シニアの青春

志保にとっては、バンカーは問題なかった。むしろ得意であった。一発で低く出たボールは、ゆっくり転がり、ピン1ヤード手前で止まった。部長は、どうにか3オンできてほっとした。社長とリンダはパー、志保はボギー、部長はダボで、大たたきせずに済んだ部長は、胸をそっとなでおろした。やや左ドッグレッグの372ヤード、パー4の5番ホールは、社長とリンダにとってバーディーホールで、社長は気合を入れてドライバーを振りぬいた。

 

大きな声を上げた社長は、跪いてしまった。めったに引っ掛けることのない社長が、気合を入れすぎたのか、フックがかかりそこなったのか、林の中に打ち込んでしまった。暫定球を宣言し、泣きそうな顔で再度ティーショットをした。カートに乗り込むとうなだれてしまった社長に部長が声をかけた。「社長、きっと見つかりますよ。私が探せばきっと見つかります。任せてください」社長は、たとえあったとしても、パーであがれないと思い、地獄に落ちたかのように青くなっていた。

 

5分探しても結局、社長のボールは見つからなかった。暫定球をしぶしぶ打って4オンできたが、結果はダボで60台の目標が消え始めていた。セカンドを9番アイアンでピン右3ヤードにナイスオンしたリンダは、見事バーディーを取った。429ヤード、パー4の6番ホールは、打ちおろしで、リンダは300ヤードほど飛距離を出していた。社長も260ヤードほど出るので、打ち上げのセカンドしだいでは、バーディーが狙えるホールだった。

だが、5番ホールのショットの乱れが気にかかり、思い切って振れなくなってしまった。怖気づいてしまった社長は、気合を失い、左脚に力が入らず、どうにか240ヤードほど飛ばしてフェアウェーをキープした。飛ばない部長もこのホールだけは220ヤードも飛び、くるったように喜んだ。志保はステディーなスイングで部長の右横まで運んだ。社長は、部長の能天気に喜ぶ姿にあきれていたが、部長の後についてかけて行った。部長は、ボールのところにやってくると、即座に5番ウッドでアドレスしたが、社長は声をかけた。

 

「待て、少し左足上がりだ、短くもって、ゆっくり打て。打ち急ぐんじゃないぞ」社長のアドバイスを聞いた部長は、大きく頷き、深く深呼吸して、しっかり肩を回してスイングした。見事ジャストミートされたボールは、150ヤードほど飛んだ。「ナイスショットです、グリー近くまで転がりましたね。社長のアドバイスのおかげです」部長は、社長に笑顔を向けた。気落ちしていた社長であったが、部長のナイスショットを見て、少しは気分が晴れた。

 

社長は、残り190ヤードほどを3番ユーティリティーでどうにかパーオンさせた。リンダは、難なく9番アイアンでピン左3ヤードにパーオン。志保も5番ウッドでグリーン20ヤード手前まで運んだ。グリーンまで40ヤードほどまでに転がっていたボールを、部長は慎重に両足をそろえ9番アイアンで軽く打った。見事グリーンにオンし、転がったボールはピン手前5ヤードに止まった。社長とリンダはパー、部長と志保はボギー、元気をなくしていた社長であったが、3番ユーティリティーでグリーンを捉えることができたことで、気分が落ち着いてきた。部長が社長に駆け寄り、社長の心中を察して、励ましとおべんちゃらを並べた。

「さすが社長。軽く打ってパーオンですね。社長のアドバイスも的を射ていますし、社長のおかげで100が切れそうです。頑張ります」部長の笑顔を見届けると、社長もほっとした笑顔でカートに乗り込んだ。今日もショットは絶好調だったが、スライスラインのバーディーパットをはずしたリンダは、不機嫌そうにパターをキャディーバッグに放り込んだ。

 

志保は、いつものようにパターのミスからショットがくるってしまわないようにリンダに声をかけた。「リンダ、そう、ムキになっちゃダメ。落ち着くのよ。カッとなったら負け。いいわね。パターは我慢よ。いい」リンダは、自分の短気がよく分かっていた。いつも、パターが入らなくなるとかっとなって、ショットまでおかしくなっていた。リンダは、パターが苦手だった。いろんなパッティングを試してみたが、うまく行かなかった。

 

左ドッグレッグ、511ヤード、パー5の7番ホールは、リンダにとってはツーオンできるロングホールだった。リンダは、いつもフックをかけてショートカットを狙う。今回も見事ショートカットに成功し、残り190ヤードまで運んでいた。セカンドは、4番アイアンのフェードボールで見事ツーオンし、ピンハイ5ヤードのイーグルチャンスにつけた。社長は、堅実にパーオンし、ピン右7ヤードのバーディーチャンスにつけた。

 

部長はいつもの打ち急ぎが出て5ウッドのセカンドをダフリ、さらに、四打をバンカーに入れてしまい、やっと6オンした。志保は、ゆったりとしたスイングで5ウッドに7番アイアンで、見事ピン手前9ヤードのパーオンに成功した。リンダは、志保のアドバイスで気を取り戻し、冷静に下りのスライスラインを沈め、イーグル。社長もフックラインを見事沈めバーディー。部長は、得意のパットとあってラインを読まずあっさり打ったが、どうにかトリプルで上がった。志保は、見事、ツーパットでパー。

 

部長は、なぜかパターが得意だった。部長は、直感的にパターの打ち方を発見していた。でも、社長に聞かれてもその秘訣は教えなかった。その秘訣とは、ボールの真横をヒットするのではなく、少し斜め上をこつんと叩くことだった。社長も、リンダも、ボールの真横を叩くため、緊張するとフェースがかぶっていた。ロングパットをいとも簡単に沈める部長に社長は、お願いするように尋ねた。

 

 「部長は、パターだけはプロ並みじゃないか。いったい、どうしてそんなに力みもせずに打てるのかね。なにか秘訣があるんじゃないか。頼むから、教えてくれないか」社長は、部長のパターには一目置いていた。部長は、このときばかりは、心では天狗になっていた。でも、あくまでもまぐれに過ぎないといつもへりくだっていた。「秘訣だなんて、単なるまぐれですよ。私は、能天気だから、適当に打っているだけです。秘訣なんて、ありません」

パターだけは、社長に勝てる技術と思い、教えたくないと思っていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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