バッキーのこと

パイロン

 パイロン。通称パーちゃん、またはパー子。

 バッキーの母犬である。

 小柄なレトリバーで気性の穏やかな犬だ。パイロンは拾われてきたらしい。

 子犬時代、どれくらいの期間か知らないが家なしで過ごしていたところをMさんに拾われたらしい。それまで栄養失調気味だったから、犬種の割に大きくならなかったんじゃないか、そう言っていたのを耳にした気がするが、ぼくの記憶だからアテにならない。

 でも、穏やかで、何より賢いというのは間違いない。

 Mさんのご主人がしっかりと仕込み、育てた。揺るぎない主従関係が築けていた。

 パイロンはつながれたことがなかった。家では、屋内には入れず庭で飼っていたが、鎖は使わない。それはさほど珍しくないだろうけど、散歩の時もリードを使っているのを見た覚えがない。

 散歩の時、Mさんは自転車にまたがって颯爽と走り、そのとなりを程よい間隔を置いてパイロンが走っていた。(原付のときもあったかな)

 さらに、どうかすると

「パーちゃん、今日は一人でお散歩してらっしゃい」

という時もあった。

 Mさんが門を開けてやるとパイロンはこれくらい当然よ、という顔で出て行く。主婦がスーパーに行くような雰囲気で、いつもの散歩コースをテクテク歩き、城址のお堀に入って好きなだけ泳いで、またテクテク歩いてちゃんと帰ってくる。

 今は交通量も増えてしまってこんなことできないが、パイロンが若かった頃はできた。ま、おおらかだったんだな。

 数年前、Mさんは他県に居を移られたので、そちらでその後どうしたかは分からない。けれどおそらく、似たような飼い方、育て方になったろうし、もしかしたら輪をかけて奔放な接し方になったかもしれないと思う。

 母犬はそういわけで賢いが、バッキーやハップの父犬がどこのだれだか分からない。

 Wさんのところの犬じゃないかとか、いやどうもパイロンとどこそこの犬ができていたらしいとか言ってみたが、言ったところで埒があかない。分からずじまいだ。

 ちなみにWさんの家の息子がぼく達兄弟の遊び仲間で、バッキーに余肉砕蔵というシャレた号を奉じた一人でもある。

ぺたりの腹ばい

 バッキーは寝るとき、腹ばいになって後ろ足を横に開き、ぺたりと腹を地面にくっつけて寝た。この恰好がパイロンそっくりだった。

04腹ばい.jpg

 おまけにバッキーは前足を揃えて顔の前にだし、その上にちょこんとアゴをのっけたりしていた。それが本当にかわいかった。

04昼寝3.jpg

 そうかと思えば、と言っては悪いけど、かわいい寝相と言い難かったのが仰向けの時だった。

05仰向け.jpg

 腹を出し、後ろ足をパカッと開いている。犬の開きのようである。

 腹の毛がそよそよと風に吹かれ、男児のシンボルがさんさんと陽を受けている。

 完全に仰向け。全くの無防備。底抜けにだらしなく、その点ではまず人後に落ないと思う。

06仰向け2.jpg

 ボクシングでダウンした選手でもあんなに見事にはのされない。仮になったとしたら即座にレフェリー・ストップするであろう。それくらいアッパレな寝姿だった。およそ番犬の用はなさないと思わざるを得ない。

 犬が、気を許した人に撫でられているならとも角、こんなに腹を上向きにしてよく寝ていられるなと思った。

 大物か、大バカか。

 まァ、それだけ安心しているということだったか。

04昼寝5.jpg

病気知らず

 元気が取り柄で、まず病院に連れて行く必要がなかった。こちらも面倒臭がって、九歳くらいまで予防接種さえきちんと受けさせなかった。

 しつけらしいしつけもしない、予防接種も受けさせない、犬を飼う資格なしとされても仕方ない。

 恥は恥で言い訳のしようがないけれど、それはそれとしてバッキーは生まれてから死ぬまでに何回体調を崩したろうか。

 死ぬ前の二ヶ月ほどを除くと、片手で数えられるくらいじゃなかったかと思う。それも、長くて二日もあれば回復していた。

 兄弟のハップは詳しくは知らないが色々と病気にかかっていたようだ。

 雑種の方が病気に強いとは言うけれど、バッキーはそれを地で行っていた。

甘納豆と炭酸

 子犬の頃の事をいくつか書こうと思う。


 子犬のバッキーをおもちゃのようにしていたぼくらは、バッキーに色々なものを食べさせた。具体的に何を与えたかいちいち覚えていないが、犬には毒と言われるチョコレートとネギ以外で自宅の台所にあるものは大概試したのではないか。

 それで、バッキー一番のお気に入りを弟が突き止めた。甘納豆である。

 一番と言ったって、弟が右手に甘納豆、左手に(仮に)せんべいをのせて差し出し、どっちを先に食べるか、そういうことを何度か繰り返して導き出したんだろう。

 子どもの遊びの延長で、そういう実験めいたことをしたに過ぎない。

 その日たまたま、バッキーの調子も影響して気に入っただけかもしれない。だけど、「甘納豆好きの犬」というところが面白かったので、よく覚えている。さすがにそんなものを毎日与えはしなかったが、たまにあると、思い出して二粒三粒やった。

 食べるバッキーの頭をなでて、

「お前さんは甘党だなあ」

などと言った。


 炭酸飲料を飲ませたこともあった。

 ぼくの記憶では暑い日のことだ。

 今はもう取り壊したけど、当時、我が家には木造の車庫があった。親父が車で出掛けていると、そこがぼくらの遊び場になった。

 そこで遊んでいて、母がジュースを出したのだろう。ぼくらはバッキーを連れてきて菓子など食わせた。そして炭酸飲料を飲ませた。

 当然、飲みにくそうにしていた。しかし、飲んだあとの顔を見てみたい。それで半ば無理矢理飲ませた。

 ぼくらなりに遊んでやり、かわいがっているつもりだったが、バッキーは正直イヤだったろう。

 しぶしぶ、飲んだ。やはり変な顔をした。それで面白かったんだが、しばらくしてからバッキーがちょっと落ち着きをなくしたようになった。

 ゲップをしたかったらしい。今まで見たことのない表情になり、口を開けたり閉じたり。目をパチパチさせたり。四苦八苦、とまではさすがにいかないが、かなりの違和感があったらしい。

 馬鹿なもので、それを見てぼくらは笑った。

 でも炭酸を飲ませたことはそれ以降ない。やっぱり弱いものいじめみたいで、気の毒になったから。

小関三千男
作家:コセキミチオ
バッキーのこと
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