バッキーのこと

別号 余肉砕蔵

 バッキーという名前はぼくのすぐ下の弟が付けた。なんでも、かつて阪神タイガースで活躍した投手だとか。

 そうだ。その時妹が、やはりパンチにしたいと言っていた。

 パンチでも良かったかもしれないが、今になってみるとやはりバッキーはバッキーだったなという思いが強い。子犬の頃は白い毛が多くてアニメのパンチらしいところが多かったが、だんだん茶色い毛が増えて、白犬ではなくなった。そうなると犬種も違うし、パンチらしい要素は薄い。

 やはり、バッキーだったなあと思う。

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 実はバッキーには別名がある。

 余肉砕蔵と書いて「あまりにくさいぞう」と読む。「太っている肉が余っている」と、「あまりに臭い」をかけたもの。

 バッキーは決してデブじゃなかったけど、白くてモコモコだったから、子犬時代は特に太って見えた。もっとも、シャンプーすると、普段の見た目よりやせているのがよく分かったけど。

 ただしウンコが臭かったのは本当で、弟が朝の散歩に連れて行き、ウンコの処理をするときに必ずえずいたという。匂いを嗅がないように気をつけていてもダメだったそうで、毎朝、「おえっ」となったとのこと。もっとも

「ウンコの匂いは天下一品で目覚ましには丁度よかった」というくらいだから、これも愛情表現になっている。

 このエピソードを弟に言われて、ぼくも「そういえばそうだったな」と思い出した。「そういえば」というのは、朝のウンコの臭さである。

 ぼくも子犬のバッキーの散歩に結構行ったが、たしかに臭かった。

「見た目のかわいらしさと、出てくるものの匂いのギャップがありすぎるだろ」

 と思った記憶が、言われてみれば、ある。

 それで「臭い」が発展して「あまりにくさいぞう」が生まれ出された。

 まあ、ぼくも含めてバカなガキの悪ふざけでそんな別号をタテマツッタわけである。

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引きグセ

 バッキーがかわいい盛りだった子犬時代、ぼくは高校生、弟二人も中学生と小学生の高学年で、三人ともアマチュアレスリングをやっていた。

 それで、バッキーの散歩に行くにしても、歩くというより走ることが多かった。しつけをするのが面倒くさかったこともある。

 まだまだ力も弱かったから、抑えようとすれば抑えられる。けれど、思い切り走らせると、短めの足を懸命に回転させ、口を開けベロを出し気味で、ピョンピョン飛ぶように走る。

 そのかわいさと言ったらない。その姿見たさも手伝ってまた走る。

 そのうちに人を引いて歩くのが通常になり、しっかりと引きグセがついてしまった。

 そのまま育ったので、成犬になってからたまに母親や妹が散歩に行くと、バッキーに引っ張られ気味だった。「ぼくが引っ張るんだから、ついておいで」とでも言いたげにグイグイ引っ張る。

 そのため二人は散歩は敬遠していたようだ。

 まあ、しつけようという気はハナからなかった。後になってこれではいけないんだなと思ったりもしたが、その時には後の祭りというやつだった。バッキーが晩年になってから、この引きグセを直さなかったのをかなり後悔することになる。それは後で記す。

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 格闘系のスポーツをしていたこともあってか、従順な犬よりも、腕白、ヤンチャな、元気いっぱいの犬にしたいという気分だった。少なくともぼくはそう思っていた。おとなしい犬よりも、少々暴れん坊のほうがいいと。

 が、そこまで暴れん坊にもならず、かと言って忠犬、名犬にもならなかった。ならなかったと言うか、飼っているほうでちゃんと教えないのだから、なれるはずがなかった。

 なるべくして、なんの芸もない、言わばバカ犬として育っていった。

 しつければ利口な犬になったと思う。可能性は高かったはずだ。

 なぜと言うに、母犬のパイロンがものすごく賢かったから。

パイロン

 パイロン。通称パーちゃん、またはパー子。

 バッキーの母犬である。

 小柄なレトリバーで気性の穏やかな犬だ。パイロンは拾われてきたらしい。

 子犬時代、どれくらいの期間か知らないが家なしで過ごしていたところをMさんに拾われたらしい。それまで栄養失調気味だったから、犬種の割に大きくならなかったんじゃないか、そう言っていたのを耳にした気がするが、ぼくの記憶だからアテにならない。

 でも、穏やかで、何より賢いというのは間違いない。

 Mさんのご主人がしっかりと仕込み、育てた。揺るぎない主従関係が築けていた。

 パイロンはつながれたことがなかった。家では、屋内には入れず庭で飼っていたが、鎖は使わない。それはさほど珍しくないだろうけど、散歩の時もリードを使っているのを見た覚えがない。

 散歩の時、Mさんは自転車にまたがって颯爽と走り、そのとなりを程よい間隔を置いてパイロンが走っていた。(原付のときもあったかな)

 さらに、どうかすると

「パーちゃん、今日は一人でお散歩してらっしゃい」

という時もあった。

 Mさんが門を開けてやるとパイロンはこれくらい当然よ、という顔で出て行く。主婦がスーパーに行くような雰囲気で、いつもの散歩コースをテクテク歩き、城址のお堀に入って好きなだけ泳いで、またテクテク歩いてちゃんと帰ってくる。

 今は交通量も増えてしまってこんなことできないが、パイロンが若かった頃はできた。ま、おおらかだったんだな。

 数年前、Mさんは他県に居を移られたので、そちらでその後どうしたかは分からない。けれどおそらく、似たような飼い方、育て方になったろうし、もしかしたら輪をかけて奔放な接し方になったかもしれないと思う。

 母犬はそういわけで賢いが、バッキーやハップの父犬がどこのだれだか分からない。

 Wさんのところの犬じゃないかとか、いやどうもパイロンとどこそこの犬ができていたらしいとか言ってみたが、言ったところで埒があかない。分からずじまいだ。

 ちなみにWさんの家の息子がぼく達兄弟の遊び仲間で、バッキーに余肉砕蔵というシャレた号を奉じた一人でもある。

ぺたりの腹ばい

 バッキーは寝るとき、腹ばいになって後ろ足を横に開き、ぺたりと腹を地面にくっつけて寝た。この恰好がパイロンそっくりだった。

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 おまけにバッキーは前足を揃えて顔の前にだし、その上にちょこんとアゴをのっけたりしていた。それが本当にかわいかった。

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 そうかと思えば、と言っては悪いけど、かわいい寝相と言い難かったのが仰向けの時だった。

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 腹を出し、後ろ足をパカッと開いている。犬の開きのようである。

 腹の毛がそよそよと風に吹かれ、男児のシンボルがさんさんと陽を受けている。

 完全に仰向け。全くの無防備。底抜けにだらしなく、その点ではまず人後に落ないと思う。

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 ボクシングでダウンした選手でもあんなに見事にはのされない。仮になったとしたら即座にレフェリー・ストップするであろう。それくらいアッパレな寝姿だった。およそ番犬の用はなさないと思わざるを得ない。

 犬が、気を許した人に撫でられているならとも角、こんなに腹を上向きにしてよく寝ていられるなと思った。

 大物か、大バカか。

 まァ、それだけ安心しているということだったか。

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小関三千男
作家:コセキミチオ
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