シニアの青春

 5番ウッドでティーショットした志保は、フェアウェーをキープした。部長も5番ウッドでティーショットしたが、大きくスライスして右のラフに打ち込んでしまった。ラフで3回ほど叩くのではないかと心配した社長は、部長の後について深い草に隠れたボールの位置まで走っていった。草の中に埋もれたボールを見て社長は、アドバイスをした。「9番アイアンで思いっきり上から叩け。10ヤード飛べば成功だ。こっちのフェアウェーに目がけて打てよ」

 

 部長は、渾身の力で上から叩き込んだ。ボールは、どうにか5ヤードほど飛んでフェアウェーに出た。ほっとした部長は、5番ウッドで第三打を打った。5オンの部長だったが、トリプルで上がられたことにほっとした。リンダはバーディー。社長と志保はボギー。フロント9を終え、部長は重労働から解放されたかのように大きく肩で深呼吸した。社長のスコアは、まずまずだったが、アイアンの感覚がいまひとつだった。

 

               昼食の反省会

 

 四人はレストランの窓際の席に腰掛けると部長はカレーを、社長と志保はコーヒーを、リンダはオレンジジュースを注文した。さっそく、社長は、笑顔を作ると正面に腰掛けていたリンダに話しかけた。「さすが、リンダさん、5アンダーですね。今日は、10アンダーまでいけそうじゃないですか」リンダは、褒められて嬉しかったが、簡単なパットを外す自分に落ち込んでいた。「ダメなんです、本当に、パターがダメなんです。どうしたらパター恐怖症が治るのでしょうか?」

 

リンダにとっては、このコースはやさしかった。ショットだけを見れば、プロでもトップクラスに入れるほどの技術と飛距離を持っていた。だが、パター恐怖症が突然現れると、スイングリズムまで悪くしてしまっていた。社長の右横で頷いていた部長にリンダは声をかけた。「植木さんは、パターで緊張しないのですか?何かおまじないでもあるのですか?」部長は、笑顔を作り答えた。

 

「おまじないなんてありませんよ。能天気なだけです。僕のようにヘボは、スコアのことを考えないから、適当に打てるのです。おそらく、バーディーパットだったら、僕も緊張するんじゃないですか。パターは、技術というより、気持ちじゃないですか?リンダさんも、開き直って打ってみてはいかがですか?無責任なアドバイスですが」リンダは、深刻な表情で聞き入っていた。

 

「開き直ってですか?それができないのです。気が弱いと言うか、臆病者と言うか、いざとなると怖気づいて、手が震えてしまうのです。病気みたいなものです。こんな有様では、プロにはなれません。もう、プロはあきらめています」社長は、リンダの意外な発言に目を丸くした。「リンダさん、そう深刻にならずに、誰でも、スランプはありますよ。ある日突然、手が動くようになるなんてことは、よく聞きます。まあ、そう、あせらっずに、チャレンジしてみてはどうです」社長は、リンダを慰めた。

リンダは、うつむいていたが、志保が笑顔で社長に話しかけた。「社長のスイングは、ベンホーガンに似ていますね。とても、アイアンの切れがいいです。この調子で、バーディーをとってください」社長は、ベンホーガンに似ているといわれ嬉しくなった。社長は、若いころから、ベンホーガンにあこがれていて、動画を見てはスイングを真似ていた。特にアイアンのフェードにあこがれていた。

 

「そうですか。似ていますか。志保さんは、見る目がおありです。私は、ベンホーガンの真似を若いころからやっているんです。ベンホーガンにあこがれているんです」社長は、笑顔で志保に顔を向けた。志保は、適当に褒めたのであったが、本当に社長がベンホーガンにあこがれていることを知り、さらに褒めることにした。「アイアンのフェードは、最高です。あんなフェードは、リンダでも打てません。何か秘訣でもおありですか?」社長は、褒められ有頂天になっていた。

 

「いや、秘訣と言うか、なんと言うか、私は、とても右肩がやわらかいくて、右腕が人より長くなるのです。だから、フェードが打ちやすいのです。たった一つのとりえです。でも、最近は、もうダメです。飛距離が落ちました。肩も腰も痛いし、筋肉は硬くなって、思ったようなスイングができません。私のゴルフも、もうおしまいです。若いリンダさんが、うらやましいです」社長は、53歳のとき五十肩になり、それ以後、関節が思うように動かなくなってしまった。

心配そうな表情になった志保は、励ましの言葉を述べた。「いや~、社長は、お若いですわ。まだまだ、これからじゃないですか。ゴルフに年は関係ありません。多少飛距離が落ちても、アイアンの技術でスコアは維持できます。社長の足腰は、まだ、30代じゃないですか。日本アマ目指して、頑張ってください」志保は、リンダを励ましてくれたお返しに、目いっぱいのおべんちゃらを述べた。

 

社長は、30代の足腰と褒められ、その気になってしまった。「そう思われますか。最近、左脚が衰えて、左腰の切れが悪くなったように思っていました。年はとっても、日々精進すれば、飛距離が落ちても、アイアンで勝負できますかね。日本アマか。ゴルファーの夢ですよ」社長は、20代のころ日本アマに出場するのが夢だった。惜しいところで、出場できなかったが、心の底では、今でも出場したいと思っていた。

 

部長は、このときを逃してはならずと、即座におべんちゃらを述べた。「社長なら、やれます。日本アマ目指して頑張ってください。社長のスイングは最高です。私も応援します」部長は、笑顔を作り、志保に同意を求めるように頷いた。志保も大きく頷いた。社長は、脚の衰えを気にしていたが、志保と部長におだてられると、本気になってしまった。「そうか、植木もそう思うか。よし、日本アマ目指して、一から鍛えなおすか。足腰しだいでは、夢じゃない。よし」社長の目は、輝いていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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