飲むのは、何年ぶりですかね」ひげの男は、禿の男に振り向いた。

 

 禿の男は、顔は薄汚かったが、ひげの男より若そうだった。禿の男が、頷き目を崎山に向けると、ダミ声で話し始めた。「実のところ、僕はやりたくなかったんです。でも、残飯あさりはもう、こりごりです。寮に入って、人並みの生活ができるのならば、なんでもやろうと決意しました。僕たちには、人間ではできないような仕事しか残っていないのです。運命だとあきらめています」禿の男の目から涙が落ちていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
女優
0
  • 0円
  • ダウンロード

5 / 35

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント