バッキーのこと

病気知らず

 元気が取り柄で、まず病院に連れて行く必要がなかった。こちらも面倒臭がって、九歳くらいまで予防接種さえきちんと受けさせなかった。

 しつけらしいしつけもしない、予防接種も受けさせない、犬を飼う資格なしとされても仕方ない。

 恥は恥で言い訳のしようがないけれど、それはそれとしてバッキーは生まれてから死ぬまでに何回体調を崩したろうか。

 死ぬ前の二ヶ月ほどを除くと、片手で数えられるくらいじゃなかったかと思う。それも、長くて二日もあれば回復していた。

 兄弟のハップは詳しくは知らないが色々と病気にかかっていたようだ。

 雑種の方が病気に強いとは言うけれど、バッキーはそれを地で行っていた。

甘納豆と炭酸

 子犬の頃の事をいくつか書こうと思う。


 子犬のバッキーをおもちゃのようにしていたぼくらは、バッキーに色々なものを食べさせた。具体的に何を与えたかいちいち覚えていないが、犬には毒と言われるチョコレートとネギ以外で自宅の台所にあるものは大概試したのではないか。

 それで、バッキー一番のお気に入りを弟が突き止めた。甘納豆である。

 一番と言ったって、弟が右手に甘納豆、左手に(仮に)せんべいをのせて差し出し、どっちを先に食べるか、そういうことを何度か繰り返して導き出したんだろう。

 子どもの遊びの延長で、そういう実験めいたことをしたに過ぎない。

 その日たまたま、バッキーの調子も影響して気に入っただけかもしれない。だけど、「甘納豆好きの犬」というところが面白かったので、よく覚えている。さすがにそんなものを毎日与えはしなかったが、たまにあると、思い出して二粒三粒やった。

 食べるバッキーの頭をなでて、

「お前さんは甘党だなあ」

などと言った。


 炭酸飲料を飲ませたこともあった。

 ぼくの記憶では暑い日のことだ。

 今はもう取り壊したけど、当時、我が家には木造の車庫があった。親父が車で出掛けていると、そこがぼくらの遊び場になった。

 そこで遊んでいて、母がジュースを出したのだろう。ぼくらはバッキーを連れてきて菓子など食わせた。そして炭酸飲料を飲ませた。

 当然、飲みにくそうにしていた。しかし、飲んだあとの顔を見てみたい。それで半ば無理矢理飲ませた。

 ぼくらなりに遊んでやり、かわいがっているつもりだったが、バッキーは正直イヤだったろう。

 しぶしぶ、飲んだ。やはり変な顔をした。それで面白かったんだが、しばらくしてからバッキーがちょっと落ち着きをなくしたようになった。

 ゲップをしたかったらしい。今まで見たことのない表情になり、口を開けたり閉じたり。目をパチパチさせたり。四苦八苦、とまではさすがにいかないが、かなりの違和感があったらしい。

 馬鹿なもので、それを見てぼくらは笑った。

 でも炭酸を飲ませたことはそれ以降ない。やっぱり弱いものいじめみたいで、気の毒になったから。

おくびょうかぜにふかれて

 バッキーは臆病だった。(かと言って慎重に思案するタイプだったかというとそれは違うのだが)

 散歩していて目の前に猫が現れる。猫はこちらをナメきっているかのようにまるで動じない。バッキーは猫を追い払おうとして近づくまではするが、そのあとどうしたらよいのやら分からないという様子で、ケンカにならない。しまいには猫の方がごうを煮やしてフー! なんていって、バッキーが引き下がる。

 もっとも、特にケンカする必要はないけれど。

 良く言えば、優しい犬ということになるか。

04家にて6.jpg

 子犬の頃、庭であんまり吠えるので、だれか来たか、それこそ猫でも侵入してきたかとおもった。番犬らしくなってきたなと頼もしくおもって外へ出た。

 けれど、人も猫もいない。バッキーは一生懸命吠えている。

 その視線の先には、やや大きな枯葉が一枚、風に揺れて動いていた。

 まさか葉っぱに吠えてるんじゃないだろうなとおもったが、葉っぱを取り除くと平安を取り戻したように吠えるのをやめた。

 呆れた。ずっこけるくらい驚いた。

 そんな面もあったけど、番犬としてはよくやってくれた。猫やカラスが入ってくるとよく吠えた。

 また、ご近所さんとか新聞屋さんとか、知っている人には吠えもせず、反応もしなかったが、初めての人には吠えていた。

04家にて7.jpg

 そういえばだが、宅配便が来て荷物を受け取り、それまでは黙っていたのに帰り際になって突然、思い出したように吠えた。

「あ、うちの人と馴れ馴れしくしてたけど、こいつは初めて見る顔だ」とでも言う感じで。

 もしくは

「おい、でかい箱持ってきたのに、俺には手ぶらか」

 だったろうか。

プロレス観戦

 家の中で「たたかいごっこ」と称し、男兄弟三人でプロレスごっこをしていた頃のこと。

 プロレスごっこをしていた部屋の外にバッキーの小屋がある。

 部屋の中でドタバタやっていたら、バッキーがサッシのガラス面をカリカリ引っ掻き始めた。

 ガラスといってもサッシ戸だから割れないし、きーきーという不快音もない。

 ぼくらが盛り上がってくるとバッキーもエキサイトするらしく、ぼくらとしては、むしろそのバッキーを見るのが楽しくなったようでもあった。

 兄弟がその部屋に集まり騒ぎはじめると、それまでおとなしくしていたバッキーがひょいと頭を上げてこちらを見る。ぺたりと顔をガラスにひっつける。

 いよいよテンションが上がってくると、後ろ足だけで立って、ガラスをカリカリ。これがまた前足の回転が速くて、ボクシングの軽量級選手のミット打ちみたいだった。

 ミット打ちにとりつかれたがごとく、首を少し斜めに傾けて、猛烈な速さでカリカリカリカリ

 決してガリガリにならないのがかわいい。


 これは子犬時代だけだった。バッキーもある程度歳をとって落ち着いたか。それよりも、ぼくらもそういつまでもプロレスごっこをしていられなくなったから。

 もし仮にずっと続けていたら、老犬になってもカリカリしていただろうか。


 カリカリはなくなっても、何か期待を込めて、あるいは催促するように、ガラスに顔をぺたりは老犬になってもやった。

 家族がみんな出かけて夕方の散歩に行けず、そこへ誰か一人帰ってくると、吠えはしないがガラスに顔をぺったりくっつけて、こちらの一挙手一投足も見逃さないゾ、という感じでじ……っと見てくる。

 散歩に行きたいのは表情・態度にありありと現れているのに、見ているだけで吠えないところが愛らしいので、散歩に行かないわけにいかない。

 そういう時や、お客さんがあってすぐに散歩に出られない時、こっちの事情を察してか、催促に吠えることはなかった。ちゃんと(若干ソワソワして家の中の人の動きを目で追ってたけど)、待っていたのである。

小関三千男
作家:コセキミチオ
バッキーのこと
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