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 二人が、9時半ごろ大手門ビルの玄関に到着すると、一足先に、面接が終わったと思われる肩をすぼめた薄汚れた作業服姿の二人の中年男性とすれ違った。「先輩、あれって、ライバルとちゃいますか?競争率高そうですね」崎山は、両手を合わせて入社できますようにと神様にお願いした。950分になると、デリシャス食肉販売(株)バイト面接室と張り紙された部屋のドアを崎山はそっとノックした。中から、明るい声が返ってきた。「はい、どうぞ」二人が中に入って行くと、かわいらしい受付の女性が、カウンターで笑顔を作っていた。

 

 二人は、かしこまってお辞儀をすると、受付が確認の声をかけた。「10時面接の崎山様と田柴様ですね」受付は、透き通った声で二人に問いかけた。「はい」崎山は、直立し、深々とお辞儀した。田柴も慌てて深々とお辞儀した。それを見ていた彼女は、クスッと笑い、声をかけた。「履歴書をお預かりいたします」はっとした二人は内ポケットから履歴書を取り出し、彼女に手渡した。

 

履歴書を手に持った彼女は、二人を面接室に案内した。二人は、彼女の後に続きカウンター横の部屋に入っていった。面接室には、50歳前後の白髪の男性が腰掛けていた。彼女は、入り口で待っていたメガネをかけた30歳前後の男性に履歴書を手渡し、甘い香りを残して部屋を出て行った。メガネの男性は、笑顔を作り、手招きした。「どうぞ、おかけください」二人は、長テーブルに並んで腰掛けた。二人の前に腰掛けている人事担当者と思われる白髪の男性にメガネの男性が履歴書を手渡すと、封筒から履歴書を取り出し、写真と顔を確認するように、二人を見つめた。

白髪の男性は、小さな声でやさしく声をかけた。「広告に書いていました通り、仕事内容は、食肉の解体ですが、ホルモンの作業をやっていただくことになります。ただ、今回は、特別に高額の日当をお支払いするのですが、ホルモンと言っても、牛や豚のホルモンではなく、人間のホルモンを担当していただくことになります。この点を了解していただけますか?」二人は、顔を引きつらせ、顔を見合わせた。二人は、何と言っていいか分からず、固まってしまった。

 

 「いかがですか?了解なされますか?」二人は、震えていた。田柴は、崎山の膝をつついた。「はい、人間のホルモンといいますと、人間の内臓を取り出す仕事と言うことですか?」覚悟を決めた崎山は、勇気を振り絞って質問した。「はい、おっしゃるとおり、人間の肝臓、小腸、心臓、眼球、それと、男性の場合はペニスと睾丸、女性の場合は卵巣を摘出していただきます。施術方法は、研修をいたしますので、ご心配なく」白髪の男性は、事務的に述べた。

 

 田柴は、膝まで震えだしていた。崎山は、鳥肌が立っていたが、ぜひともやりたいという気持ちが抑えきれず、さらに質問した。「摘出は、工場でやればいいのですか?何人ぐらいやれば?」崎山は、お金が欲しくて覚悟を決めていた。「いや、工場ではありません。契約先の病院です。指定された病院に出向き、その日に指定された内臓を摘出していただくだけです。一日に一人です。摘出した内臓をビニール袋につめて、それらを保冷箱に入れて、工場に持ち帰っていただければいいのです。簡単な、作業です。移動には、会社の車を使われてかまいませんが、タクシーを使われてもかまいません」崎山は、あまりにも具体的な話にめまいがしていた。

  田柴は、あまりにも不気味な仕事に、ドン引きしていたが、ここまできたからには、やるしかないと覚悟した。ちょっと疑問に思ったことを訊ねた。「施術は、医者のほうが、上手じゃないんですか?」崎山も、マジな顔つきで頷いた。「それなんですが、確かに医者にやっていただければ、こんな無駄な出費はしなくてすむのですが、医者は、治療目的以外の施術はしないのです。そこで、アルバイトを雇うってわけです」二人は、顔を見合わせて頷いた。

 

 「この作業は、違法ではありませんが、ここでの話は他言されないようにお願いします。亡くなられた方は、臓器提供に同意をなされていますので、医者は移植のために必要な臓器を摘出し、残りの臓器を私たちに提供してくださるのです。法律上、まったく問題はありません。安心して、作業をなさってください」白髪の男性は、ドヤ顔で奇妙な笑顔を作った。崎山は、やる気はあったが、あまりにも気持ち悪い作業をイメージすると、しり込みし始めていた。

 

 しばらくうつむいていた崎山は、さらに質問した。「その仕事は、週何回ぐらいでしょうか?」作り笑顔をした白髪の男性は、即座に答えた。「そうですね、この作業は、病院との連携ですから、週23回と言うところです。50の契約先病院がありますので、仕事は毎週必ずあります。月収、30万円ぐらいにはなるでしょう。すでに、二組のバイトが決定しています。後一組です、どうなされますか?」二人の心は、ふらついていた。

 田柴は、覚悟を決めていたが、次第に怖気づき始めていた。人間の内蔵をイメージすればするほど、全身に震えが走った。田柴は、あまりの不安から言葉が飛び出した。「今、返事しなければなりませんか?1時間ほど二人で相談したいのですが?」田柴は、崎山の青くなった顔を見つめた。崎山も頷き、白髪の男性に懇願する表情をした。「13時に、再度お越しください。そのときに、はっきりした返事をいただければ結構です」二人は、緊張した肩をすっと落とした。

 

 二人は、大手門ビルの近くのスタバで相談することにした。窓際のカウンター席に腰掛け、人に聞かれないように秘かに話し合うことにした。カウンターに腰掛けると、ビルの玄関ですれ違った二人組みが、すぐ隣に腰掛けていることに田柴は気付いた。崎山に目配せすると、崎山が席を立つかのように、腰を持ち上げた。そのとき、ひげを生やした40歳前後の男が、声をかけた。「さっきの方じゃないですか。お宅たちもあのアルバイトをされるんですか?私たちもなんです。よろしくお願いします」ひげの男性は、赤黒い顔に笑顔を作って挨拶した。

 

 突然の挨拶に崎山は、苦笑いをして腰を落とした。「いや、ま~、なんと言うか、その~。今、考慮中なんです。やれるかどうかの」崎山は、バイトの一組であることに気付き、ちょっと気まずくなってしまった。男性は、さらに話を続けた。「そうですよね。あんなバイトする人は、よっぽどお金に困ってなければ、やらないですよね。僕たちは、他にどこも雇ってくれない浮浪者ですから、すぐに、引き受けました」薄汚い二人は、何日も洗濯されてないような汚い作業服を着ていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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