シニアの青春

第一打がキーとなるホールのため、社長とリンダは、アイアンでティーショットした。志保は、5番ウッドで手堅くフェアウェーをキープした。部長も5番ウッドでティーショットしたが、左のラフに打ち込んでしまった。乱れ始めた部長を気遣い、社長は部長の第二打地点に同行した。少し深いラフからは飛距離が出ないと判断した社長は、9番アイアンでフェアウェーに出すようにアドバイスした。どうにかラフから脱出できた部長は、5番ウッドで第3打を打った。

 

部長は、いつものいやな流れになり、愚痴をこぼし始めた。「社長、またやってしまいましたよ。この調子じゃ、100は切れそうにありませんね」部長は、苦虫をつぶしたような顔で社長を見つめた。社長は、考え込んだ顔つきで答えた。「まあ、そう、気にするな。俺も、アイアンがいまひとつだ」社長は、3番アイアンでのティーショットで、リンダより20ヤードも遅れをとっていた。

 

部長は、怪訝な顔で訊ねた。「社長、どこがいまひとつですか。ティーショットは、あんなに飛んでいるじゃないですか。会心のあたりじゃないですか」社長は、腕組みをして、部長に話しても通じないと思ったが、一応話すことにした。「植木には分かるまいが、ティーショットは、芯をはずしていた。どうにか200ヤード飛んだのは、クラブのおかげだ。最近、アイアンの調子がよくない。困ったもんだ」社長は、あたりがくるった原因を自覚していた。50歳を過ぎてから関節が硬くなり、肩が思うように回らなくなっていた。

部長は、まったく理解できず、おべんちゃらを言った。「社長、私からすれば、うらやましいショットです。社長の思い過ごしじゃないですか。パーにバーディー、好調じゃないですか。この調子で行けば、70が切れるんじゃないですか。今日こそは、リンダに勝てるんじゃないですか」部長は、作った笑顔でお世辞を言った。おだてられた社長は、芯をはずしたのは自分の勘違いかもしれないと、ふと思い、リンダの股間から見えたピンクのショーツを思い出してしまった。「そうか、俺の勘違いだな。よし、今日は70をきるぞ。植木も、100をきろよ」つい時間を忘れていた二人は、社長の第二打地点にかけて行った。

 

社長は、5番ウッドで右の林越えに成功し、気をよくして、カートに戻った。リンダと社長は3オン、志保は4オン、部長は5オン、どうにか無事にグリーンに載せた部長は、大きく深呼吸をしてロングパットを寄せた。社長とリンダはパー、志保はボギー、部長はダボと鬼門をどうにか潜り抜けることができた。145ヤード、パー3の4番ホールは谷越えのショートホールで、部長は、何度もトップしては、ティーショットでボールを谷に落としていた。

 

「いやな、ホールですね。どうして谷越えになんかにするんですかね。嫌がらせとしか思えません。ゴルフはこれだから嫌いなんです」部長は、ぶつぶつ言いながら5番アイアンを手にしてアドレスに入った。硬くなった部長は、肩を十分にまわさず、相変わらず早打ちをしてしまった。若干ダフリ気味だったが、運よく谷を越えることはできた。社長とリンダはグリーンを捉え、志保は、バンカーにつかまってしまった。

志保にとっては、バンカーは問題なかった。むしろ得意であった。一発で低く出たボールは、ゆっくり転がり、ピン1ヤード手前で止まった。部長は、どうにか3オンできてほっとした。社長とリンダはパー、志保はボギー、部長はダボで、大たたきせずに済んだ部長は、胸をそっとなでおろした。やや左ドッグレッグの372ヤード、パー4の5番ホールは、社長とリンダにとってバーディーホールで、社長は気合を入れてドライバーを振りぬいた。

 

大きな声を上げた社長は、跪いてしまった。めったに引っ掛けることのない社長が、気合を入れすぎたのか、フックがかかりそこなったのか、林の中に打ち込んでしまった。暫定球を宣言し、泣きそうな顔で再度ティーショットをした。カートに乗り込むとうなだれてしまった社長に部長が声をかけた。「社長、きっと見つかりますよ。私が探せばきっと見つかります。任せてください」社長は、たとえあったとしても、パーであがれないと思い、地獄に落ちたかのように青くなっていた。

 

5分探しても結局、社長のボールは見つからなかった。暫定球をしぶしぶ打って4オンできたが、結果はダボで60台の目標が消え始めていた。セカンドを9番アイアンでピン右3ヤードにナイスオンしたリンダは、見事バーディーを取った。429ヤード、パー4の6番ホールは、打ちおろしで、リンダは300ヤードほど飛距離を出していた。社長も260ヤードほど出るので、打ち上げのセカンドしだいでは、バーディーが狙えるホールだった。

だが、5番ホールのショットの乱れが気にかかり、思い切って振れなくなってしまった。怖気づいてしまった社長は、気合を失い、左脚に力が入らず、どうにか240ヤードほど飛ばしてフェアウェーをキープした。飛ばない部長もこのホールだけは220ヤードも飛び、くるったように喜んだ。志保はステディーなスイングで部長の右横まで運んだ。社長は、部長の能天気に喜ぶ姿にあきれていたが、部長の後についてかけて行った。部長は、ボールのところにやってくると、即座に5番ウッドでアドレスしたが、社長は声をかけた。

 

「待て、少し左足上がりだ、短くもって、ゆっくり打て。打ち急ぐんじゃないぞ」社長のアドバイスを聞いた部長は、大きく頷き、深く深呼吸して、しっかり肩を回してスイングした。見事ジャストミートされたボールは、150ヤードほど飛んだ。「ナイスショットです、グリー近くまで転がりましたね。社長のアドバイスのおかげです」部長は、社長に笑顔を向けた。気落ちしていた社長であったが、部長のナイスショットを見て、少しは気分が晴れた。

 

社長は、残り190ヤードほどを3番ユーティリティーでどうにかパーオンさせた。リンダは、難なく9番アイアンでピン左3ヤードにパーオン。志保も5番ウッドでグリーン20ヤード手前まで運んだ。グリーンまで40ヤードほどまでに転がっていたボールを、部長は慎重に両足をそろえ9番アイアンで軽く打った。見事グリーンにオンし、転がったボールはピン手前5ヤードに止まった。社長とリンダはパー、部長と志保はボギー、元気をなくしていた社長であったが、3番ユーティリティーでグリーンを捉えることができたことで、気分が落ち着いてきた。部長が社長に駆け寄り、社長の心中を察して、励ましとおべんちゃらを並べた。

春日信彦
作家:春日信彦
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