シニアの青春

 社長は、まぐれにしてはあまりにも上手なのできっと何か秘訣があるとにらんでいた。リンダも部長のパットには感心していた。どんなときも力まずに適当にこつんと叩くパットになぞめいたものを感じていた。「植木さん、本当にパットがお上手ですね。どんな練習をなされているんですか?もったいぶらずに教えてくださいよ。私は、パターの秘訣が分かれば、プロになれると思っているのです。見ていて分かるでしょ、私のパターの下手さが」リンダも部長からパターの秘訣を探ろうと下手に出て教えを願い出た。

 

 部長は、リンダのパターの下手さを十分知っていた。緊張すると必ずフェイスがかぶっていた。しかも、イップスじゃないかと思うくらい緊張するのも分かっていた。「リンダさんは、考えすぎじゃないですか?私のように能天気に打てばいいんじゃないですか?」リンダも緊張のあまり、ミスをすることは十二分に知っていたが、パターに入ると突然緊張するのだった。「植木さんは、まったく緊張しないのですか?潔いと言うか、思いっきりがいいと言うか、よくカツンと打てますね。私は、怖くて腫れ物に触るように打ってしまうのです。気が弱いのでしょうか?」

 

 リンダは、すでにパター恐怖症にかかっていた。打つ前から入らないような気持ちになり、ストレートのラインでも震えていた。パターをまっすぐ引こうとするあまり、手が震え、なぜかインパクトでフェースがかぶるのだった。「パターは性格が出ますからね~、リンダさんに能天気になれといっても無理ですね。肩の力を抜いて打ってみてはどうですか」部長は、ありふれたアドバイスをした。

 165ヤード、パー3、8番ショートホールは、部長が大嫌いな池越えホール。120ヤード飛べば池は越えられるので、そんなに恐れる距離ではないが、緊張するとトップしてしまうのだった。社長とリンダは、7番アイアンでナイスオン。志保のボールは、グリーン手前の花道に止まった。部長は、今まで何度もボールを池に打ち込んでいた。5ウッドを手に取ると、震えながらアドレスに入った。このままだと池ポチャになると思った社長は、アドバイスすることにした。

 

 「植木、深呼吸しろ、打ち急ぐな、ゆっくり大きくテークバックして、膝を使って打て」仕切り直しをした部長は、大きく深呼吸するとお尻を突き出して、ゆっくりテークバックした。気楽に振ったクラブは、ボールをカット気味に捉え、かろうじてグリーン右横に運んだ。「やりました、社長のおかげです」部長は、子供のような笑顔で社長に抱きついた。社長も嬉しくなったのか、部長を抱きしめジャンプした。

 

 社長、リンダ、志保はパー。部長も寄せに成功しボギーに収めた。342ヤード、パ-4、9番ミドルホールは、距離はないが、250ヤードあたりでフェアウェーが狭くなっていて、ティーグラウンドからは、フェアウェーが狭く見える。リンダは、280ヤードほどの飛距離で難なくフェアウェーをキープした。社長は、このホールを苦手としていて、時々フェアウェーバンカーにつかまっていた。今回もフェアウェーバンカーにつかまってしまった。

 5番ウッドでティーショットした志保は、フェアウェーをキープした。部長も5番ウッドでティーショットしたが、大きくスライスして右のラフに打ち込んでしまった。ラフで3回ほど叩くのではないかと心配した社長は、部長の後について深い草に隠れたボールの位置まで走っていった。草の中に埋もれたボールを見て社長は、アドバイスをした。「9番アイアンで思いっきり上から叩け。10ヤード飛べば成功だ。こっちのフェアウェーに目がけて打てよ」

 

 部長は、渾身の力で上から叩き込んだ。ボールは、どうにか5ヤードほど飛んでフェアウェーに出た。ほっとした部長は、5番ウッドで第三打を打った。5オンの部長だったが、トリプルで上がられたことにほっとした。リンダはバーディー。社長と志保はボギー。フロント9を終え、部長は重労働から解放されたかのように大きく肩で深呼吸した。社長のスコアは、まずまずだったが、アイアンの感覚がいまひとつだった。

 

               昼食の反省会

 

 四人はレストランの窓際の席に腰掛けると部長はカレーを、社長と志保はコーヒーを、リンダはオレンジジュースを注文した。さっそく、社長は、笑顔を作ると正面に腰掛けていたリンダに話しかけた。「さすが、リンダさん、5アンダーですね。今日は、10アンダーまでいけそうじゃないですか」リンダは、褒められて嬉しかったが、簡単なパットを外す自分に落ち込んでいた。「ダメなんです、本当に、パターがダメなんです。どうしたらパター恐怖症が治るのでしょうか?」

 

リンダにとっては、このコースはやさしかった。ショットだけを見れば、プロでもトップクラスに入れるほどの技術と飛距離を持っていた。だが、パター恐怖症が突然現れると、スイングリズムまで悪くしてしまっていた。社長の右横で頷いていた部長にリンダは声をかけた。「植木さんは、パターで緊張しないのですか?何かおまじないでもあるのですか?」部長は、笑顔を作り答えた。

 

「おまじないなんてありませんよ。能天気なだけです。僕のようにヘボは、スコアのことを考えないから、適当に打てるのです。おそらく、バーディーパットだったら、僕も緊張するんじゃないですか。パターは、技術というより、気持ちじゃないですか?リンダさんも、開き直って打ってみてはいかがですか?無責任なアドバイスですが」リンダは、深刻な表情で聞き入っていた。

 

「開き直ってですか?それができないのです。気が弱いと言うか、臆病者と言うか、いざとなると怖気づいて、手が震えてしまうのです。病気みたいなものです。こんな有様では、プロにはなれません。もう、プロはあきらめています」社長は、リンダの意外な発言に目を丸くした。「リンダさん、そう深刻にならずに、誰でも、スランプはありますよ。ある日突然、手が動くようになるなんてことは、よく聞きます。まあ、そう、あせらっずに、チャレンジしてみてはどうです」社長は、リンダを慰めた。

春日信彦
作家:春日信彦
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