シニアの青春

 165ヤード、パー3、8番ショートホールは、部長が大嫌いな池越えホール。120ヤード飛べば池は越えられるので、そんなに恐れる距離ではないが、緊張するとトップしてしまうのだった。社長とリンダは、7番アイアンでナイスオン。志保のボールは、グリーン手前の花道に止まった。部長は、今まで何度もボールを池に打ち込んでいた。5ウッドを手に取ると、震えながらアドレスに入った。このままだと池ポチャになると思った社長は、アドバイスすることにした。

 

 「植木、深呼吸しろ、打ち急ぐな、ゆっくり大きくテークバックして、膝を使って打て」仕切り直しをした部長は、大きく深呼吸するとお尻を突き出して、ゆっくりテークバックした。気楽に振ったクラブは、ボールをカット気味に捉え、かろうじてグリーン右横に運んだ。「やりました、社長のおかげです」部長は、子供のような笑顔で社長に抱きついた。社長も嬉しくなったのか、部長を抱きしめジャンプした。

 

 社長、リンダ、志保はパー。部長も寄せに成功しボギーに収めた。342ヤード、パ-4、9番ミドルホールは、距離はないが、250ヤードあたりでフェアウェーが狭くなっていて、ティーグラウンドからは、フェアウェーが狭く見える。リンダは、280ヤードほどの飛距離で難なくフェアウェーをキープした。社長は、このホールを苦手としていて、時々フェアウェーバンカーにつかまっていた。今回もフェアウェーバンカーにつかまってしまった。

 5番ウッドでティーショットした志保は、フェアウェーをキープした。部長も5番ウッドでティーショットしたが、大きくスライスして右のラフに打ち込んでしまった。ラフで3回ほど叩くのではないかと心配した社長は、部長の後について深い草に隠れたボールの位置まで走っていった。草の中に埋もれたボールを見て社長は、アドバイスをした。「9番アイアンで思いっきり上から叩け。10ヤード飛べば成功だ。こっちのフェアウェーに目がけて打てよ」

 

 部長は、渾身の力で上から叩き込んだ。ボールは、どうにか5ヤードほど飛んでフェアウェーに出た。ほっとした部長は、5番ウッドで第三打を打った。5オンの部長だったが、トリプルで上がられたことにほっとした。リンダはバーディー。社長と志保はボギー。フロント9を終え、部長は重労働から解放されたかのように大きく肩で深呼吸した。社長のスコアは、まずまずだったが、アイアンの感覚がいまひとつだった。

 

               昼食の反省会

 

 四人はレストランの窓際の席に腰掛けると部長はカレーを、社長と志保はコーヒーを、リンダはオレンジジュースを注文した。さっそく、社長は、笑顔を作ると正面に腰掛けていたリンダに話しかけた。「さすが、リンダさん、5アンダーですね。今日は、10アンダーまでいけそうじゃないですか」リンダは、褒められて嬉しかったが、簡単なパットを外す自分に落ち込んでいた。「ダメなんです、本当に、パターがダメなんです。どうしたらパター恐怖症が治るのでしょうか?」

 

リンダにとっては、このコースはやさしかった。ショットだけを見れば、プロでもトップクラスに入れるほどの技術と飛距離を持っていた。だが、パター恐怖症が突然現れると、スイングリズムまで悪くしてしまっていた。社長の右横で頷いていた部長にリンダは声をかけた。「植木さんは、パターで緊張しないのですか?何かおまじないでもあるのですか?」部長は、笑顔を作り答えた。

 

「おまじないなんてありませんよ。能天気なだけです。僕のようにヘボは、スコアのことを考えないから、適当に打てるのです。おそらく、バーディーパットだったら、僕も緊張するんじゃないですか。パターは、技術というより、気持ちじゃないですか?リンダさんも、開き直って打ってみてはいかがですか?無責任なアドバイスですが」リンダは、深刻な表情で聞き入っていた。

 

「開き直ってですか?それができないのです。気が弱いと言うか、臆病者と言うか、いざとなると怖気づいて、手が震えてしまうのです。病気みたいなものです。こんな有様では、プロにはなれません。もう、プロはあきらめています」社長は、リンダの意外な発言に目を丸くした。「リンダさん、そう深刻にならずに、誰でも、スランプはありますよ。ある日突然、手が動くようになるなんてことは、よく聞きます。まあ、そう、あせらっずに、チャレンジしてみてはどうです」社長は、リンダを慰めた。

リンダは、うつむいていたが、志保が笑顔で社長に話しかけた。「社長のスイングは、ベンホーガンに似ていますね。とても、アイアンの切れがいいです。この調子で、バーディーをとってください」社長は、ベンホーガンに似ているといわれ嬉しくなった。社長は、若いころから、ベンホーガンにあこがれていて、動画を見てはスイングを真似ていた。特にアイアンのフェードにあこがれていた。

 

「そうですか。似ていますか。志保さんは、見る目がおありです。私は、ベンホーガンの真似を若いころからやっているんです。ベンホーガンにあこがれているんです」社長は、笑顔で志保に顔を向けた。志保は、適当に褒めたのであったが、本当に社長がベンホーガンにあこがれていることを知り、さらに褒めることにした。「アイアンのフェードは、最高です。あんなフェードは、リンダでも打てません。何か秘訣でもおありですか?」社長は、褒められ有頂天になっていた。

 

「いや、秘訣と言うか、なんと言うか、私は、とても右肩がやわらかいくて、右腕が人より長くなるのです。だから、フェードが打ちやすいのです。たった一つのとりえです。でも、最近は、もうダメです。飛距離が落ちました。肩も腰も痛いし、筋肉は硬くなって、思ったようなスイングができません。私のゴルフも、もうおしまいです。若いリンダさんが、うらやましいです」社長は、53歳のとき五十肩になり、それ以後、関節が思うように動かなくなってしまった。

春日信彦
作家:春日信彦
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