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 崎山たちも同じようにお金に困って、面接にやってきたので、身なりはきれいでも事情は同じであった。「いや、僕たちは、学生なんですが、お金が必要なのです。授業料を払えないと、退学なんで。それで、日当のいいバイトを探しているんです。でも、バイトの内容が、ちょっときついかなと思って、ちょっと、相談する時間をもらったんです」崎山と田柴は、目じりを下げて、ちょこんと頭を下げた。浮浪者風の二人は、頷き、コーヒーをすすった。

 

 コーヒーカップをカウンターの上に置いたひげの男性は、恥ずかしそうに話し始めた。「私たちは、お宅らと違って、社会からドロップアウトしたものです。以前は、原発の仕事をしていましたが、原発が停止になって、今、その仕事がないんです。どこも、浮浪者なんか雇ってくれません。浮浪者にとっては、ありがたい仕事でした。たまたま、ゴミ箱で拾った広告雑誌に奇妙なバイトがあったので、面接に行ったところ、幸運にも採用されました。一文無しで、公園で野宿していると言ったところ、ありがたいことに、前借までさせてくれました。人並みにスタバでコーヒーを飲むのは、何年ぶりですかね」ひげの男は、禿の男に振り向いた。

 

 禿の男は、顔は薄汚かったが、ひげの男より若そうだった。禿の男が、頷き目を崎山に向けると、ダミ声で話し始めた。「実のところ、僕はやりたくなかったんです。でも、残飯あさりはもう、こりごりです。寮に入って、人並みの生活ができるのならば、なんでもやろうと決意しました。僕たちには、人間ではできないような仕事しか残っていないのです。運命だとあきらめています」禿の男の目から涙が落ちていた。

 

 田柴と崎山は、あまりにも絶望的な話を聞いて、自分たちがどんなに幸せか実感していた。田柴が、禿の涙顔に向かって話し始めた。「僕たちは、学生なのですが、授業料を払うには、バイトをしなければなりません。他にも、バイトはあるのでしょうが、こんなに日当のいいバイトはそうありません。でも、仕事の内容が、気持ち悪いもので、躊躇しています。贅沢なんでしょうか?」田柴は、話し終えるとコーヒーをすすった。

 

 禿の男は、うらやましそうな顔で二人の顔をちらっと見て、窓の外を頻繁に走っている車をぼんやり眺め話始めた。「おたくらは、未来があっていいじゃないですか。僕たちは、ただ、その日を生きているだけです。僕は、派遣社員として、自動車組み立て工場で働いていました。でも、工場が閉鎖になって、仕事を失ってしまうと、派遣社員には、これと言った仕事はありませんでした。

 

無一文になり、公園で頭を抱えていたとき、こちらの菅原さんに声を掛けられたのです。原発の仕事は、どんな仕事かわかりませんでしたが、お金が欲しくて、ついて行きました。そうですね、7年ほどやったと思います。その仕事も、福島の原発事故のため原発は停止され、またもや、失業です。ついていません。このバイトもいつまで続くのやら」禿の男の目は、死んだ魚の目のようにどんより曇っていた。

 崎山は、社会から見放された原発労働者の話を聞き、自分たちは、いかに恵まれているかをしみじみと感じていた。崎山は、やる気でいたが、田柴の気持ちを確認することにした。「先輩、どうします?やりましょうよ、こんなにいいバイトは、他にありませんよ」田柴は、しばらく黙っていた。田柴は、いいにくそうに話し始めた。「確かに、こんなにいいバイトは他にない。それはわかるが、俺は、もともと気が弱いんだ。血を見ただけでも、気分が悪くなる。俺に、できるだろうか?」田柴は、俯いてしまった。

 

 気の毒そうに思った禿の男が、口を挟んだ。「ごもっともです。男のものを切り取るなんて、気持ち悪くてやってられませんよ。僕も、今からでも断りたいぐらいなんです。でも、僕たちには、このような仕事しかないんです。お二人は、他に人間らしい仕事を探されてはどうですか?」田柴は、思わず頷いてしまった。崎山も一瞬、禿の男の話は最もだと納得したが、この不景気に、このような高額の日当がもらえるバイトは他に無いと確信していた。

 

 崎山は、躊躇し始めた。無理にこのバイトを勧めて、二人の仲が悪くなり、漫才までダメになってしまうのではないかと不安になった。崎山は、俯いてしまった田柴にそっと声をかけた。「先輩、このバイト断りましょう。そう、警備のバイトでもやりましょう」田柴は、うつむいたまま、じっと黙っていた。気持ちの整理はつかなかったが、田柴は、やはり、お金が欲しかった。十日やそこら働いて、30万円にもなるバイトは、どこを探しても無いと思った。日当が安いバイトをやれば、それだけバイトの日数が増え、漫才の稽古ができなくなるのではないかと不安になった。

 

 もし、ここで断ってしまえば、他の誰かにすぐに決まってしまうように思えた。田柴は、ゆっくり顔を持ち上げた。「そうだな~、警備のバイトか?そんなバイトで毎月15万円の授業料が払えるのだろうか?漫才の稽古はどうする?性根を入れてやらないと、漫才師の夢は水の泡になってしまう。俺らに残されたチャンスは、あと一年。この一年で、卒業できなければ、もう、コンビは解散だ。崎山、人生をかけて、このバイトやろうじゃないか」田柴は、崎山の右肩をポンと叩いた。

 

                悪霊

 

 退学寸前に追い込まれていた田柴と崎山に舞い込んできた幸運のバイトのおかげで、どうにか大学に残ることができた。しかも、奇妙なバイトのおかげで、自殺ネタがバカ受けし、漫才の未来も見えてきた。気持ち悪いバイトで落ち込んだ気持ちを跳ね除けるべく、死体と原発労働者をヒントに自殺をネタとした面白い漫才を崎山は考えだした。崎山は、奇妙なバイトに感謝し、できる限り、このバイトを続けたいと思うようにまでなっていた。

 

 二人は、バイトが無い日であったが、幸運のバイトを決心した大手門のスタバにやって来た。浮浪者と同席したかつてのカウンターに腰掛けた。バイトを始めて4ヶ月がたち、留年一年目を迎えた二人は、漫才師への夢を語り始めた。「先輩、この調子だと、M-1にも出られそうですね。田森教授にも褒められたし、絶対に億万長者になりましょう。それにしても、自殺ネタがあんなにバカ受けするとはな~」崎山は青空を見上げ、目を輝かせコーヒーを飲み干した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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